第30話 特火陣地①

 十一月に入ると、部隊に与えられた実技訓練の内容が変わる。その違いを明らかだと実感できたのは、練習をする場所が特別であったからだ。

 学校の裏山には、ちゃんと管理が行き届いているか疑いたくなるほどの広大な土地に訓練場が作られており、模擬戦で使った砂地訓練場もその内のひとつであった。


 今回使う特火とっか陣地訓練場が特別なのは、普段でも使える市街地訓練場や草地訓練場とは区別されていたからである。

 ところでこの、特火という呼び名は特火とっかてんからきているそうで、特火点というのは壕を掘りその周りを石垣や鉄の板で固め、剣や槍だけでなく飛び道具すら通さないようにした建物のことだという。それは何でも、小ぶりのものを複数組み合わせ防衛線を張り、攻撃は飛び道具でするのだとか。

 その説明を聞いて、出城でじろやぐらのようなものではないかと考えたけれど、現地で見てそれとは違うと分かる。だが実は、これも特火点とは違うらしく、訓練場の名称を見たまま付けることができない事情から借りてきた名前だという話だ。

 ではどういう施設かということになるのだが、詰まるところ秘密任務である遺跡の調査を想定して作られたものであった。


 加工された長方形の石畳が敷かれた宮殿のような建物や朽ち果てた寺院、そして洞窟や迷宮にあるだろう暗くて狭い通路など、ここは人工物の作り込みや質感が他の訓練場とは比べ物にならない。

「堀田先輩、すごいですね」

 格が違う様子に、嫌な緊張感が漂う。

「上級生部隊ならここでの訓練もあるだろうけど、二年の僕ですら知っててもここではやらないからね。今回の指示を聞いて不安になったよ」

 そんなことを口にするなんて、堀田先輩らしくない。だが顔を見ると、顎を引き目も鋭くなっていて真剣な面持ちだ。

「不安と言うとよくないかな。でもここで訓練するということは、この前相模であった出来事に関係があるか、もしくはそれ自体に派遣するための準備だと思うんだ」

 堀田先輩は、不安の理由を続ける。

「一年間の訓練の差は大きい。先輩たちとの差を考えれば厳しいに決まっているのだから望まないところかな」

「でも言われれば、やるしかない。ですよね?」

 長三郎は堀田先輩の不安をよそに、悩んでいるというより面白そうだと言いたげに笑みを浮かべる。

「ふん。未熟者め」

 そんな長三郎を、今度は霞が笑い飛ばす。そして霞は、堀田先輩の方を向くと頼みがあると言う。


「家からまた持参した、新しい武器と防具を使いたいのだが」

「うーん。僕は、霞が使いたい武器と防具でいいと思うけど」

 はっきりしない堀田先輩の態度に迷いでもあるのかと思ったら、霞の話で決めることができないのだと知る。

「大丈夫だ。学校からの許可はすでに取ってある。それでは保管庫に置いてあるのでチュチュッと行って武器も防具も交換してくる」

 霞は“チュチュッ”とではなく“ささっ”と行って戻ってくる。

「篭手と臑当を鉄板が入っているものに変えたんだな?」

 長三郎の言葉に霞はムッとする。

「他にも変わっているだろ! この服は布の下に鉄で出来た小さな鎖が入っていて、刃が通らないようになっているんだゾ」

 色が少し変わったかな程度で、腰より下の前後が長く両脇に切れ込みが入っている形なんかはそのままだったので、俺も性能まで違うとは気がつかなかった。

 それよりも短剣から“帯に短し襷に長し”と言いたくなるような、中途半端な長さの刀に変わっている。そしてその微妙な刀だけでなく、反対の腰にはこれまたおかしな短剣よりも一回り小さな棒のようなものを差しているので、俺は意味不明と怪訝な顔をしながら聞いてしまう。

「左腰のは刀だよね? それで右のやつは短剣なのかな?」

「隼人、お前も未熟者だな。これは忍刀しのびがたなで、こっちは苦無くないというのだ」

 堀田先輩は聞いた事があるようだが、知る限りではお勧めじゃないらしい。

「忍刀かぁ。見るのは初めてだけど、刃は真っ直ぐで力がかからなそうだね。それに短剣より長いと、ここで想定している通路などでは使いにくいだろうし、属性力を送り込まなければならない量も増えると思うんだけど」

「ふむ、その通りでチュ。でもそれは悪い部分の話で、それでもこの方がいい理由があるのだ。まず忍刀は、壁越えなどをする時のために鍔が大きめになっているので組み込まれている経由装置も大きい。つまり、必要な属性力は増えるが送り込むこと自体はやり易い。それから苦無は、穴を掘ったり工作に使え、手裏剣のように投げたりもできる。通常の手裏剣に比べれば投げて使うのに難しい部分もあるが威力は大きい。何にせよ、これらを使った訓練を受けている私なら、狭い通路での戦いや罠の解除などに生かせるのだ」

 自信満々で言う霞は確かに腕がいい。だけどくさり帷子かたびらやこんな武器まで持ち出して、一人だけ格の高い装備でずるいとしか言いようがない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る