第52話 真打登場②
「まず最初に、若狭湾の調査をしてもらう。なんでも近頃、漁に出た船が正体不明の化物に襲われ被害が出ているらしい。遺跡との関係性は低いと見ている。さすがに海中には遺跡はないだろうと言う事だ」
柳沢部長が任務の話をする中、俺は無意識に
気持ちが出ていたのだ。
「どうした? 体の具合が悪いということでもなさそうだが」
天帝が俺に話しかけてくる。
「い、いえ。申し訳ございません」
「余はそんなことは聞いておらん。振舞った料理で具合が悪くなったのなら謝らなければなるまい」
「ち、違います」
「ほう。では何故
「それは……市民の役に立つことなのか分からないからです」
そうだ、夢が武士になることだったときも、警察官になることに変わったときも、求めた正義は変わらず、人々の生活にあるものではなかったのか。
堀田先輩も松下先輩も目をむき驚く。いや、この部屋の全員が驚いただろう。
しかし天帝は誰よりも早く右手を前に出し、その手のひらを下にして他の者に口出しさせない。そして自ら話し出す。
「余はそれで良いと思う。だが少し考えてほしい。お主がさっき食べた鱧も若狭湾から運ばせたものだ。遺跡の調査が目的であっても、化物を倒せばそこで漁をする者も、取り寄せ街で店を営む者も助かるのではないか? ならそれは、市民の役にたっているとも言えるであろう」
俺の迷いは無くならなかったがそれも一理あると思う。
「無礼お許しください。任務拝命いたします」
浅井教官がそう言うと天帝はうなずく。
「そなたたちに渡したい物がある」
天帝がそう言うとまた木戸が開き、個室の入り口からとても長い包みを持った者が足をソロソロ滑らせながら進み、横に立っている柳沢部長にそれを渡す。そして柳沢部長が包みを解くと、こちらへ差し出す。
弓だ。握る部分の少し上には、明らかに共鳴石をはめられる部分がある。
「これは九州の
天帝が由来を話し、用意した経緯を続ける。
「晴親から弓を捜していると聞いたからな」
「しかしこのような立派な物は……」
「なに、必要の要だ。使ってこそ意味がある」
天帝が浅井教官の言葉を簡単にこなしたところで柳沢部長が前に出てくる。
「ハハッアー」
浅井教官は頭を下げたまま弓を受け取った。
天帝はこちらに向ってうなずくと、今度は横に戻った柳沢部長の方を向き小さくうなずく。
「時間もあるので我々はこの辺で失礼させていただく。任務の詳しいことは晴親から説明をさせるので」
柳沢部長がそう告げると、席を立った天帝とその後にぴったりくっ付いた柳沢部長は、個室を出て行くのであった。
緊張が続き、美味しいものを食べて夢心地になっていたのがすっかり薄れてしまった。
「まあ、お茶は冷めちゃったけど菓子でも食べてよ」
晴親さんが喋り、急に緩くなる。
「そんなことより兄さん、天帝って」
「本物だよ。僕はまだ官僚の卵だから本来会える立場じゃないんだけど、議会対策室に配属になってたまたま側で話す機会があったんだ。今じゃ二院も天帝の言う事を、ハイハイ何でも聞くことはないからね。情報を集めたいんだよ。それで神託部で実務を取り仕切る柳沢部長にも目をつけられたと」
「俺たちのことでか?」
「そうだね長三郎。それもあるから僕が丁度よかったんだろうね」
「それで晴親さん。説明というのは?」
浅井教官が尋ねる。
「そうでした、話を進めましょう。任務では、持参してきている装備とその弓をお使いください。隼人君の剣も、その弓も神託部公認の正式な装備です。整備や保管もこちらで可能です」
武蔵野の学校も神託部も、そして上位の統合局も表には出ないが全面支援だということだ。
「出発は年明けの一月四日。本部から人員輸送車をお貸しします。浅井教官は授業があるので乗ってきた車で学校までお帰りください」
京まで来るのは四輪駆動車だからよかったのだが、長時間乗ると腰が痛くなる人員輸送車に戻るとは。それで任務は、俺たち六人でやるのだろうか?
「四日の出発からは新たな教官が同行しますので」
「それって、勉強のためとか?」
「そうだよ長三郎。教官が一緒に行くのは本部との連絡役ということもあるけど、任務中でも他の生徒たちと同様、君たちが勉強を教えてもらう機会をなくさないためでもあるんだからね」
長三郎がガッカリしたように見えた。気持ちが分かった俺は、そのために学校に入ったんだよなと、逆に思い出し自分に問う。
「それじゃあ、騙すようなことをして悪かったね。宿は今のままでいいから出発までゆっくりしていてよ」
「お客様」
店員が引き戸越しに声をかけてくる。
「丁度、迎えの車が来たようだね」
俺たちは、風呂敷に包まれた弓を持っていること以外、行きと同じように車二台に分乗すると旅籠まで帰るのであった。
宿に着き、ひと風呂あびて寝床に入る。
もう、大渕議員の言うことを聞かなくても良いのではないだろうか?
装備の持ち出しなど処分の対象が公式に認められた今、遡って追及されるだろうか?
議会、とくに神宮院に睨まれる恐れはあるが、もう必要ない気がしてくる。
しかし辞めることは出来なくなっていた。それは、俺がみんなに話した穂見月のお母さんのことを調べるという動機までがなくならなかったからである。
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