第三章 京へ

第38話 秘書

 十二月も半分が過ぎ、年末年始のことを考え始めていた。短いとはいえ正月休みもあるそうなので、実家に戻って過ごしたいという気もしていたからだ。

「みんな、正月休みは家に帰るのかな?」

 実技訓練のため準備室に集まると堀田先輩が話題に出すのだが、足を気にしてくれているのだろうか?

「帰りたい気もするんですけど、越後は雪がすごいんで迷ってるんですよね。行き来大変なことになりそうですし」

「それはあるかな。信濃も越後に負けないぐらい降るんですけど、特にお爺さんの家の辺りは雪がどんどん積み上がって、道が分からなくなちゃうんですよ。だから帰っても雪かきしているか、家でじっとしているかになりそうで」

 ただ単純に迷っていると口にしただけなのに、穂見月が似たような状況だと言ってくれたから、話が噛み合っている実感でうれしくなる。


 結論もないまま今日の訓練を始めようかというとき、遅れて来た松下先輩が部屋に入ってきた途端だった。

「鮫吉、校長が呼んでるよ。なんでも話があるらしいんだけど、それが終わるまで他の隊員は準備室で待機してるようにって言われた」

 そういう事なので待たされるが、毎度のことながら嫌な予感しかしない。


 重要な話で長くなるだろうと思っていたのに、案外早く堀田先輩は準備室に戻ってくる。

「今日の訓練は中止で変わりにと言ったらなんだけど、これからみんなであるところへ行くことになった」

 あるところ?

「その前に紹介するよ」

 堀田先輩の話に続いて、女性が準備室に入ってくる。


 背丈は普通だが穂見月とは違い、全体的に細めだ……いや、それよりも、耳にかぶるぐらいの短めの髪にメガネをかけている。メガネも珍しいが、女性にしては髪の長さも変わっている。


「始めまして、神宮院議員大渕玄おおぶちげんの秘書をやっている岩根いわねと申します」

 俺たちも自己紹介をするが、議員の秘書と聞いて根拠のない不安に駆られる。

「それで早速なのですが、浅井教官と飛山雷鳥隊の六人には大渕との面会のために、京へ来ていただきます」

 え?

「もちろん統合局本部、学校の許可も得ています。面会のための制服と滞在中の着替え、それから実戦用の装備を持ってきてください」

「岩根さん、装備も持っていくのですか?」

 面会なのに装備もいると聞いて、呼ばれた理由はどうせそこにあるんだろうと思う。

「はい。荷物は多くなりますが、学校から車を一台出してもらいますので載せることは問題ありません。どちらにしても、私が乗ってきた車一台では八人乗れませんし」

 淡々と話すところなんて、秘書っぽい感じがする。

「それで出発はいつなのでしょうか?」

 穂見月が尋ねる。

「準備出来次第です」

「甲斐や信濃を通るのですか?」

「いえ、この季節ですし東海道で行くつもりです。こちらに来る時もそうしました」

「そうですよね。雪が降れば厳しいですし」

 穂見月は実家に寄りたかったのだろうか?

「でもさ、東海道なら松下先輩の実家寄れるんじゃないの?」

 長三郎も俺と同じことを思ったのだろう。穂見月がダメでも、遠江出身の松下先輩なら寄れるんじゃないかと。

「それは進む街道とは別の話で出来ません。このことは全て秘匿事項ですのでご家族に手紙を書いたり、学校のみなさんに話したりすることなども厳禁です」

 折角なのにと思うと共に、そこまで秘密と言われると怪しすぎる。

「では準備ができましたら車寄せ集合で。私は浅井教官と打ち合わせをしてきます」

 岩根さんは準備室を出て行った。


「あの女、臭うな」

 霞がそう言うのだが、俺には何の匂いもしなかった。

「感じ悪いけど、そう言う事じゃないわよね?」

 松下先輩も容赦ない。

「うむ。恐らく甲賀こうがの出身だ」

「それって、霞と同じで忍者ってこと?」

「まあ、平たく言えばそうかな」

「へぇー。それでわざわざそんなの寄越してくる大渕って何者?」

「それは分からないでチュー」

「そうだね。でも断られたくないだけじゃなく、時間を引き延ばされるのも困るから人を寄越したんだろうね」

 堀田先輩も詳しくは知らないらしい。

「それよりみんな、寮に戻って出発の準備をしないと。本当にすぐ行くらしいよ。装備の準備とか考えても二時間しないで出発になりそうなんだ」

 時間がないので俺たちは、考えるよりも準備をすることにした。


 制服に着替え大きな鞄を持った六人の前に車が二台続けてくる。入学式の迎えで使った六人乗りの大きな四輪駆動車だ。

「来たわね」

 岩根さんが一台目の所有者不明の車から降りてくると、二台目の学校所有の車からは浅井教官が降りてくる。

「えっとー」

 俺が迷っていると岩根さんが、

「女性と男性で分かれましょうか、四人ずつで丁度いいでしょ? それから松下さんも免許持ってるわよね?」

「当然です」

 松下先輩は面白くなさそうに答える。

「それじゃあ決まりね。荷物乗せて」

 言われるまま二台目の車の後方に鞄を載せようとすると、相模の遺跡へ行った時の装備がすでに積み込んである。穂見月と一緒に乗れないことは決まっていたらしい。普段、移動に使っている人員輸送車でないだけマシと諦めるしかないようだ。

「浅井教官、無線の設定はよろしいですか?」

「はい、岩根さん」

「それじゃあ行きましょうか」

 それぞれの車に乗ろうとした時、

「では最初は松下さん、おねがいしますね」

「ええ?」

「わたくし、ここまで一人で運転しっぱなしで大変だったんですから」

「はぁ」

 松下先輩は仕方なさそうに一台目の運転席に乗り込む。

「先生、じゃあ俺から」

「いいよ、堀田。俺から先で」

 こちらは浅井教官が最初に運転してくれるらしい。

 そして一台目が出発すると俺の乗った二台目も追走を始め、いきなり京を目指すことになるのであった。


「隼人、残念だったな」

「なんだよ、長三郎」

「穂見月と乗れなくて」

「否定しないよ」

 走り出してそうそう、並んで座る長三郎と恋ばなだ。

 俺は話を変えることにする。

「えっと浅井教官。指揮・装置機械学科専攻の中条隼人って言います」

「ああ、大丈夫だよ。みんなのことは校長から説明を受けたし、特に中条のことは堀田からも聞いてるから」

「特にですか?」

「うん、その後ろに積んでる剣、俺が用意を手伝ったんだ」


 長三郎は専攻が輸送・修理学科だから授業で知っているわけだが、俺は引率の浅井教官とは話をしたこともなかった。そんな教官は、相模の遺跡へ向かう時に聞いた堀田先輩と松下先輩の会話から想像した感じとは違い、細身の体とやさしそうな顔つきから物静かな感じがして、裏で何かを操作するような人にはとても思えない。


「やりますね、教官」

「やりますね、じゃないだろ伊丹。どう考えても厄介ごとになるぞこれは」

「まあ、しょうがないじゃないですか。それより、そんな格好始めて見ましたよ。つなぎ以外も持ってるんですね?」

「当たり前だろ、これでも警察官なんだから。それに入学式でも着ていたぞ! お前、さては寝てたな?」

「何言ってるんですか。寝てなんていませんよ。なっ? 隼人って、お前寝てたから知らないか」

「うーん」

「これも否定しないのか?」

「後半意識なかったんだよな」

 俺の正直発言で静かになってしまい、景色でも見ることにする。

「長三郎、夏休み山城に戻った時もここを通ったのか?」

「いや、中山道なかせんどう使ったよ。夏は川の増水の問題もあるし、出る前に穂見月が言っていたような雪の心配がないからな」

「なるほどね」

 ……暇だ、そう思っていると、

「ここから箱根峠だよ」

と、堀田先輩が説明してくれる。

 段々急勾配になっていくのが分かり、これがそうなのかと思っていると、前を走っている松下先輩の運転する車が揺れているようだが……?

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