第20話 いざ松本

 松本に入った時点で、すでに午後三時。そこから穂見月の家を目指して、街の中心部からどんどん離れ走っていく。しばらくすると、黄金色に輝く水田が視界に広がってきた。ひとつひとつの水田は思いのほか大きく、農家は一軒一軒点在いていた。


「松下先輩、あれですかね?」

 一度来ているはずなんだけどあの時は夜だったし、何より俺は熟睡していたので分からない。

「うん、車があるからすでに鮫吉たちも着いているみたいね」

 到着すると車の音で分かったのか、玄関から穂見月が出てきていた。そしてその横に、穂見月のお婆さんと思われる人が立っている。

「よくきなさったな。ちと爺さんは腰を痛めておるので、家の中で挨拶させてくだされ」

 出迎えてくれたお婆さんは、丁寧に挨拶をしてくれた。

「穂見月、車、どこに置いたらいいかな?」

「えっと、あそこにある倉庫の横にお願いします。案内します」

「うんじゃあ隼人は、荷物持って先に行ってて」

 松下先輩に言われ、俺は先に車から荷物を玄関に降ろすとそのまま挨拶に向うことにした。


 お土産のスルメイカを持って、家の中を案内してくれるお婆さんに続いて進む。屋敷と言うほどではないが、そこそこ広い家だ。

 そのまま廊下から茶の間に入ると、座椅子に腰掛けているお爺さんがいる。そして入っているコタツの上には、八つ橋が置いてあるので目が行き俺は思う。この貴族なお菓子は長三郎の土産だな……負けた、と。

「お世話になります。これ、つまらないものですが」

 はずかしながらと思いながら、スルメイカの入った箱を差し出す。お爺さんは臭いでおおよその見当がついていたとは思うが、箱を開けると目をくりっとさせてその予想が当たったことがうれしいようだ。

 手応えはあったが、同時に『越後から来ました』感が出てしまっているので、謂れもなく怒られたりしないかと心配であったりもする……。様子を伺っているが、ご機嫌のままであり問題ないようだ。


 ほっとした時、茶の間と奥の部屋を区切っているふすまが開く。開けたのは霞だった。その後ろには、先に着いていた長三郎と堀田先輩、それに見たことのない女の子が茶と菓子のある座卓を囲んでくつろいでいる。

「にゃにゃにゃ、スルメか。隼人、うまく取り入ったな」

「取り入るなんて人聞きの悪い。それに今日もチューじゃないのか?」

「むむむ隼人、覚えておけ」

「何を覚えておくのか知らないけど、ひょっとして奥にいるの妹さんかな?」

 さっきから霞とのやり取りを見ている女の子は穂見月をそのまま小さくした感じで、黒い真っ直ぐな髪が半分の長さしかないところ以外、違いがないと言ってもいいぐらいだ。

「始めまして、仁科早苗にしなさなえです」

「始めまして。お姉さんには、お世話になってます」

「全くだチュー」

「いや、霞に言われたくないんだけど」

「うるさい隼人。早苗ちゃん、こんなやつと喋るとアホがうつるからやめておけ」

 そこに、車をとめてきた穂見月と松下先輩も加わり、そんな話で盛り上がった。


 気がつけば陽も傾き、夕飯をご馳走になる。

 腹も膨れ、まったりしていると霞が、

「あたいもお土産持ってきたぞ」

と言い出し、堀田先輩が運転してきた車から花火を持ってきた。

 こんなに火気を車に積んでよいものだろうか? とはいえ、やらない話はない。

 俺は穂見月と並んで線香花火をやりながら“風流だな”なんて感じながら、チラチラそちらを覗く。

 その時、突然! くるくる回る花火が横から飛び込んできて場を荒らす。

 シュー……バン! バン! バン!

「かーすーみー」

 霞の方を見ると、輪っか状の花火の飛び出た部分に火をつけて、さらにこちらへと投げてくる。

「グァファッファ! 言っただろう。覚えておけと、これはねずみ花火でチュー。お前を攻撃するために開発された仲間なのだ。ほら、早苗ちゃんも一緒にやるだチュー」

「うん!」

『うん』ではないと俺は思う。

 その後も早苗ちゃんを盾にした霞の攻撃に耐えながら、まだ全然仕事もしていないのに花火を楽しむのであった。

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