第29話 文化祭

 文化祭当日、朝早くから準備を始める。

 まずは前日に組み立てておいた屋台まで、寮の部屋で保管していた材料などを運び込む。看板のうなぎは松下先輩の実家から、お米は穂見月のお爺さんの家でみんなで刈り込んだものを送ってもらったものである。それから盛り付けに使うわさび、ねぎ、海苔、山椒、そして出汁ではなくお湯で済むように塩昆布を長三郎と霞に用意してもらったので、それをそれぞれ大きめの器に盛った。これは出店の横に置き、自由に好みの量でお茶漬けにしてもらうための工夫である。

 しかし準備を進めていると、俺が担当した炭で問題が起こる。


「こ、これは……」

「松下先輩、どうかしましたか?」

「これは黒炭ではないか。そうか……、うなぎを焼くといえば備長の白炭と決まってると思い確認を取らなかったとは、私はなんて愚かなんだ」

 松下先輩は俺ではなく、自分を責めているような台詞と天を仰ぐ謎の動きで臭い演技をしている。どうしたものだろうか。

「えっと、黒炭じゃダメなんですか?」

「そうさ! 火力が安定しないし、雑味が出てしまう。ああ~、私たちは風前の灯だ」

 勝負が始まる前から風前の灯では困ると思っていたら、霞が直径五寸ぐらいの丸い石を持ってくる。

「これを使うでチュー。これは遠赤外線が出ているので、火元に入れて焼けばふっくらするに違いないのだ」

「おお! 霞、なんてすばらしいんだ。雑味までは消せなくても、食感は補うことができそうだ。いけるぞ! 残りの部分は総合力で押すんだ」

 松下先輩は、握り締めた両手を胸の前で構えるとそう言った。戦うぞ! という意思表示らしい。そして姿勢を解き鼻歌交じりで屋台に入ると、火元になる場所に石を置いてそれを囲うように炭を並べ始めた。

「なあ、霞。本当にあの石、遠赤外線出てるのか?」

 松下先輩が準備に夢中になっているので、俺は霞に小声で聞いてみた。

「測定などできないから知らないのだ。だけど持っているとポカポカするので気持ち出ているでチュ」

 要は気持ちなんだなと思う。


 準備が終わり開始時刻になると、決めた分担に従って仕事を始める。花形である焼く係りの長三郎は手ぬぐい鉢巻で決め、松下先輩と穂見月は丼に盛ったり受け渡しをしながらお客さんに愛想を振りまく。霞はというと、盛り付けが自由になっているお茶漬けの作り方を案内する係りだ。

 そんな中、俺はお客さんから見えないところで洗い物をやらされる。明らかに、保田先輩“好き好き”な態度に対しての制裁であった。


 時間はたちまち過ぎ、閉店の時が来る。

 文化祭は一日しかないらしく、売り上げ競争の結果はすぐに出た。それは仮に、もう一日やったとしても結果がひっくり返ることはないだとろうというぐらい、明確な差をもっての俺たちの勝利であった。

 松下先輩はドヤ顔で、隣の屋台に近寄る。

「数えるまでもなかったわね、保田さん」

「そうね、松下さん。お互いよく頑張ったものね。確かに今日の売り上げを比べれば私たちの負けかもしれないけど、これだけのお客さんを呼べたのは味噌カツもひつまぶしもすばらしい食べ物であり、食べ方の文化だからよ。本当の勝者は、これを考え出した尾張の人たちね」

 保田先輩は悔しさを押さえているのだろうけど、その言い回しはすべての手柄を尾張のものにしようする話し方であり、密偵を送り込んだ悪役をもねじ伏せる悪魔の理論であった。

「あのー松下先輩、片付けに入っていいですかね?」

「ああっん?」

 俺の呼びかけでこちらに顔を回す松下先輩は、顎を出し、口の横を吊り上げ、眉間にはシワと、まるでチンピラであった。

 勝ったんじゃないのか……。

 俺は、何も見なかったとばかりに片付けを始めた。

「おーい。どうだった?」

 実行委員の仕事が一段落したのか、ここで堀田先輩が様子を見に来てくれる。どうせなら、営業中に来て活躍を見て欲しいものである……俺は活躍していないけどさ。


「ちょっと! これ、どうしたんだよ?」

 堀田先輩は見るや否や驚いた様子で、霞の持ってきた石を指差し聞いてくる。石はうなぎの油でまみれていたが、炭に囲まれ散々焼かれた割には全く焦げていない。

「えっと、霞が遠赤外線が出て美味しく焼けるだろうからって持ってきたので、入れてみたんですけど」

「入れてみたってこれ、霞どうしたんだよ」

 今度は霞に聞いているが、問題でもあるのだろうか?

「うん? 相模で任務のとき、一人で本部に無線を入れに行っただろ。その途中で綺麗な石だったので拾って持って帰ってきたんだ。だが心配するな。これしきで移動が遅くなるほど未熟じゃない」

 霞の答えに、堀田先輩は呆れるのかと思いきや考え込んでしまう。

「任務の途中でやったことはともかく、これは経由装備に付ける石に加工できる共鳴石じゃないか。だけど道端に落ちているなんて信じられないな。動物にでも運ばれたのか……」

 俺は驚くことよりも、どこが宝石みたいなのかと思い説明と違うじゃないかと言いたかった。

 だがそれよりも先に、堀田先輩が俺と霞の服を引っ張る。

「遠赤外線が出ているかは別として、性能は低いが使える石で間違いない。僕が預かって詳しい人に見てもらうから、このことは誰にも言わないって約束してくれないかな?」

 堀田先輩が隠し事なんて珍しいとは思ったが、持ち主の霞も了解しているし、俺も漠然とだけど堀田先輩が悪いことをするとは思えなかったので話を合わせることにした。


 こうして文化祭は終わるのだが、意地になって売り続けた松下先輩は自分たちで食べる分のうなぎまで売ってしまい、俺たちは夕飯のご飯を甘いタレだけで食べることになってしまうのであった。

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