第50話 まじわる世界
日が落ちたばかりのまだ少し早い時間、送迎用の車二台が旅籠につけられる。浅井教官と六人で乗り込めば、その車は行き先を言わずとも出発した。
そして会食すると思われる店の前に着くと、晴親さんが入り口で立っていた。
「どうぞ、お入りください」
「兄さん、こんな高そうな店平気なの?」
「大丈夫だよ長三郎。相手持ちだから心配いらない」
穏やかに話す晴親さんに長三郎が確かめるように聞いたのと同じで、俺も敷居が高そうな店の空気に圧力を感じていた。
店に入り装飾のある廊下を進めば、知らぬ世界に一層苦しくなる。そして店の人が案内するまま個室に着き覗くとまだ誰もいない。
「さあ座って」
晴親さんに言われ、長方形の大きな食卓に四人ずつ向かい合うように座るのだが、席順を指定される。
「申し訳ないけど、上座に近い方に座らせてもらうよ」
晴親さんが端に座りそう言う。
そちら側の食卓の短い辺のところには椅子がひとつ置かれているで、そこに主宰がくるのだろう。しかし俺たちの席とは違い、箸や受け皿が置かれていない。
「料理お持ちしてよろしいでしょうか?」
「はい、お願いします」
店の人に聞かれ、晴親さんが答える。
「あの、晴親さん?」
「会わせたい人はもう少ししたら来るから。先に食べてて良いと言われているので、折角だから頂こうよ」
全部話す前に言いたい事は分かったようで答えられてしまう。
そしてご飯、いや、見たことのないご馳走が運ばれてくる。
まず目に付くのが、一人ひとりの前に置かれた小さな四角い七輪だ。
「かにだぞ! かに!」
霞が言うように七輪には蟹の甲羅が逆さまに乗っかっている。
「足をあぶっていただいて、中のみそをつけてお召し上がりください」
お店の人の説明を聞かなければ、皿に盛ってある足を生で食べるところであった。……たぶんそれでもおいしいんだろうけど。
「もう少し火が通った方がよさそうだね。では、お吸い物なんてどうかな?」
晴親さんに進められ、お吸い物をすする。
「真ん中で白く咲いているのは
海のない京では、生命力があり運び易い鱧は盛んに食べられるようになったなど説明がある。
そんなお兄さんの説明も聞かずに、長三郎はがっついている。
「長三郎、地元だろ?」
「隼人、京に住んでたって、普段からこんなもの食べられるわけないだろ」
晴親さんの説明は続く。
「長三郎が食べている揚げ物はカワハギだね。そっちは、かぶら蒸しって言うんだ」
「これ、エビと鶏肉が入ってるわね」
松下先輩がかぶら蒸しの感想を言っているところをみると、七輪の炭に不満はなさそうだ。
「おかわりだぞ!」
霞がお茶碗を出すと、穂見月がお
そしていよいよ、かにが食べごろになる。
「霞、ほら、メシばっかり食べてると、かに食べられなくなるぞ」
「隼人うるさい。これぐらい全部食べられるでチュ」
「鮫吉も
「う、うん」
堀田先輩は、あまりのもてなしに心配そうだ。
「満腹でチュ」
「食ったな~」
霞も長三郎も、そして俺もお腹いっぱいだ。穂見月もお淑やかに口を拭いているけど、結構かに食べてたよな。
って、食べ終わっちゃったけどいいの?
器が片付けられ、お茶と和菓子が運ばれてくる。
「あの……」
「堀田さん、大丈夫ですよ。会っていただく方は食べませんので」
晴親さんによると、最初から俺たちだけが食べる予定だったらしい。
そして、菓子に手をつける前に足音が聞こえてくると、通路と個室を仕切る木戸がサァーっと、勢いよく開く様子は店の人ではない。
「食事は満足していただけたかな?」
白髪混じりの長い髪を背中あたりでまとめた、恰幅が良く色白な四十代半ばと思われる男が現われる。仕切りを越え入り、個室を見渡す彼の姿を見た浅井教官が何かに気がついたようで、急に立ち上がると頭を下げた。
「ああ、よい。私ではないんだ」
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