第56話 女将さん

「ぜんざい食べに行くぞ!」

「ああー、私はもういいわ。長三郎、付き合ってあげなさいよ」

 朝ごはんを食べ終わると部屋に戻らず、一階にある広間で一息つくことが暇な六人の日課になっていた。そして霞は毎日『ぜんざいに』と誰かを誘うので、さすがに飽きた松下先輩が店を教えた地元の長三郎にお守を押し付けようとしていた。

 言われ戸惑っている長三郎の様子に、このままではこちらへ話が回ってくると考えた俺は先手を打つべく、松下先輩の援護を決める。

「そうだよ長三郎。繊細な味は地元の自慢で、いくらでも食べられる懐かしい味だって言ってたじゃないか」

「それはそうなんだけどさぁ、昨日霞が店で問題を起こして行きづらいというか……」

「問題?」

「行く途中で葛きりも有名な店だと話したもんだから、店についたら葛きり食べたいって騒いだんだよ。冬は葛きりやっていないって椿ちゃんが言ってるのにさ」

「椿ちゃん?」

「看板娘のことでチュ」

「それで長三郎は行きづらいと」

「いやそれだけじゃなくて、三日連続で来てくれたからって厨房から出てきた店主が折れて作ってくれたんだよね。粉、煮立てるところからだったからすごく待ったよ」

「何言ってるでチュか。おかげで椿ちゃんといっぱい喋れたくせに」

 結局、長三郎は行きたいのか行きたくないのか分からないんだけど、俺はなんとなく行きたくない。


「失礼しますよ」

 行きそびれた俺たちの前に女将おかみさんが顔を出す。別に、いつまでも広間にいるから怒っているわけではない。

 四日まで泊まると伝えてあるので、部屋には布団の手入れをする人や掃除をする人なんかも出入りする。なので、ここにいた方がジャマにならないこともあるぐらいだからだ。

「今日はお昼、どうされますか?」

 こっちか。引き続き泊まれるように手配した本部の人間から言われているのか、俺たち生徒の食事は三食とも提供されていた。だが、霞と一緒に行った人数分のお昼が余るわけで、そろそろ怒られる頃だとは思っていた。

「六人揃って食べます」

 俺がそう伝えると夜の予定まで聞かれる。

 夕飯は教官も一緒だし、会食の日以外で食べなかったことなんてなかったよな……。

 そう思っているとそうではなかった。

 大晦日だから聞いていたのだ。

 普通に食べると答えると女将さんは小さく笑い、出かける予定がないかを聞きたかったのだと言う。

 そして提案される。

 こんなに長く泊まり顔なじみになる客は、どこぞのちりめん問屋のご隠居ぐらいしかいないのだろう。それが、俺たちみたいな若者六人とおっさん一人では珍しいに違いない。だからわけありと考え、気を使ってくれたようだ。

 俺たちは、その提案を引き受けることにした。面白そうだということと、勢いに任せてであったが。


 夜になり出かける前、年越し蕎麦を女将さんが出してくれるのだが蕎麦の上には、三枚におろした魚の半身が乗っている。

 凝視する俺たちに長三郎が説明した。

「これも海がない京の文化だよ」

 ここで女将さんが補足する。出汁は薄口醤油を使っており、乗っている魚はニシンを甘辛く煮たもので、ねぎも九条ねぎで地元の名産だと。

 蕎麦の入った器から魚がはみ出すぐらい豪快なのに、透き通った出汁とかおしゃれだよな。

「苦手なら食べてあげるニャ」

「ニャじゃない! 関心して見ていただけだ」

 俺は霞に取られないようニシンにかぶりついた。

 そして、干支えとが変わるまで後少しの時間になると、依頼をこなすために出発する。

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