第28話 前哨戦
腕の怪我の跡が分からなくなるほど経った頃だった。
俺が部隊棟へ入ると松下先輩とは違い、こめかみよりもずっと上の方でふたつ結いにしている女の子に声をかけられる。
「盗賊と戦って怪我をしたと聞いたけど、もう大丈夫よね?」
「はい……」
松下先輩とはさらに違い、背丈もないし目も垂れているとまでは言わないが目尻が下がっていているのでやさしそうだな、なんて感じてしまう。こんな可愛い子と会ったら忘れるわけがないのだから先輩のはずだ。しかしなぜ、怪我の事を知っているのだろう?
「病み上がりで弱っているところを、倒してもしょうがないですからね」
「倒す? そういえば……」
ドッタン!!
作戦室の扉が勢いよく開く。そこは、俺の部隊の部屋だ。
「誰が騒いでいるのかと思ったら、
すらりとしていて目が切れ長の、凛々しい松下先輩が部屋から出てくる。というか、可愛い子に食ってかかっている。
「あら松下さん、人聞きの悪い。この前の模擬戦ではお題に救われたみたいですけど、今度の文化祭ではどうかしら? 私たちは部隊で
この前の模擬戦……。叩きのめす……。ひょっとして模擬戦のとき、槍で松下先輩を奇襲した人か? 前はとにかく必死だったから、相手の顔なんて覚えていない。
それよりも、すぐ前にいる松下先輩の顔が怖すぎるのだが。
「ふん! 実力よ、じ、つ、りょ、く。首洗って待ってんのね。文化祭でも恥をかかせてあげるから」
「まあ~。すでに田舎者で恥をかいているあなたとは違うので、注意させていただくことにしますわ」
松下先輩の超攻撃的な姿勢をあざ笑うと、彼女は去って行った。
「もたもたしてないで、早く部屋に入りなさいよ」
そして俺は、とばっちりを受けながら作戦室に入るのである。
作戦室にはすでにみんなが揃っていて、二人のやり取りは聞こえていただろう。
「うちも出店をやります」
明らかに、そして完全に松下先輩は意地になっているが、俺は文化祭の話自体を始めて聞いたところだ。
「えっと、松下先輩。文化祭ここでもあるんですね? 生徒も少ないし、校風でやらないとかあるのかと思ってました」
「うんと、隼人以外も知らないだろうから説明すると、部隊単位で出店や教室を借りて出し物ができるの。だけど、生徒は地元の人が少ないから親御さんとか友達が来れないでしょ。だからお客さんのほとんどが、近所の人か統合局とつながりがある関係者なんで、いまひとつ盛り上がらないんだよね。それに部隊だけだと人数が少ないから合同でやるところもあるしで、出し物が減ってしまうところも盛り上がらない理由かな」
「確かに六人では大変そうですね。ところでさっき、部隊単独でお店を出すと言っていた保田先輩は、模擬戦のとき松下先輩に奇襲を仕掛けてきた槍使いの人ですよね。俺、必死で顔を覚えてないんですけど、あんな立派なふたつ結いを忘れるなんて思えないから考えてるんですが、思い出せないんですよね。彼女、髪どうしてましたっけ?」
敵対的な松下先輩に聞くという愚行をしてしまったが、それ以上に周りの目が痛い。
「隼人……」
「違うんだよ、穂見月。違うんだって」
ここでいつものような突っ込みをと霞に期待するのだが……そちらを見ると、笑ったままの口で目を横にして流す構えだ。
「あのー、僕、実行委員に入ってるからお店にはほぼ顔出せないだろうし、準備もどこまで手伝えるか分からないんだけど厳しくないかな?」
堀田先輩の言葉で会話が進んでしまうと、もう時間が戻ることはなかった。
俺の悲痛な思いとは関係なく、堀田先輩が参加できないからといっても当然引くことのない松下先輩は、そのまま仕切り話を続ける。
「それじゃあ、細かいこと決めていくから」
そうは言っても、相手が出店で食べ物を提供すると聞いているので、この話し合いでは何をやるかではなく、どう戦うかの会議であった。そして決まった事といえば、松下先輩と俺で沙羅双樹の作戦室へ行って勝負の判定方法を話し合ってくることと、その間に相手の出方を伺うことだった。
トントン!
沙羅双樹が使っている作戦室を訪ねると、話し合いに応じてくるので向こうも買うと分かっていて喧嘩を売ってきたのであろう。
「おじゃまします」
松下先輩がテキトウな言い方をすると、
「本当にジャマですけど、文化祭のことね?」
と保田先輩も来てもらうつもりだったのか、来て欲しくなかったのか分からないような返事をする。
話し合いの結果は、出店をすぐ横に並べてより多く売れた方が勝者とすることになった。揉めるかと思っていたがあっさり話も終わり、ほっとした俺は部屋の出口に向おうと足を踏み出す。だがその時、何かにつまずく。何も無い場所なのにつまずいたのは、松下先輩がさりげなく足を出したからだった。
俺は飛翔する。
倒れる寸前、本棚に手を伸ばしたのだが支えにならず、逆に本棚の方が一緒に倒れてしまう。
「はっ、すいません」
立ち上がり見渡せば、棚にあった作戦資料などが散乱していた。
「ああ、すまない。まだ怪我の後遺症が残っていたのかも」
松下先輩がわざとらしく言うのだが、俺には後遺症はない。
「怪我はなかったかしら? えっと中条君よね」
迷惑をかけてしまったと反省している俺に、可愛い保田先輩が言葉をかけてくれる。
「はい、本当にすいません」
謝ると、やさしい言葉に申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
その後簡単に片付けを手伝うと、“ぺこぺこ”する俺は“してやったり”な松下先輩と部屋を出て、自分たちの作戦室に戻るのであった。
「松下先輩、酷いですよ。また、処置室送りになったらどうするんですか」
俺の必死の訴えも届かない。
「何のこと? ブリッ子なんかに見とれてるからこけるんでしょ?」
ブリッ子ってなんだよと思っていると、窓から霞が入ってくる。
「ご苦労。で、どうだった?」
松下先輩の性格なら、行儀が悪いと怒るはずなのに労っている。
「探ったところによると、出しやすいようにどんぶりにするらしいでチュー。材料の中に、豚肉と赤味噌が書かれていたので味噌カツで間違いないでチュー」
「なるほど。味噌カツ丼ね。
俺にもすぐに分かった。提供する品ではなく、俺が転んだ隙に忍び込んで探ったのだと。
何て卑怯なんだと思ったが、訳の分からない続きがあった。
「松下先輩、ずるくないですか? それと保田先輩は、尾張出身なんですか?」
「そこだ! ずるくない。私はやつに負ける訳にはいかないのだ」
要するに、俺と穂見月がギクシャクしたのと同じで、尾張と遠江もギクシャクしているということだ。
「保田は模擬戦の逆襲のつもりかもしれないが、これは
やっぱりそういうことらしい。
そしてこの、もたらされた情報により松下先輩は決めたようだ。
「我が陣営の出し物! それはひつまぶしだ!!」
「「「おおーー」」」
あれれ、長三郎も霞も、そして穂見月も納得している。
「うん? 隼人、ノリが悪いな」
「すいません松下先輩、決まった理由が分からなくて」
「愚か者! よいか隼人。私の出身の遠江には地名の通り
過去にいろいろあったとはいえ、これでは悪役のようだ。
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