第45話 くのいち岩根⑦

 フッ!

 丸い二つの目と大きな口でゆるそうな奴と思いきや、淡水に対応した海坊主はその口角を上げいやらしい笑いを浮かべている。

 背丈は堀田の倍ぐらいあるか? 近くで見ると本当に大きい。

「クラエオロカナニンゲンドモ……」

 !!

「「「「「「海坊主が喋った!!」」」」」」

 私も驚き、こいつらと同調してしまう。

 怒りに任せたように海坊主が右手を大きく横に上げ前へ振り下ろすと、握り締めた拳は地面に当たる。衝撃で大小さまざまな石が散乱するように跳ねる。

 正面担当の中条はかわしたが、当たれば二回も耐えられないのではなかろうか。

「てや!」

 堀田は、海坊主の叩いた手が止った間を見て交差するよう刀を斜めに振り下ろす。

「クッソ! カッパドモハドコヘイッタ」

 右手を負傷した海坊主は顔を左右に振って捜すが河童は当然いない。

「ほい!」

 根津が海坊主の顔に向って苦無を投げるが左手で簡単に弾かれる。体が大きすぎて近寄れないからだとはいえ、海坊主もそこまで鈍いわけではないようだ。

 今度は海坊主が切り返すその左手で払うように根津を襲うが、根津は後ろに跳び簡単に避ける。

 そしてここで仁科が放った矢が、海坊主をかすめる。

「ウオオオーーーー!!」

 ドスンドスンドスンドスンドスン

 海坊主が走ったのだ。

 意外に早い。そして仁科に突進していく。

「しまった!!」「なに!」

 堀田と中条の間を抜かれ止める者はいない。

 ……。

 その時、天井が青白く淡く光る。

 何だ? 私はその正体である光りを反射するつぶに目を奪われると、それは塊になって落ちてきた。六個、七個と落ちてきた氷の塊が海坊主を襲う。

 キュキュキュ

 鳴きながら両手のひらを前に出し構える河童たちがいる。

 河童が術を使っているのだ。

 海坊主は立ち止まり、両腕で上から降ってくる氷の塊から頭や体を守ろうとしている。

 !

 今度は下の方から青い並のような光りが広がっている。

 仁科が背負っている経由装置から属性力を放出しているのだ。

 キュキュ!

 河童たちの攻撃は威力を増し、海坊主は片足をつき背を丸めている。

「喰らうのはお前だ!!」

 氷の攻撃が止むと、中条の赤く光る剣がぐったりしている海坊主を捉える。

「ガァーーー」

 腹の部分で真っ二つにされた海坊主の上半身が滑るように落ちる――戦いは終わった。


 堀田と根津が中条のもとに寄ると、そこに松下と仁科も集まる。

「隼人、またいいところ取ったな」

 堀田が褒めると、根津が意地悪く否定する。

「ちがうのだ。あれは河童の手柄でチュ」

 それを聞き仁科が見渡す。

「そういえば河童さんたちは?」

 河童の姿はない。

「回復のとき、穂見月の力と共鳴することに気がついたのかもね」

 松下の話は当たっているような気がする。

「あれ見てよ」

 堀田は、立ったまま残っている海坊主の下半身の切り口から見える石に気がつき近寄った。

「共鳴石だ。これを飲み込んだからあんなに強かったのか」

 見つけた。これだ。

「そうね。さらに凶暴になっていたのも、これが原因かもしれないわ。恐らく河童が共鳴石にあてられて貨物車を襲い、海坊主がさらに奪ったんじゃないかしら。だから河童はこちらに加勢したというか、海坊主を攻撃したのよ」

 河童には助けられたが、利用されたとも言えるわけだ。

「では岩根さんはこれが盗まれた荷だと」

「ええ、堀田君。それにこんな物も見つけたわ」

 印のついた大きな木箱が置かれた、小部屋のような場所に案内する。

「これは?」

下総しもうさの麻生地のようね。東海道を共鳴石と一緒に来たってことだわ」

「これでは大田さんも違うとは言えないかも知れませんね」

「ええ、そこでなんだけどね……」


 私たちは白須賀宿に待機させていた大田を呼び出す。そして、洞窟前に運び出しておいた荷の返還をすると、大田と一緒に来た運転手たちがその荷を貨物車に積み込んだ。

「ありがとうございます」

 麻生地の入った木箱を渡し終えると、大田は頭を低く下げ礼を言ってくる。

「これで全部で間違いないでしょうか?」

 浅井教官が尋ねる。

「はい、助かりました。お礼の方を用意させていただきます」

「いえ、我々は警察です。仕事ですのでお礼は受け取れません」

「左様で。ではまた何かありましたらご協力させてくださいませ」

 ぺこぺこしながら大田は貨物車の一台に乗り込むと、すぐさま走り去った。


「これでよかったのですか?」


             ――――――

 洞窟から出て浅井教官と伊丹に話す。

「そんなことがあったんなら呼んでくれればいいのに」

 伊丹はそう言うがそんな暇はないし、見張りがいらないわけではない。

「それよりこの共鳴石、あなたたちが持っていなさい」

「いやそれは」

 浅井教官は困惑している表情だ。剣の石を用意した男だと聞いているが。

「上に報告したら共鳴石は没収されてしまうし、商人も抜け荷を運んだ犯罪者になってしまうでしょ」

「しかし犯罪者なら仕方がありません」

「私が大田に借りを返せるとか、弱みを握れて助かるとかそういう話しだけじゃないのよ。あなた方に必要になるから持っておきなさいってこと。そして隠したことを今更心配する必要がないとすぐにわかるから」

「では、どうすれば」

「麻生地だけ渡して、『これで全部で間違いないか』と問いだし、確認すればいいのよ。抜け荷があったなんて言えないんだからお礼を言われておしまい。これで共鳴石も手に入り、誰もあったことは口にできないわ」

             ――――――


「はい、すばらしかったですよ」

 こうして私の話に折れた浅井教官は、事前の打ち合わせ通り芝居をした。

 そしてこの子たちは、水の共鳴石の原石を手に入れたわけだ。

 歩いて車まで戻る道のりは、陽もだいぶ傾いている。

「穂見月が使いなさいよ」

「ええ、松下先輩使ってくださいよ」

「いやいやだって穂見月の属性展開に乗れば回復量は増えるし、穂見月は矢を撃つ事だってあるんだからさ」

「でも……」

 相変わらずの仁科だ。

「どちらにしても付けられる装備がないけどね」

 堀田の言う通りで、装備を用意できるかという問題がある。

「まあ誰が使うかは、そちらで考えてください。ところでもう日も暮れそうですし、ここで泊まることにしましょう」

 大幅に遅れているとはいえ、一日で済んでよかったというべきだろう。

「旅籠に戻る前に柏餅買うから茶屋に寄るでチュ」

「ああ、はいはい」

 こうして今日は、白須賀宿で眠りにつくのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る