第二章 国と家
第15話 実家へ①
あれから長三郎は、水練場開放日には松下先輩との訓練はせず、こちらに加わわると霞の面倒を見てくれていた。おかげで俺は教えることに集中ができ、結果穂見月も何とか泳げるようになるのであった。そして霞の方はといえば、長三郎に散々怒らたためか犬掻きが直ると、元々運動神経がよいものだから半端なく泳げるようになっていた。
みんなで水泳水槽から上がり休んでいると、泳げるようになった割に穂見月がうれしそうでないので感想を聞いてみたくなる。
「夏休みになるまでもう開放日ないから今日で最後だけど、ひとまずこれだけ泳げればいいんじゃない?」
「うん、隼人のおかげだよ。ありがとう」
「……、何か分からないところあったのかな?」
ありがとうと言われたことは嬉しいんだけど、気持ちを抑えているようなそぶりに距離を感じる。
「手紙の件を気にしているんだな」
見かねたようで霞が話してしまうと、穂見月が否定しない。
「気にしているというか、どうしようかなって」
「手紙?」
俺が聞くと、穂見月は隠さずに教えてくれる。
「妹からの手紙なんだけど、お爺さんが腰を痛めて稲の収穫ができそうにないから困っているという内容だったの。お婆さんだけじゃ無理だし、お爺さん頑固だから誰かに頼んだりしなさそうだし、妹もまだ十三歳なので何もできなくて」
「そういうことなら、俺が手伝いに行くよ」
どんな手紙なのかを聞いたのも縁だし、何より穂見月の窮地だ。俺はすぐに答えた。
「おいおい、俺たちだろ」
すると、長三郎がこちらを見てそう修正し、霞もうなずいている。
それを聞いた穂見月の“にっこ”っと見せた記憶にない笑顔で、俺は顔が赤くなっていないか心配になる。
「ありがとう、ちょっと期待してたかな。でも隼人に会った時も言ったけど、越後の人が来るって言ったらお爺さん嫌がるかも知れない。別にそれぞれの人が嫌いとかじゃなくて、文化みたいなところがあって……、もちろん隼人がいい人なのは知っているんだけど」
状況は分かったが、穂見月が言うように俺はいい人なので断れない。
「それでも行くよ。細かいことは後で決めるとして、約束するよ」
その後、今年最後になるであろう遊泳を楽しむと、明日作戦準備室に残って話し合うことにしたのだった。
翌日。こちらも夏休み前最後となる、実技訓練が終わった。
俺たちは準備室に残って、穂見月のお爺さんの家へ手伝いに行くための話し合いをしようとしていた。
「どうしたの? まだ帰らないの」
堀田先輩に聞かれ、答えに迷っていると、
「あんたたち、何か変なこと考えてるんじゃないでしょうね?」
と、疑いの眼差しをした松下先輩が続けて言ってくる。
「そうじゃないんです」
穂見月は二人にも説明する。
事情を知ればやはり、堀田先輩も松下先輩も手伝うと言ってくれる。実のところ、移動する足の確保は四人だけでは難しいと考えていたので助かった。
「四人とも実家に一度帰るんだろ? なら僕が長三郎と霞を拾って穂見月の家に行くから、舞は隼人を頼むよ」
堀田先輩は学校の車を二台借りてそうしようと言い、これで実家に戻ってから収穫に行っても十分、間に合う余裕ができたのであった。
夏休みに入ると早速、俺は実家に帰る。
「ただいまー」
鉄道と乗合自動車を乗り継いで、ようやく家に着くが本当に遠い。長三郎や霞はもっと遠いなんて、とても考えられない。
一息つけば夜になり、母さんの作ってくれたご飯を仕事から帰ってきた父さんと姉さんと一緒に食べる。
四つ上の姉さんはすでに働いているけど、俺と同じで私塾も卒業している。国の補助がある寺子屋を出れば、うちのような一般的な家庭の子は働くのが普通なのに、二人も私塾に行かせた父は相当無理をしているはずだ。そのことを話しても「どうせ人生五十年、好きなことをやれ」と毎回返してきて、大変だと口にしたことはないけど。
しかし私塾で習ったことによると、これからの時代は剣術よりも学術の時代だという話であったのに、学校に入ってからは剣術で苦労する毎日である。
それでも、警察官になるための機会を与えられたのだから通った意味はあったし、父に感謝していた。
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