第55話 疑う者

 屋根まで上がると、いつもは賑やかなのに年末で静かな街を見渡せる。

「お頭」

 俺は別に景色を見に来たわけではない。報告があるから仕方なしにといったところだ。

「河田、どうかしたか?」

「山縣様の事務所が荒らされたとの話で、調査の依頼がきております」

「分かった」

「どう思いますか?」

「そうだな、俺たちがこの前洞窟から持ち帰ってきた情報でも狙った連中だろ。渡した後は俺たちの仕事じゃないとはいえ、あの警備ではやっていないのも同じだ」

 ……。

「ところでお頭は、ここで何を見ているんですか?」

「何も見ていない。ただ風に当たっているだけだ」

 ……。

「何だ河田? 自分に酔っている俺に引いているのか?」

 そうではなかった。

 この人は冗談が分かる人だし、普段は部下の人たちとも普通に喋る。

 部下の人たち、つまり俺の先輩たちも伊賀から一緒にやって来た人たちなので気心が知れているらしく、あの霞とかいうお頭の妹のことについても話しているのを見たことがあった。だから、お頭の考えていることはたぶんそのことだろうと分かった。

 何でも、遺跡で会うこと自体は統合局の学校に通った時点で考えていたらしいが、最深部で会ったことが衝撃だったらしい。

 そしてお頭たちでも見るのが初めだった火の鳥といた上に、相変わらず“のうのう”としている姿に危うくて見ていられなかったと嘆いていた。それに、弟の泰政さんと修行をしていてもそんな感じだったらしく、兄の昭政さんが学校に行かせたがるのも分かる話だとこぼしていたぐらいだ。


 ところで俺がここにいるのも、あの時があったからだ。


             ――――――

 さて、火の鳥は頭巾をかぶったやつらが引き受けるらしいが、このまま中条たちについて行って出られるのか? 仮に出られたとしても盗賊として逮捕されるんだろうな。

 この体じゃ洞窟を出た後に走って逃げるのは難しそうだ。ただの盗みなら大した罰じゃないだろうが、属性装備を持っていた盗賊はどうなんだ?

 俺は中条たちからそっと距離を取り離れる。

 そして頭巾の連中が戦っているであろう場所まで戻り、入り口から覗き込んだ。

 勝つにしても負けるにしてもやつらの後ろをつけて出るとするか。全滅だけはしないでくれよ。

 ギィィィイー!

 鳥の鳴き声は、体の割りに大きくないが気分が悪い。

 その声に続き、扇型に開いている光る尾が地面を煽るように下方で回ると、炎の細かな線が正面へ放射状に放たれる。

 意外と避けているな。

 下がったうちの一人が、左右に開いた両腕を体の前で交わるように勢いよく出すと、水か氷か分からないが粒になったそれが渦巻く風に乗り、鳥全体を覆い襲いかかる。

 妖術か?

 ギィー!!

 怒っているのだろう。鳥らしく羽で風を起こしたり突いたりという攻撃もしているが、やはり輝く尾から出る矢のような炎での攻撃を繰り返している。

 ジリ貧か……。

 しかし五人いるだけあって、近寄り刀を当てている者もいる。

 ああ、あの鳥、尾を下へ回すとき体を少し上に上げようとするから隙ができるのか。それで回り込んだ者がその間に後方から攻撃をしてすぐ離れているんだ。

 鳥の方も回復をしている感じはない。ジリ貧はお互い様か。

 だが、鳥に勝ち目はなかった。

 回復使うのかよ!

 五人のうち、刀を抜いていたのは三人だけだった。あと一人は、術を使った者で両手に何かをかぶせている。そして残り一人が回復を使ったのだ。

 見た目はほとんど同じ五人なのに、装備の性能が違うようだ。

 そうか、回避と装備の性能で回復を使う必要が今までなかったのか……。

 体力を削られた火の鳥は地面に着地する。

 ジタバタしているが、あの大技が使えないのならやられるだけだ。

 鳥は周囲から次々攻撃を受け力尽きる。光りは弱々しくなり、横に倒れる頭は自身の体に埋もれた。


「お前は行かなかったのか?」

 頭巾の頭と思われるやつが、入り口で壁にもたれかかりながらぐったり座り込む俺に話しかけてくる。

「ああ」

「何故だ?」

「俺はあいつらの仲間じゃないんだ。連れじゃないんだよ」

 俺は盗賊であること。仲間はもう全滅していないことを話す。

 そして身寄りがないと、どうしてか話した。

「ならば俺たちと一緒にくるか?」

             ――――――


 あの時俺は、どうして誘ってくれたのだろうと考えなかった。たぶん戦う姿を見て惚れたんだ。こんな妹バカだとは思わなかったがな。


「妹さんのことですか?」

 お頭は少し笑ったが、答えることはなかった。


 後日。

 調査を開始すると簡単に首謀者が分かる。だが問題は、忍び込んだ者たちだった。

「あのメガネのおばちゃんか……余計なことに巻き込んでくれる。どちらにしても報告するしかない。それが仕事だ」

 お頭はそのあと続けて、

「他の道を知らないのは、俺も一緒のようだ」

と話し、山縣のもとへ報告に出かけていった。


 お頭はすぐに戻ってくるが、表情から山縣の返事を察することはできない。

 まさか妹さんを処分するように言われたなんてないよな?

「お頭どうでした?」

「『無用な荒立てをすることもないだろう』と、それだけだったよ」

 お頭があくまで推測だとして語ったことによると、神宮院議員を取り締まることは不可能であるし、統合局警察学校の生徒ならいずれ知るような話だから取るに足らないと考えたのだろうと。そして、自分たちも利用できるときがあるかも知れないからと、泳がせておくことを選んだのだろうと。

 妹さんと戦わずに済んでほっとしていることだろう。

「しかし元老院も神宮院も、何を考えているのか分かりませんね」

 そう言うと、いつか話したことを覚えていたようでお頭が答える。

「お前は属していた盗賊団の経験や、毎年やっていた健康診断から何かおかしいのではと話していたことがあったな? その出来事と一緒なんだよ。彼らはみんな神の力に夢中なのさ。だから何も変わらない」

 ほっとしたのは、話を覚えていてくれたと思った自分の方だった。

「風の塔への調査依頼が来ていますが、またかち合ったりしないでしょうか?」

「ああ、彼らは若狭湾へ向うようだ。河田、任務のことは軽々しく口にするなよ」

 注意されてなんだが、ひと安心してしまった。

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