第46話 くのいち岩根⑧

「飛ばして行くわよ!」

 二川ふたがわ宿に入り、ここからは三河国だ。

「しかし遠江ではえらいめに遭ったわ。大蛇に河童に海坊主、どうしよもないところね」

「どういたしまして」

 助手席の松下が、真っ直ぐ広げた右の手を腕から折って腹の前に付けると会釈する。


 運転を代わらずブッ飛ばし、車は昼前にみや宿に入る。尻が痛いがここから次の桑名くわな宿までは船だから休める。少しの辛抱だ。

「すごい人で運転しづらいわね」

「旅籠が並んでますね。何軒あるのかしら?」

 車窓を見れば人だけでなく、仁科が言うようにそれに合わせて店も多い。

 そして船乗り場に着けば、やはりここもである。

 車を降り船の申し込みを済ませ戻ると、浅井教官もいつ乗れるのか気になるようだ。

「どうでした? 岩根さん」

「いっぺんに二台乗れる船もあるそうです。問題はこの順番待ちですかね」

「流行っているとは聞きましたが、伊勢参りの人たちですよね? こんなにいるとは」

「それじゃあ美濃路みのじ経由とかどうですか?」

 堀田が言うと松下が、

「いやよ、早く尾張なんて出たい。清洲きよすなんて見たくもないわ」

「清須はともかく、あの刀で有名な関の近くも通るし、今の季節なら干し柿とかも食べられるかも」

「刃物の街ねぇ。要は松炭が沢山用意できる田舎ってことでしょ? それに干し柿とか言っても全然自慢にならないから」

 資料によると堀田は、大垣近くの出身だ。自慢話が裏目に出たな。

「まあ二人とも、とにかくこちらの方が早いから船で行くわよ」


 船もそれなりに数が出ていて、思ったよりも早く乗れる。

「はぁ、一息ね」

 車二台も一緒に乗れたし、これなら桑名でもすぐに動けるわ。

「あら? 中条君、伊丹君」

「えっとー」

「仁科さんがこんなに立派な船は始めてだからって、根津さんと一緒に見学へ行ってしまったわよ」

 はっきりしない中条が話し終わる前に答える。

「そうですか」

「中条君は越後だから船はよく乗るのかしら?」

「いえ、乗ったことはありますけど数えるぐらいですよ」

「ふーん、でもここと日本海では比べ物にならないでしょ?」

「そうですね。この船大きいですし、湾の中ですからね」

 この後、仁科と根津が戻ってきて二人と話し始めたので、私は甲板に固定してある車に戻り仮眠をとった。

 ……。

「長三郎君大丈夫?」

「貧弱でチュ」

 四時間近くかかった船旅ももうすぐ終わろうかと言うときに、横から聞こえてくるので起きて四人のところへ行く。

 伊丹の顔が青い。

 そして伊丹は、甲板を囲っている縁に両手をかけ体を支えると頭を海に出す。

 私は見ないことにした。船を待っている間に食べたものを台無しにされたようだ。経費じゃなかったらドツいていたところである。


 下船し、気を取り直すと出発する。

 桑名宿の栄えている街並みから外れ坂下さかした宿まで行けば、この先は鈴鹿峠で近江国に入る。また蛇行運転をされては困るので、交代は次の土山つちやま宿で頼むことにした。

「今日中に京に入れますかね?」

「松下さん急がなくて平気よ。石部いしべ宿で連絡が来ることになってるのでそれ次第だから」

 石部宿に入ると、すぐに車をとめさせる。

「ちょっと待っててね」

 そこで車で待たせ、少し離れた場所で使いの者と落ち合った。


「今日はここで泊まるわ。旅籠も取ってあるのでそこへ向って」

 使いとの話しが終わり、車に戻るとそう松下に伝える。

 そして旅籠に着き荷物を置いたところで、夕食前に集めて説明をすることにした。

「大渕と連絡が取れて、明日の午後に会うことになりました」

「急いでいたのに余裕あるわね」

「いえ、松下さん。午前は会議があるので午後になっただけです。予定より一日遅れています」

「そんなこと言って、地元だから石部を選んだんじゃないでチュか?」

「あら? 根津さん詳しいのね。ええ、近いけど街道沿いだからたまたまです。あなたのところのように山奥ではないので」

「チュチュチュ! 伊賀の方が伊勢や志摩へ近くて便利でチュ」

「まあまあ、草津くさつ宿まで行くと中山道と一緒になって旅籠代も高くなりますし、ホントたまたまですから」


 さすが私の地元だけあって何事もなく、翌日出発すれば草津宿、大津おおつ宿と順調に通過でき、山城国に入るのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る