第43話 くのいち岩根⑤
「え? 河童ですかい。畑仕事を手伝ってくれますよ。知らぬ間にやっておいてくれるんです」
「河童が商人を襲って荷を奪った? まさか、盗んでどうするってんですかい。河童が売り買いなんぞしたのを見たことなんてねえですよ」
農民たちは河童のことを信じないどころか、いいやつだと話している。
「それでは人を襲ったり、物を盗んだりしたことはないと言うのだな?」
浅井教官が迫る。
「そうだな。まああえて言うなら……地蔵に備えてある食べ物を持ってくことがあるぐらいかな」
「うんだうんだ、人さ来たら逃げるべ。襲うなんてしてこねえ」
浅井教官は少し考えてから妙な事を言う。
「なるほど。しかし会って確認しないと容疑は晴れない」
会ったとしても、どう容疑を晴らすつもりなのだろう?
「その奪ったお供え物というのは“きゅうり”なのか?」
続けた浅井教官の言葉に農民たちは大笑いをし、その姿に庄屋は焦り手の平を下にしてバタバタしている。
「こら、お前たちお役人様に失礼だぞ」
「しっつれいしました。盗まれたのは“柏餅”で」
「柏餅?」
浅井教官は農民に聞き返す。
「へえ、西の茶屋で売っています」
聞き取りを終え、屋敷を出る。
「フフ、いや失礼」
私は浅井教官の顔を見て笑ってしまう。
「どうかしましたか?」
「いえ、あまりも真面目に『会って確認しないと容疑は晴れない』と言うので」
「そちらでしたか、きゅうりのことかと思いました。逃げてしまう相手を見つけるために、どうしたものかと考えていたので思わず発したですが」
「ええ、おかげで釣るための餌が分かりました」
「ところで
「まさか池に寄っている間に逆転されているとは思わなかったけど、安部川の借りを返しておきたいのよ」
「そんなもんですかね?」
「厄介でしょ。さあ、行きましょう」
車に乗り込み、西の茶屋へ向うことにした。
茶屋で柏餅を買って戻ってくると、教えられた地蔵に供える。付近の農家には近寄らないようすでに頼んである。
そして私と根津で、少し離れた木陰で待ち覗くことにした。ちなみに他の連中は、もっと後ろで待機させてある。不慣れで河童に見つかる可能性が高いからだ。
「私も食べたいでチュ」
待ちくたびれるまでもなく始まる。
「じゃあ現われたら、食べられる前に倒したら?」
「まかせとけ」
任せとけと言うが、盗んだ物を見つけるために後をつける必要がある。なので、倒されては困る。
「きたでチュ」
罠にかかるのがあまりに早いので食べたい根津が通りすがりの人を誤認したのかと思えば、そうではなく頭の皿は本当に河童である。河童も根津と同じで単純ということらしい。
尾行して続くと小川に突き当たり、河童は更に上流へ向っていく。
「早く取り上げないと皮が乾いてしまうでチュ」
河童と根津が同じ考えなら、すぐに罠にかかった理由もうなづける。
ため池に囲まれた場所を過ぎ、小高くなった山と小川の境目付近に穴が見えると河童はそこに入っていく。
「どうやらあそこが住みかみたいね」
私たちの後ろについていた六人も合流して作戦を練ることにした。
「中の様子が分からないし、他の出口があったら困るから」
堀田が作戦を立て、装備のない浅井教官と伊丹は外で待機になった。
「思ったより広いな。この洞穴、結構奥まであるようだ」
慎重に先頭を歩くのは中条だ。
「隼人、急ぐでチュ。食べられてしまう」
「危ないよ、コケとか生えてるし」
上の山からだろう。壁の隙間からは水が染み出ていて、足場の岩は滑る。
「そうそう、それにお供えものなんだから、食べられてしまうのはしょうがないよ」
堀田がそんなことを言っていると聞こえてくる。
キュー! キュー! キュキュキュ!!
河童の鳴き声に間違いない。
岩場の影から覗くと天井の割れ目から光り射す広い場所で、一匹の河童が右手を上に伸ばしていて、その回りを五匹の河童が囲んでいる。
右手には柏餅。どうやら分けろと仲間が言っているようだ。
「あんな感じの河童、
見覚えがあると言う仁科の方を向いていたら、根津がいなくなっている。
「それはあたいのでチュ!」
根津が五匹と一緒に中央の河童を囲み、右手にある柏餅を取ろうとしている。背丈もあまり変わらないし違和感がない。
キューキューキュー!
中央の河童が回りの河童に何かを訴えると、囲んでいた河童たちが根津の方を向く。
気がついたようだ。
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