第16話 実家へ②

             ――――――

 私塾を卒業することが決まると、俺は迷わず警察官になるための試験を受けることにした。

 それは、いつしか必要とされなくなってしまった武士への夢が正義のために戦いたいと思う気持ちへつながり、警察官を目指す理由になっていたからだ。合格することができれば夢がかなうばかりか、機関が設置した学校で勉強することもできる。


 俺は、試験を受けた。


 終わってからというもの自宅では、二階の部屋で合否判定に気を揉み落ち着きなくウロウロする日々だ。下では母が、足音で迷惑をしているだろう。


 結果の張り出しは一ヶ月後のはずだが、試験から十日過ぎた頃に警察本部から呼び出される。

 指定された日時に本部を訪ね受付に話すと、係りの者だという人が迎えに来て「こちらへ」と部屋まで案内してくれる。わざわざわ付き添ってくれるとは親切にしては度を越していると思ったけど、それよりも周りに他の受験者が確認できないことが気になる。

 言われるままドアを開け入るとそこは応接室のようで、窓の内側には細かい格子で細工された障子、中央の卓とそれを挟む四脚の椅子も高価なもののようだ。他にも、額に入ったよく分からない絵が飾ってある。

「どうぞ、座って」

 三十歳代と二十歳代と思われる制服を着た男性が並んで座っていて、俺にも座るよう勧める。

「失礼します」

 俺が座るとすぐに若い男性が話を始めた。

「お忙しいところ来ていただいて申し訳ない」

 丁寧な対応だが、このおかしな状況を考えれば本題に備えてだと想像がつく。

「お受けになった試験の話なのですが、現在まだ結果は出ておりません。ですが先に、確認したいことがありましてお呼びしました。それは仮に合格した場合のことなのですが、採用がここ、越後警察本部ではなく、統合局になる場合もあるのですが、それでもよろしいか聞きたいのです」

 統合局? 中央で、各国の警察本部をまとめている上位機関だ。

 そんな重要なことを募集の時に言わないのはおかしいし、そんな入り方、噂ですら聞いたこともない。

「採用後、通っていただきます警察学校も統合局の学校になります」

 若い男性は説明を続けるがそういう話ではない。

 少し怪しさも感じるが、しかし警察本部内で制服を着た二人が俺を騙したところでなんの得があるだろうか。

 なんであれ合格しなければならないわけで、合否がまだ出ていないと言われれば話を断れる立場ではない。

 答えは簡単だった。

「はい、もちろん大丈夫です」

 それに、警察官になりたいという夢はどちらでも達成できるのだから断る理由もなかった。


 そして合格した。

 しかし、予定の日に越後警察本部の掲示板に名前が張り出されたわけではない。

 それよりも前に家に直接通知が届き、加えてそれには武蔵の国にあるという警察統合局警察学校の説明と、入学までの手続きという資料まで同封されていた。


「母さん、結果が来たよ。合格だって」

 封筒を開け確認した俺は、内心の喜びを押さえながら夕飯の準備で台所に立っている母さんの後ろ姿に話かけた。

「よかったわね」

「うん。でも、本部に呼ばれた時から、武蔵の学校へ振り分けると決まっていたんじゃないかな」

「別にあなたは警察官になれればいいんでしょ?」

 “警察官になりたい”という受験をした理由を知っていれば、誰でも「よかったね」と返してくれるだろうけど、不自然な聞き取りのことは気になったままだった。

 しかし待遇は悪くないようで、武蔵の国にある学校までは入学式に合わせて車で迎えに来てくれると書いてある。

「母さん、学校まで車で送ってくれるらしいよ」

「家まで来るの? 国境寄りの駅まで行かなくていいのかしら」

「みたいだね。街の中心部しか走っていない鉄道で国境寄りの駅まで行っても、大して変らないからかな。あと迎えの予定を見ると、車は他の新入生の家も寄りながら学校に戻るので時間がかかります、て書いてあるよ」

 この夜、父と姉にも同じように報告をするのであった。


 その日が近くなると俺は床屋に行き、周りは刈り上げ、上の方に残っている髪は癖毛で波を打ってしまうから後ろに流すようにした。家に戻り、入学式に備えて届いていた制服の裾を母に上げてもらうと、袖を通してみる。

「似合ってるわよ」

 母に言われると恥ずかしいが自分でもなかなかだと浮かれ、部屋に戻ると鏡で確認しながら写る制服姿に活躍する日を想像するのであった。

             ――――――


 姉さんは、ご飯をつつきながら聞いてくる。

「学校の方は、どうなの?」

「うん、うまくいってるよ。それで学校に戻る前に、仲良くなった友達の家で稲刈りの手伝いをすることになってね、一緒に手伝ってくれる先輩が車で迎えに来てくれることになってるんだ」

 これを聞いた母さんは、

「あら、二週間しか夏休みがないのにすぐ出て行くようだね」

と言うのだが、姉さんが勘ぐってくる。

「仲良くなった友達? 女の子?」

「えっ、いや、俺一人じゃなくて、みんなで行くんだよ」

 先輩が迎えにくると言っているので俺一人のわけがないのだが、そう答えてしまう。

「ふーん」

 これ以上聞かれなかったけど、『違う』とか『男だよ』と言ってないのだからもう聞く必要がないのだろう。

 俺だって、穂見月と恋仲になれれば自慢したいところだ。けど、友達としてもまだ危うい感じがあって、たぶんまだ言えない。

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