第四章 あてのない冒険
第59話 冬の砂浜
幅があり穏やかな桂川沿いを走ると、葉が落ちきった木々が一本一本主張するかのように立ち並んだ山が重なり迫ってくる。
そして川を跨ぐ直線的な橋が見えてくると、反対方向に離れていく道に入り並ぶ寺々の前を進む。しかしその景色はいくらも続かず、すぐに山道になるのであった。
「道狭いな。こういうときはやっぱり、山中教官みたいな三輪車が楽だよね」
運転している堀田先輩が、そう言いたくなるのも分かる。対向車が来たらすれ違えないという物理的なことだけでなく、斜面から伸びる木も道に被さるように生えていて圧迫感があるからだ。
しばらくすると今度は、右側の斜面はそのままで左側が崖という気持ちの問題では済まされない場所と対面することになる。
しかし、谷下の川はせせらぎ、向いの山肌は雲のように霞がかかるという幻想的な場所でもあった。
俺は、穏やかになった心から恥ずかしいつぶやきをしてしまう。
「時間の流れが違うような、ずっと見ていたくなる景色だね」
「
「黄昏時でもないけどな」
長三郎にはそこではなく、新たな名称を付けるなと否定して欲しかった。
穂見月の方を見れない俺は前を向くと、鼻で笑う松下先輩と、山中教官に必死について行く堀田先輩が目に入った。
山を抜け、湿地のような景色を進むと街があり、そこで昼食を取ることになる。
「思ったより人が多いですね」
俺も穂見月と同じで、山に囲まれている割にはと思っていた。
「ここ、亀山宿の周辺は木材の切り出しで賑わっているんだ。来る時に見えた渓谷があっただろ?
下るにしては岩などがあり狭く見えたので、山中教官の説明に驚く。
「ところでしばらくはもちそうだが、雪なんかに降られてはたまらんから少し急ぎたいんだ。今日中に舞鶴を目指すからな」
そう続け食べ物を口にした山中教官は地図に指をやり、桂川から由良川に変わっていく川沿いの道から綾部で
出発すると道は常に山間だったが、先ほどのように崖というほどのところはなくマシである。それでも冬の陽は短く、頼りない前照灯で運転する堀田先輩の疲労は想像できるものがあった。
夜に到着したことで、光りが列する町並みに舞鶴の街が栄えているとわかる。
そして旅籠では、遅い時間に急に入られたことが煙たい様子の仲居さんに夕飯を出してもらい、俺たちも疲れていたので情報収集をすることなく寝ることにするのであった。
翌日、空は灰色だが冬なので特に天候が悪いわけではないと仲居さんから聞くと、漁師の話を聞くために海岸に向った。
出発まもないが、昨日もずっと荷台に座っていたのですでにお尻が痛い。
「こんな早い時間で漁師さんたち戻ってるかな?」
こういうときは、そう話す堀田先輩の前席がうらやましい。
海に突き当たると、そこは港であった。
思っていた雰囲気と違うなと思いながら聞き込みを開始すると、なんでもここは下関を回ってきた大坂からの船や函館からの船などが寄る場所らしく、その話から夜に見た光りの理由が理解できた。
そして、ある船乗りから教えられる。
「漁師に会いたい? なら、丘を挟んだ東側に行きな。漁船はあっちの砂浜を大体使っているから」
俺たちは言われるまま、丘を回り込むように移動を開始する。
「なんだか変じゃない? 海に出る化物なら、漁師だけじゃなくて商船乗りでも知っていそうなものだけど」
助手席に座る松下先輩が言うように、確かに“見た”とか“被害に遭った”などの話はなかった。
湾東側に着き車を降りると、小高くなっている砂浜との境目に上がる。
そして砂浜を見渡すと、網を干すための竹組みはあるが船はいない。漁に出ているのだろう。
そのまま砂浜に下り、少し明るくなってきた遠くの空を眺める。
今の気分を言葉にしたら「隼人黄昏浜」と、霞に言われそうだと思っていたときのことだ。
「お前ら、何しに来た!」
後ろから、男性の高い声が聞こえてくる。
子供ということではない。高めの声ということだ。
海を見ていた俺たちは、一斉に振り返るが誰もいない。
顔を見合わせる。一斉に振り返ったのだから、言葉にして確かめるまでもなく聞こえていたはずだ。
ザーーー
砂が持ち上がり、噴水の水のように流れ落ちたその砂の中から太っている男が現われる。
「あやしいやつらだ!」
砂の中から現われたつぶらな瞳の男はなめし革を羽織、おかっぱのように垂れた髪は波打ち耳の下まである。
それよりもだ。大きな
鉄で縁などが装飾されたもので、杭を打つための作業用というわけではなさそうだ。
この体でこの木槌抱え、砂の中に隠れていたというのか?
「お前の方があやしいだろ!」
山中教官が言い返す。
俺は、教官の口から正論を始めて聞いたような気がした。
「うるさい! お前らも亀の噂を聞いてやってきたんだな。横取りは許さん! 俺がお前らを葬ってやる!!」
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