第19話 出会い③

 もう少し走れば、相模さがみのくに、武蔵国、と関所が続く場所らしいけど、これと言って特徴ある道ではない。しかし、速度を落としたかと思うと車はそのまま止まった。

「どうかしましたか?」

 俺が尋ねると堀田さんは正面を指差す。その先には、雪だるまがあった。道の真ん中に置いておくとは愉快犯だろうか? 危険で笑えない……。

 いや、待てよ。周りに雪はない。当然だ、いくらこの辺でも、もう春になるのだから。

 ピヨン! ピヨン!

 車内なので音が聞こえるわけではないが、雪だるまが上下に、しかも球のように滑らかに跳ねているので、そんな音が出ていると連想してしまう。

「やれやれ」

 そう言うと堀田さんは、助手席にある長さ三尺半はありそうな物を抱えるように取り出し、包んでいた布を外した。

 見たところ刀のようだが、それにしては鍔の辺りが大きい。端から四分の一ほどある柄の方は変わりなく、太さやそこにある筋上の模様から持ちやすそうとはいえである。

「ここで待っていてね」

 堀田さんはそれを持って車を降りると、付いている太めの革紐を腰に巻き締め、柄に手をかけた。

 戦う気のようだ。

 抜いて構えるとやはり、模様までついた鍔のような部分が大きい。あれで、使いにくくないのだろうか?

 そんなことを考えている間に堀田さんは雪だるまに走り寄り、それを真上からスッと真っ直ぐ振り下ろす。雪だるまの中心を撫でるかのようにそれが通ると、そこから左右にはじけ雪だるまはバラバラになった。

 堀田さんはそれを鞘に戻すと、車に戻ってきて助手席にまた置く。これが彼女ということなのだろうか。


 俺は驚いたが、それよりも疑問が多すぎて夢中になる。

「堀田さんそれ……刀なんですか? それにあの雪だるま、まさか妖怪ってやつですか?」

「こんな形だけど、一応打刀かな」

「でも、その装飾というか鍔が、大きすぎませんか?」

「うんこれ、経由装置って呼ぶ場合もあるよ。柄も大きめでしょ。経由装置も柄も大きい方が経路の確保がしやすいんだ」

 全く意味不明である。

「さっぱり分からないんですが、雪だるまが吹っ飛んだのはそれだからですか?」

「そうだね、刀そのものの力とは違うから。まあその辺も、学校に行ったらすぐ習うよ」

「じゃあ、雪だるまは何なんですか? 動いていたし、まさか中に人が入っていたとかじゃないですよね」

 質問とは違い、血が吹き出たりなどはしていなかったので、人であるという心配はしていなかった。

 それにくらべると本当は、街道から外れたり、関所付近であっても国境に近寄ると妖怪に襲われるという“教え”を聞いたことがあったので、背いたから神の加護がなくなり災いに遭ってしまったのではないかということの方が気になっていた。

「もちろん人なんて入ってないけど、それじゃあ妖怪かといえばそれも違うんだよな」

 取り乱す俺であったが、ふと我に返る。そうだ、美少女の前であったと。そしてそちらの様子をゆっくり伺うのだが、仁科さんは冷静というより何事もなかったかのように座っていた。


 俺も冷静さを装い座って見せると車が発進する。

 そういや説明の中で、学校に行ったら習うって言ったよな。それが使えるってことは堀田さんは学校の人となるが何者なんだろうか。

「堀田さん、その刀を使えるということは指導員とかですか?」

「違う違う。僕は二年生で、君達とひとつしか変らないよ。手伝いを頼まれて迎えに来ただけ。この服は戦闘服なんだけど、着崩してたから気がつかなかったかな。まあ、君の家に行くだけで二十四時間も運転しなきゃならなかったから、ついだらしなくなちゃったのは許してよ」

「すいません、先輩だったんですね。寝てばかりいて」

「いいよ、いいよ」

 怒ってはいないようだ。知っていたとしても、恐らくこれだけの長旅なら寝てしまっていただろう。それよりもだ。

「堀田さん、二年生でもうさっきのじゅつのように吹き飛ばすことを習うんですか?」

「僕は新二年生だから、一年で習うってことだね。そもそもこの学校は、これを教えるのが主だからね。つまり君たちは、このために呼ばれたと言っていいと思うよ」

 ただ刃で物理的に斬ったのではなく、明らかにおかしな威力があったあれのために呼ばれたとは、どういうことなのか分からない。

「その、警官になるのにあんなこと必要なんですか? 街では見たことないんですけど、妖怪と戦うんですか?」

 ……。

 堀田さんは小さく頭を掻くと、仕方がないと思ったのか話し出す。

「細かいことはともかく、この力を使うことはちゃんと議会からの意向で進められてるんだ。一昔前なら信仰心がないとか、神に背く行為だとか言う人ばかりで、とんでもないって話で終わるようなことだよね。けど今じゃ、元老院だけでなく神宮院の中にもある力は使うべきだって人も、まあ少ないけどいるようなんだ。神の祝福を待っているのもしんどいってことかな」

 天帝に仕えていた神官たちの集まりである神宮院と、守護配下の集まりである元老院で議会が行われていることは俺でも知っている。詰まるところ手続きに不備はなく正式な任務だという話なわけだ。しかし、やりたかったことと頭の中で結びつかない。

「君が言う術も妖怪も、すぐに分かるよ。任務には必要だからね」

 堀田さんとの話は、ここで終わった。

 そして車は、学校に到着する。

             ――――――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る