第60話 正々堂々

 まさかの展開だが、考えている暇などない。あの木槌が当たれば装備を付けていても即死しかねないが、今は装備すら人員輸送車に置きっ放しなのだから。

「ちょと待て!」

「なんだ?」

 山中教官の言葉に太った男は立ち止まる。

 怒りに任せ襲ってくるのかと思ったが違うのか?

「その勝負受けても良いが、そちらだけ武器を持っているのはおかしいではないか?」

「うむ~」

 太った男は考えてから言葉を続ける。

「いいだろう。俺も女・子供を打ちのめしても気分が良くない。そこのお前とお前、武器を取って来い。お前ら二人を打ちのめすから、そうしたらおとなしく去るがいい」

「わかった。その話、受けよう」

 男の提案を山中教官は受けるが、お前とお前と睨まれたのは俺と長三郎だ。教官と堀田先輩なら勝てると思うが、二対一でも俺たちでは勝てるのかあやしい。

“何、勝手に受けてるんだよ”と思う。

「ほら、早く取って来い!」

 山中教官に言われ、俺と長三郎は車に戻り装備をつけて戻ってくる。武器だけでなく、長三郎と相談し防具もちゃっかりつけてだ。


「いくぞ!」

 男は木槌を担いだままこちらに走って向ってくる。足場が悪いのに早い。戦闘の始まりであった。

「うぉりゃぁ!」

 正面から一直線に俺の前にきた男は木槌を振り下ろす。

 デカい!

 木槌ばかり見ていて気づかなかったが近くで見るとこの男、太っているだけでなく背丈もあり腕も太い。全体が大きいから丸く愛らしく見えていただけで、こいつはデカいんだ。

 俺は簡単に後ろに飛びかわす。

 男も挨拶程度のつもりで、当たるとは思っていないだろう。

「それ!」

 木槌を振り下ろした男の横から、長三郎が教科書どおりの中段突きをする。

 男は体を少し回し、木槌の柄で槍を受け流す。

 浅く踏み込んでいた長三郎はすぐに後ろに下がり、木槌の間合いから離れる。

 すべてがデカいのだから木槌の柄もそこそこ長いわけで、槍だからといって間合いで優位に立てる状況でもなかった。

 それからもうひとつ、羽織っているなめし革の下に腹巻をつけていると分かる。質素で古い物のようだが動きの妨げにならないことを考えると、武器に合っているようだ。

 装飾された木槌と、胴丸どうまるまではいかないにしても腹巻をしているのだからただの変わり者でないのは確かだ。

 俺と長三郎は、怪我をさせることを恐れずに本気でやらないとダメな相手だと理解する。

 今度はこちらからだ。

 俺は上段から剣を振り下ろす。槍よりも一層不利な間合いだが、俺の剣は石つきだ。直撃せずとも損害を与えられる。

 男は小さく避ける。

 やはり、すばやい。しかし、舐めて小さく避けたことは失敗だ。僅かな力とはいえ、剣を包むそれは腹巻に擦れるように損害を与えていく。

 どうだ? 男は焦ったか? 動揺したか?

 そんなことはなかった。

 男は持っていた木槌を斜め後ろに振りかぶり、回しながら中段辺りで水平に持っていく。つまり、木槌の頭は俺を目掛けて進んでいたのだ。

 小さく避けたのはこのためなのか!

 俺は剣を九十度回し、左手を剣の腹に当てると木槌の頭を反対側の腹で受ける。

 が……俺は宙に舞う。

 刹那ではない。飛んでいると自覚できるほどだ。

 そして、砂浜に激しく叩きつけられるように落ちる。

「ウッ、ったたぁ」

 木槌の直撃を避けたとはいえ、防具と砂浜がなければ落ちたときの損害は計り知れないところである。

 そんな俺の横にもう一人、飛んでくる者がいる。長三郎だ。

「ガッァァーー」

 俺に続いて攻撃をしたようだが、これまた続いて吹き飛ばされたようだ。

秋上あきあげ、そこまでだ! 装備が壊れる」

 装備が壊れる? 俺たちの心配じゃないのか? いや、それよりも……。

「こっちの腹巻は壊れたぞ。修理代払えよな、山中!」

 うん?

 お互いに名前で呼んでいる。知り合いなのかよ……。


 砂浜に座り込み、溜め息をつく。

 ボーっとしている俺たちの前では、松下先輩が術で双方の装備を回復している。

「それで、知り合いなんですね?」

 俺が聞くと男が答える。

「そうだ。山中が警察学校の生徒を指導すると聞いていたので、もしやと思って襲ってみたんだ」

「何故、襲うんですか……」

「特例中の特例と聞いていたので、どの程度のものかと思ったが、大した事なかったな」

 返す言葉がない。

「俺は、秋上あきあげ茅屋ぼうおくだ。山中と同じ、尼子様の家臣だ」

 名乗る秋上さんに山中教官が言う。

「ところでその、被っている革はなんだ?」

「うん? これはアザラシの皮をなめした物だ」

「アザラシの皮なのはわかる。俺が聞いているのは何故そんな物を羽織っているのかということをだな……」

「それはな、情報を貰ったお礼ということで買ったんだ。おかげで隠れ易かったわけだ」

「砂に埋まっていた話はいい。それより情報とは?」

「山中たちも亀を探しにきたんだろ?」

「いや、亀かは知らんが、漁の妨げになる化物が若狭湾で出たということで、それを討伐することが目的なんだ」

「そうか。ならば俺の追っている亀で間違いないだろう。あいつは陸と海の境目あたりで漁船を襲うんだ。淀江よどえなんかにも現われて漁師の間では騒ぎになっている。そこで討伐するようにと殿は俺に命じたんだ」

「なるほど。廻船の船員から聞けなかったのは、陸地に近い場所にしか現われないからだったのか」

「そうだ。漁船でも、魚を積んだ帰りの船を狙ってくるらしく、往きは襲われないと聞く」

「そうと分かれば俺たちは若狭に向うことにする。お前は砂の中にでも埋まっていろ」

「まあ待て、山中。どうやって戦うつもりだ」

 車の方に体を向けた山中教官に、秋上さんが普通のことを言う。

「それと砂の中に隠れていたことが関係あるわけね?」

 装備の回復を終えた松下先輩も俺と同じに違いない。変わり者だと思っていた秋上さんに、まともな疑問を示されて聞きたくなったのだろう。

 これは何かあるに違いない。

「船の手配は済ませてあるのだが、亀をおびき出すための魚がないので買い付けに来たってわけだ」

 秋上さんの説明が続く。

「だが、亀は巨体らしく、できれば引きつけた亀を大砲で倒したいのだが……」

 なるほど。大砲など簡単に用意できないから、そこでか。

「山中、何か良い案ないだろうか?」

 ちょっと待て……逆に聞かれているのか?

「あのー。砂に埋まっていたのは、どういう作戦だったんですか?」

 亀を倒すための作戦だと思っていた俺は聞いてみる。

「うん? 漁師が帰ってくるのを待っていたら誰か来たようだったので、隠れてみただけだ」

「ではここには、魚の買い付けに来ただけなんですね?」

「そうだ!」

 “そうだ”ではない。

「そうだ!」

 また“そうだ”って秋上さんが繰り返して言うのだが、この人にも嫌な予感しかしない。

「お前」

「中条です」

「そうかお前、剣が石つきのようだが、少しは使えるようだな。それでいこう」

「えっ?」

「山中、というわけだ。一緒に行こうじゃないか」

「うーん。そうだな」

 山中教官は、なにでいくか分かったのだろうか?

「漁師が集まれば、くじらだってやれるんだ。その剣があればできるだろう」

 どうやら直接、叩くだけのようだ。

 結局、船も作戦もなければ一緒にやるしかなく、共に若狭湾へ向うことになった。

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