第32話 再び相模へ①

 ひと月ぐらい続いた面白くない訓練が終わる時が来る。それは、遺跡へ行く時であった。

 本局から学校へ下りてきた命令は、実技という名で俺たちに伝えられる。

 それによると、あの逃げてくれた盗賊たちが再び遺跡へ侵入したので、うちの部隊だけで異常が起きていないかを確かめてくるようにという内容であった。命令には、洞窟を進んで行くと途中に祭壇があるのでそれを目標として向かい、そこを重点的に調べるようにとも書かれているのだが、どんな場所なのかまでは書かれていない。

 不安がなくなることはないが、準備には十分な時間が与えられるのであった。


 出発の日になると、堀田先輩と松下先輩が厳しい任務を達成するために与えられた時間で奔走していたのだと知ることになる。

 それは装備一式を積み込むために、堀田先輩が車庫から人員輸送車を運転して保管庫に横付けしたときのこと、管理官が中から運び出した装備を俺たちが車に載せようとすると、それが今までとは違い格段にいいものになっていたからだ。

 鎧には肩から袖が下がっており、篭手も臑当も立派である。剣の俺には、大きめの袖と横幅のある篭手。そして長三郎のものは、袖は小さいが篭手は縦長の鉄板を被せることで槍を回すジャマにならないようにしつつ、そこでも攻撃を受け流せる構造になっていた。

 今回、俺と長三郎に用意されたものと同じ格付けの装備使っている堀田先輩、それと自前の装備の霞は変更がなくそのままだと確認した俺は、松下先輩の分がないことに気がつく。

「あれ? 松下先輩の装備がないな。管理官のところへ行って、確かめてきますね」

「うん? 待って、私はこれ」

 丁度来た松下先輩が、指差すそれは杖と布の服である。杖は金属製で長さは五尺ぐらいあり、先の方には輪状に縁取る装飾が複数ついている。服は厚めの布に銀糸で薄く刺繍があり、上級者用に見える。成長しているとはいえ確かに、穂見月のために用意するには早すぎる物なのかも知れない。

「ひょっとして、だからなんですか?」

 いつものように中途半端なおさげ髪ではなく、ふわっと顔の輪郭を包み、首筋を沿うように下がると軽く肩にかかっている髪が気になっていた。

「うん、薙刀を使うときは、邪魔だし熱いしで留めているけど、回復ならこのままでもいいかなって」

「なんだ、可愛さを強調しているのかと思いましたよ」

「なんだとは、何よ。いつも可愛いでしょ」

 本当は可愛さの強調でなく、寝坊でもして急いで来たのかと思っていたのだけどそれは言えなかった。何にしても、装備が揃っているのだから前もって回復として備えていたことになる。

「でも松下先輩まで回復に回ったら、攻め手が足りないと思うんですけど」

「あれよ、あれ」

 また指差すので、そちらを見る。


「穂見月!?」

 振り返った瞬間、目を奪われてしまう。普段、戦いに不向きな美しい真っ直ぐな黒髪を後ろで束ね留めているだけの穂見月が、それをうなじの上でクルッと回すように上げていて片方にだけ大きい円を描いて髪だけで結ぶようにまとめていたからだ。

「ごめんなさい。借りてたら遅くなちゃって」

 積み込みに来ないのでどうしたのかと思っていたけど、それは抱えている大きな弓が理由なのだろう。

 そして服装は、見た目は巫女のような袴のところに、矢を放つための手袋と肘や胸を保護するための革製の装備を重ねて着ている。

 だから見れば分かる。でも、そのことを聞くしかないのだ。

「穂見月、それ使うんだよね?」

「もちろんそうだよ。だから借りてきたの」

 俺は実物の弓など見たことがなかったので、これが普通のなのか、持っている穂見月のせいで大きく見えるのかは分からなかった。

「弓かぁ、大きいんだね。初めの頃、堀田先輩が属性力の消費が激しいから使うのが難しいって言ってたけど?」

「弓の大きさについてはこれでもすんめって言って小さい方なんだよ。威力は期待できないけど私の力じゃ引けなくて……。属性力は計ってもらったら潜在量はあるから大丈夫って言われたよ。使い方がヘタなだけなんだって。回復のときは不器用で生かせてなかったけど、松下先輩に訓練をつけてもらっているうちに少しだけど自信が湧いてきたから、弓でいけると思うんだ」

「そっか、松下先輩と訓練していたんだね。弓は援護の面があるから威力だけの問題じゃないし、気にしなくていいんじゃないかな。それに防具の袴はちょっと変わってるけど似合ってて格好いいよ」

「ありがとう。これは物理攻撃だけじゃなくて、術的要素もあるから全部革じゃない方がいいみたいでこうなってるらしいの。動きやすいのはいいところなんだけど、防御力が多少落ちるかな。だから、最後は守って貰わないとダメなのは変わらないからお願いね」

「ああ! 俺が守るから平気だよ」

 決めたと思っている俺に、杖を持っているのに松下先輩が横槍を入れてくる。

「穂見月、そんな心配しなくても大丈夫だよ。この日のために練習してきたんだから。できると思わなければ許可しないし、回復にだって回らないよ。だから隼人なんかに頼らなくても……へ、い、き! ウフ」

 言い終わりに、こちらをチラ見する松下先輩はニヤけている。


 だが俺だって大人しくしているつもりはない。積み込む品に紛れ込ませてある、俺のために用意された剣を見せびらかすように両手で横向きに持つ。

 すると松下先輩は、期待通りすぐに聞いてくれる。

「隼人それ、あんたが使うの?」

「あれ? 気がついちゃったかな」

「何が『気がついちゃったかな』よ、いやらしい。そんな経由装置に共鳴石がついた物を見せれば、誰だって聞くでしょ。それでそれどうしたのよ」

「堀田先輩が、どこかに頼んで用意してくれたんだ」

 俺が自慢していると慌てて堀田先輩が来る。

「ダメだよ! こんなところで見せたら」

 そう言うと、早く積むようにと急かしながら辺りを警戒するように見渡している。

「じゃあもう行くけどいいかな」

 バタバタしながら、作戦予定地である相模の遺跡へ向けて出発するのであった。

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