第42話 くのいち岩根④
「松下先輩、この道、諏訪神社まで続いているんですよね?」
「そそ、さすが穂見月。塩の道、秋葉街道だね。これで掛川に出て東海道へ復帰するわけよ」
「おお! そしたらお腹空いたからご飯食べたいでチュ」
「ダメダメ。どれだけ遅れていると思ってるの。お昼は天竜川を渡って、浜松についてからね」
川を渡っておかなければ何があるか分かったもんじゃない。
「大活躍したから、お腹空いたでチュ」
「ああ、はいはい。頑張った頑張った」
テキトウにやり過ごした私は運転を続け、掛川宿も速度を落とさず通過した。
天竜川だ。こちらの岸壁に向ってくる船が見える。
「松下先輩、ここは船なんですね」
「うん、水深があるから昔から船を使ってて、橋を架ける気がないみたいね。それでここを渡れば浜松で、私の実家に一番近い街なわけよ」
「なんと! それではうなぎがいる街でチュね?」
「いるというか、いるだろうけど」
「文化祭で食べられなかったから食べたいでチュ」
「それはできるだろうけどさ、霞、さっきうなぎみたいなのと戦ったけど気にならないの?」
のん気なやつらだ、私だって腹は減っている。
「何にするかはともかく浜松で食べましょ」
そう言って私は、着岸した船から渡された板を使い車を進入させた。
そして、車が大きいからと後の船にされた二台目も渡り終わると浜松宿に入る。
「いらっしゃい!」
多数決で結局、蒲焼を食べることになった。
話し合いでは一年の四人が異常にこだわっていたが、根津が言うように文化祭で何かあったのだろうか?
「八人分ね」
席につくが、空いた腹に匂いが堪える。
「岩根さん、今日はどの辺りまで進むのですか?」
堀田が聞いてくる。
「そうね。
さすがに八人分では待たされた。それでも食べ始めれば文句はない。
「おいしいな穂見月!」
「そうね霞、山の中だとなかなか食べられないからこういうのうれしいよね」
「うまいな長三郎、もっと早く出会いたかったな」
「ああ、タレだけとはやっぱり違うな」
四人組が絶賛していると、松下が睨んでいる。
「何よ? 文句あるわけ?」
名産は褒められているのに何故なのだろう?
だがおかげで四人が小声になり、落ち着いて食べることに専念できる。
しかし今度は、かきこむように食べていた浅井のおやじが終わったようで爪楊枝を口にくわえている。
味わえよ……。
そうだった。急いでいたのであった。
「お勘定」
「へい!」
「領収書を大渕で頂戴」
お腹が張るまで食べてしまい、ちょっと苦しい。運転を交代してもらうか。
松下に運転を任せ浜松を出発し、当分楽ができるかと思ったのも束の間であった。
無視して進んでもよかったが、道を逸れた車は見覚えのある屋号を付けており、その周りには運転手たちとあの商人がいたからそうもいかない。
「大丈夫ですか? お手伝いしましょうか?」
私は立場を知られているから『借りも返さない連中』と言われるのを避けようと、声をかけることにした。
商人は一瞬、驚いた顔を見せたが愛想笑いを浮かべる。
実際のところは他の貨物車で引けばいいだろうし、運転手たちもこれだけいれば人手が足りないということはないだろうから、すぐに断られると思った。
しかし運転手たちは引き上げ作業を中断し、私たちに話し始めるのだ。
「河童ですか?」
「へい、道に飛び出してきたので慌てて舵を切ったらこのありさまで」
「ほらほら、お前たち、くだらいこと言ってないで仕事に戻らないか」
運転手たちが私たちに話すのを見た商人は急かすように言った。
河童か……。
街から出ない者が信じないのはもちろん、街道筋を往来する者も信じる話ではない。しかし私は疑っていないし、統合局神託部のこいつらも疑ってはいないだろう。
「申し訳ありません。こんな馬鹿話を聞かされても困ってしまいますでしょ」
「いえいえ。しかし畑に落ちた貨物車の幌は破れ、何かを盗まれたのではないですか? 河童というのは信じがたいですが、かく乱のため変装をした強盗かも知れません」
私の返事に商人は明らかに困っている。
「ここは私どもだけで平気ですので」
商人はそう言うので、私は中条に振ってみることにした。
「中条君はどう思う?」
「そうですね。横転もしていませんし、幌が引っかかるような木々もないですね」
「こっちには足跡があるぞ!」
根津が、貨物車から街道とは逆方向に伸びる足跡を見つける。
小さいが、形から子供ではないようだ。
商人の態度が明らかに変わる。
「秘書さん、お急ぎのようなので橋では順番をお譲りしました。時間がないのではないですか?」
「これは申し送れました。わたくし、神宮院議員大渕玄の秘書、岩根と申します」
「
紹介するまでもなく気づいていたわけだが、それでもわざわざ話したのはもう引く気がないからだ。
「橋を譲っていただいたことはありがとうございました。急いでいるのは本当なのです。しかし、盗みをする者を放っては置けません。同乗している者は皆、警察官なのですから」
浅井教官は正規の警察官であるし、彼らは自覚がないと思うが統合局警察学校の生徒は、各警察本部学校の生徒とは与えられた権限が違う。何故ならそうしないと装備も使えない上に、盗賊などと戦うことが違法となってしまうからだ。
大田は事件を認めないだろうし、河童を見てはいないと言うだろう。だから、所轄に届出をすることはない。
しかし、統合局神託部は所轄の許可がなくても捜査ができる。運転手の証言だけで十分だ。
一度、自分たちの車をとめてある場所まで戻ると、私は浅井教官に統合局として調査すると大田に告げて協力させるよう仕向けることにした。
「何かあるわ」
「しかし岩根さん、正式な任務でもありませんし、私たちだけで平気でしょうか?」
「盗んだ奴が河童か何かは知らないけど、たぶん抜け荷が入っていたのよ。取り返せば向こうは黙るわ」
浅井教官は私の話を渋々受け入れ、運転手たちの聞き取りをする。そして、大田と貨物車の隊は次の
まだ作業をしている大田たちを置いて、河童の情報を集めるために先に白須賀宿へ向う。そして街に入ると旅籠を取る。今日中に
しかし意外にも、すぐ河童の話を聞けることになった。
旅籠の主人に教えられた庄屋の家まで出向く。
生垣に囲まれた屋敷に着き、扉のない小ぶりな門を入る。
「御免」
浅井教官の声で出てきた
「どうぞ! どうぞ!」
統合局だの議員秘書などの肩書きを聞けば、農民をまとめている立場としては何が起きたのかと驚くだろう。
事情を話すと庄屋は農民を瞬く間に屋敷に集める。彼らには迷惑だったと思うが、おかげで話を聞くことができた。
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