第49話 使い

「お客様ですが、お通ししてもよろしいでしょうか?」

 仲居さんが襖を開けて顔を出すと尋ねてくる。

 布団を片付けたばかりのまだ早い時間帯にお客さん?

「どうぞ」

 堀田先輩は誰なのかも聞かずに答える。

 俺たちに会いに来る者など、大渕議員の使いぐらいしかいないのだから聞くこともないのだろう。


「おじゃまするよ」

 首の後ろで束ねた髪も瞳も茶色い。背も高く綺麗な顔立ち。

 ああ、やっぱり京ってこんな人ばかりなんだ。

「兄さん!」

 兄さん?

「長三郎、悪いが仕事で来たんだ。浅井教官と生徒六人で来ていると聞いたが」

「はい。呼んできます」

 長三郎は返事をし、浅井教官たちを呼びに部屋を出て行った。

 七歳上のお兄さんがいるとは聞いていたけど、この人がそうなのか。京だからではなく、兄弟だから髪や目の色が一緒なんだよねぇ?

 バタバタと急ぐ足音が聞こえると、浅井教官と女部屋の三人を連れた長三郎が戻ってきた。


 座り、長三郎のお兄さんに視線が集まると話が始まる。

「私の名前は、伊丹いたみ晴親はるちかと申します。そこにいる長三郎の兄です」

「まさか兄さんが来るなんて思わなかったな」

 晴親さんは一度視線をずらし、すぐにこちらを向くと話を続ける。

「あなた方がここにいる理由は知っていますが聞きません」

「え、兄さん?」

 声には出していないが、長三郎以外も驚いたに違いない。俺もそうだ。

「あの秘書はやり手と聞いているので、もう少し早く来られるかと思っていましたが」

 まさか依頼がばれて捕まるのだろうか?

「私はある者の使いでして、その方と今日会って頂くべく参ったのです」

「ある方ですか?」

 浅井教官が口を開く。

「ここでは誰とは言えません。夜、会食の席を設けておりますのでお越しください」

「知っているとお話されるのですから行かせていただきますよ。私と生徒の皆でよろしいんですね?」

 脅されて、浅井教官は不服そうに返事をした。

「はい、お願いします。ところで……」

 用事は終わりだろうと思いきや、世間話でもという感じに声色が変わる。


「相模の任務は大変だったようだね?」

「はい、まさかあんなことになるなんて」

 俺は普通に答えてしまった。長三郎のお兄さんだからと油断したところもあったし、大変だったと理解してもらえる人に話したかったのかもしれない。

 しまった!

 そう思い後悔する。

「あそこは四つあると言われる主要な遺跡のひとつなんだ」

「主要な遺跡ですか?」

「そう、主要な遺跡は神々と世界をつなぐ道と考えられている場所。だからそんなところから帰ってこられただけでも悪くなかったはずだよ」

「俺たちが戦ったのは、特別強い敵ってことですか?」

「いや、他にも遺跡は沢山ある。それぞれに、色々なものが住み着いていると伝わっているから、強いだけの相手なら他にもいるはずだ」

 どうやら心配しすぎだったようだ。怪我の功名とまでは言わないにしても、悪い方向に行かず知らないことまで聞けたのだから。

 今度こそ話は終わったようで、晴親さんは立ち上がる。

「さて、お時間を頂いて申し訳なかった。また後ほどお会いしましょう」

 そう言い残して部屋をあとにした。


             ***


「兄さん待ってください!」

 俺は旅籠の入り口まで兄さんを追いかけて止める。

「長三郎、ここでは他のお客の迷惑になるから外で話そう」

 兄さんの後に続いて旅籠を出ると、隣の建物との境目付近で立ち話になった。

「父さんと母さんには会ったのかい?」

「いや兄さん、京に来ていることも秘密なので、家族に会いに行くことも禁止なんだよ」

「そうかい、残念だけど任務なら仕方がない。さっきの話、会食のことは心配しないでいいからね。安心して来なさい」

 兄さんのことだ。これは罠ではないだろう。

「わかったよ兄さん。それで……任務のことは言えないんだけど、できれば水の共鳴石が付けられる弓が欲しいんだ。でも、あてがなくてさ、どこか手に入るお店とか知らないかな?」

「うーん、共鳴石の使える装備の話自体がよろしくないからな。聞いたことがないがそれより、お前は土属性が向いているのだろ?」

 不思議そうに聞いてくる。

「俺が使うんじゃないんだ」

「そうなのか。どちらにしても知らないんだ、すまない」

「京の竹といえば有名なのに無いなんて……」

「弓は作られているんだけどね。探しては見る、でも石が付くようなものは恐らくないのでそう思っていてくれ」

 そして兄さんは、旅籠の駐車場にとめておいた小さな車でどこかへ帰って行った。

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