第53話 御用納めの夜

 日が落ちすっかり暗くなった御用納めの日、浅井教官を旅籠に残し岩根さんとの待ち合わせ場所へ向う。その六人乗りの車には、三人分の装備が載せられたままなのにきっちり六人乗ったのだから、後ろの方は飛び出してくる荷物と並んで座る有様であった。


 待ち合わせ場所に着くと、俺たちの乗った四輪駆動車の前照灯が、貨物車とその運転席側の扉にもたれかかり立っている岩根さんを照らし出す。

 そしてその格好は、霞のような鎖帷子であった。

「ちゃんと来たわね」

 車を降りそう言われると堀田先輩が尋ねる。

「その格好は、一緒に来ると言う事ですか?」

「そうよ。別に信用していないわけじゃないけど忍び込んだ後、あなたたちだけじゃ困るでしょ」

 岩根さんは、冷たい笑顔で答える。

 情報が漏れないことを狙ってか、行く場所やそこの見取り図、何よりも持って帰ってくるべき情報がどれなのかを教えてもらってないのだからその通りなのだ。

「さあ、装備も積み替えて。こちらの車に置きっぱなしになっていた三人の装備は移してきたから」

 車を乗り換えるのは荷物の問題もあるが、学校の看板を背負った車で不法侵入をやりに行くわけにはいかないからでもある。

 ところで穂見月たちの装備の積み替えを、岩根さん一人でやってくれたのだろうか?

 そう思い岩根さんを見ると、車を降りる前に確認できた鎖帷子だけでなく、篭手も履物も革で作られていて、それらに付けられている小さな鉄板が反射し黒光りすると強そうなのだが、意地が悪そうなメガネはつけたままなのだ。

「堀田先輩、岩根さん、これで終わりです」

 突っ込みたいところを我慢して、貨物車に装備を積み替えると俺は報告する。

「ちょっと待って中条君。私は秘書として知れているので作戦中は岩根と呼ばないでほしいの」

「あのー、それでは、何て呼んだらいいですかね?」

「名前なんてないわ」

 スラッと立ち、キザに答えてくれるのだがそれでは分かりづらい。

「じゃあ分かりやすく、メガネって呼ぶでチュ」

 同じような格好の霞が“かぶって”面白くないのか挑発する。

「好きにすれば!」

 こんな挑発で意地になる岩根さんに、普段の任務が勤まっているのかと心配になる。ひょっとしてこの二人、大きさが違うだけでどちらもアホなのではないかと思った。


 不毛なやり取りも終わる頃、貨物車は現地に到着する。

「いい? 私が先導するから。装備は目立たないよう最小限でいいわ」

「しかし、大きいですね。あそこから探すんですか?」

 岩根さんが先導してくれると言うものの、想像していたより大きくハイカラなレンガ造りの建物であったので俺は驚き聞くのだが、メガネは呆れてしまう。

「何言ってるのよ。建物全部が、事務所なわけないでしょ。三階だけよ、事務所は」

 そしてこの建物の大きさは味方する。それは数少ない警備員が、一階の入り口にしかいないようなので入ってしまえばこちらのものだからだ。

「あの作戦で行こう」

 堀田先輩が言うあの作戦とは、単純に裏口から入る作戦であった。だが、裏口などどこにもない。

「堀田先輩、裏口見つかりませんよ」

 正面突破じゃ怪我人も出るだろうし、警備側の応援も来るかもしれない。だから俺は見つけようと焦るのだが、霞とメガネが揃ってこちらを見下している。

「隼人、おまえはバカか。裏口なんて造ればいい」

 霞がそう言うと、メガネも腕を組みながら首を何回か縦に振り同意する。


 霞が練り物にしてある火薬を壁に仕掛け爆破し穴を開けるのに合わせ、メガネが建物正面から見える少し離れた場所に置いてある放置車両に火をつけた。

 明日からお休みと浮かれ遊んでいたのかも知れない車の持ち主には可哀そうだが、警備の者たちはそちらの音と勘違いしただろう。

 こうして、息が合っているアホ二人組みのおかげで見つからず建物に侵入すると、事務所まで一気にたどり着くことができたのであった。


 俺たちは遺跡に関係ありそうなそこらじゅうの書類をぶちまけながら探す。どうせ建物の裏に穴が空いていれば誰かが入ったとばれるのだから、細かいことを気にする必要はない。


 そして俺は見つける。思わず岩根さんの方を向くのだが、メガネの奥にある鋭い瞳の厳しさと違い、すかした態度を取り何もしてこない。

「みんなこれを……」

 資料には、穂見月のお母さんの死に関することが書いてあった。

 俺の周りに集まった部隊のみんなで読み確認する。

「隠した理由はこれなのか?」

 堀田先輩がそう言うと、松下先輩がそれに加えて、

「装備を身につけないとって、どうゆうこと?」

と疑問を口にする。

 報告によると、道世さんは属性対応装備を使っていなかったため我を失い暴走し、応援で到着した生徒たちにより殺されたと書かれているのだ。

 話に夢中になっている俺たちを岩根さんは止めようとしない。それどころか書類を漁っていた手を止め松下先輩の話に答える。

「洞窟には瘴気があり、瘴気は神の力であり、属性力も神の力だからそれを打ち消せると言われているわ」

 ってことは、俺たちも……。

 装備を付けてないと遺跡の中のネズミや周りにいた鹿みたいになるのか?

 装備の耐久が〇になると俺たちも暴走するのか?

「何よ? 不思議そうね」

 考えていると岩根さんがそう続ける。これは重要な秘密じゃないのか? 何故隠そうとしない? まさか任務が終わったら俺たち殺されるのか?

「どうしてそんな話、教えてくれるんですか?」

 意外にも穂見月が強く聞く。悲しんだり、悩んだりも見せずにだ。

「あなたたちが見ることを止めるのは私の仕事じゃないわ。それに、管理するお偉方はこの出来事を当然知っている。今更、大した話じゃないのよ。仁科さんの事件は残念な理由で特別有名だわ。そこに書いてある通り遺跡の力に飲まれてしまって、結局応援に来た生徒たちによって殺されてしまうのだから。同じ学校の仲間を助けに来てくれた人を、殺さなければならなかったのだから、生徒たちも苦しみ病んだと言われているわ」

 残酷な話であるが、道世さんの死の理由についてはこの話で間違いなさそうだ。

「ところでえっと……メガネさんは、もう必要な物を見つけたのですか?」

「ええ! メガネは余計だけど見つけたわ!」

 堀田先輩の問いかけに、冷たく語っていた岩根さんは沸騰したように返事をする。

 そして建物を抜け出し貨物車に乗り込むと、四輪駆動車をとめてある場所まで戻ることにした。


 相模の洞窟で見た火の鳥や、青い人型の光りについては何もなかったなと考えていると、乗り換えた場所に到着する。

 するとそこで堀田先輩が、岩根さんに尋ねる。

「先ほど、神の力と話していましたが、それは特別な力、つまり遺跡の力ですか?」

 そういえば穂見月のお爺さんも遺跡の力と言っていたが?

「そうねぇ。遺跡の力と言われるのは瘴気のことだと思うけど、そもそも遺跡なんて物に力が宿るのかしらね?」

 岩根さんは少し笑う。

「私も戦うものとして最低限知っているだけよ。それじゃあご苦労様ね」

「ああ、あともうひとつ。この貨物車はどなたの車ですか?」

 解散になろうかというとき、堀田先輩が今度は岩根さんに車のことを尋ねている。

「これは貸し自動車よ。一般業者から借りたもの」

「ではこのまま僕たちに貸してくれませんか? 僕が返しに行きますので」

「そうね。荷物、その車一台じゃ積めないものね」

「はい。明日、統合局の本部に装備預けたら返しますので、岩根さんは学校の車で帰ってください」

「分かったわ。そうしたらその後、神宮院会館へ来て。また交換しましょう」

 こうして俺たち六人は、装備を積んだ貨物車を使って旅籠に帰ることになるのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る