第14話 水練場
模擬戦が終わると、普段通りの授業と訓練に戻ってしまった。
やはりこのまま夏休みはないのかと諦めていたらそうではなく、二つの組に分かれて休みを取るということだ。俺たちの部隊は後半組みで、待ち遠しい休みは二週間与えられる。
そんな待たされる暑い季節にも、少しだけいいことがあった。それは水練場に開放日が設定されていて、その日は自由に泳げるということである。体力作りに有効という理由で認められているみたいだけど、単純に楽しそうなので俺は行こうとみんなを誘ったのだった。
「二人とも、待たせてごめん」
水練場の入り口に行くと、約束した霞と穂見月がすでに待っていた。
「長三郎はどうした?」
「それがさぁ霞、どこを探してもいないんだよね。まいったな」
「そうか、探していても時間の無駄だな。穂見月も三人でいいよね?」
「ええ」
俺たちは一度別れて更衣室で着替えると、水泳水槽を囲む設けられた脇で再び会う。もちろん学校指定の水着だし授業で見たことが無いわけではないが、いつもより近くで見ているせいか二人の水着が同じ商品なのかと疑問が増してくる。
「隼人」
「何? 霞」
「殺すチュー」
「いや、まだ何にも言ってないじゃん」
「それじゃあこれから言おうとしてたんだな」
「何のことだか、ささ泳ごうよ」
とぼけながら水槽に入ると、二人も続いて水に入るがその場で立って泳がない。
「えっと、泳ごうか」
俺がもう一回言うと、穂見月が答える。
「私泳げないから霞、教えてくれない?」
「そうなのか。あたいも泳げないぞ!」
「ええ、霞も泳げないの?」
経験上、霞は器用に何でもこなすと思い込んでいたので俺は驚いてしまう。
「むむ、なんであたいだけ驚かれる」
「いや、霞は運動神経いいからできるかと」
「お主、自分の国に海があるからと調子に乗っているであろう」
確かにこの三人の中で、出身国が海と面しているのは俺だけだ。だがそんなことで調子に乗っていないし、泳ぎに自信もない。とはいえ、ここは教えるしかないようだ。
「俺でよかったら教えるけど」
それからというもの、勘で恐らくこうであろうと指導する。水泳水槽の縁を掴んでバタ足をさせてみたり、水に顔をつけて息継ぎの練習なんかもやらせてみる。
こんなものだろうか? しかし教え方とは関係なく、霞は当然のように飽きてきて暴走していく。
「どうだ、隼人、泳げてるぞ」
「それは犬掻きだ」
「おーそうか! ワンワンワン」
「なんだ、今日はチューじゃないのか?」
水を怖がるよりはいいのだろうが、穂見月に教えにくくてしょうがないのだからそんなことを指摘している場合ではない。
「穂見月、俺が手を引っ張るので、体を真っ直ぐに伸ばして足をゆっくりでいいから上下にして」
人生を振り返っても他に類を見ない役得である。
「そうそう、顔をちゃんとつけた方が体が横になるから浮きやすいよ」
穂見月は顔を水につけ、息継ぎの練習もしている。
「うっひゃっひゃっや」
バタバタバタ!
その横を激しい犬掻きで波を立てながら霞が通る。
「ごっほ、ごっほ」
息継ぎしようとした穂見月が、霞の立てた波を顔に受けてしまいむせて立ち上がる。
「こら! 霞、ジャマするな……穂見月、大丈夫?」
「ええ、大丈夫だけどちょっと疲れたかな」
「慣れないことだし、今日はこの辺にしておこうか」
「うん」
水泳水槽から上がった俺たちを見て、相変わらずの犬掻きで霞はこちらに寄ってくる。
「なんだ、もうやめるのか」
「開放日はまだあるし、今度は長三郎も連れてこようよ」
俺がそう言うと納得したのか霞も水泳水槽から上がり、今日はおしまいにするのだった。
着替えを終え三人で寮へ戻る途中、中庭の方から来た長三郎と松下先輩に出くわす。
「長三郎、どこにいたんだよ。お前も一緒にと思って探したんだけどいなかったからさ」
俺は声をかけるが、よく見ると服に砂が付いており随分埃っぽいなと思う。
「いや、その……」
長三郎が話し辛そうにしていると、霞が教えてくれる。
「隼人、あんまり言ってやるな。長三郎はお姉さんっぽいのが好みなんだ」
「そうなのか!」
霞のボケに乗ってみると、効果覿面であった。
「たっく、面倒なやつらだな」
開き直りながらも恥ずかしそうにしている長三郎が白状する。
「松下先輩に稽古をつけてもらってたの! 同じ持ち場だから、立ち回りとかそういうこと聞いてたんだよ」
あれほど不穏な空気を作り上げていた二人がとも思うが、模擬戦でのことを考えれば何もおかしなことはない。
「そうそう。まっ、長三郎はまだまだだけど、次の実戦にはもう少しいい槍を用意してあげようかな。じゃあ私は早くお風呂に入りたいし、先に戻るわ」
松下先輩はそう言うと、軽い足取りで女子寮へ戻っていく。
「なあ、長三郎? お前の服埃だらけだけど、松下先輩の服は汚れてなかったよな」
「隼人、お前よく見てるな。でも簡単な話で、手合わせでは俺が一方的に吹っ飛ばされていたってことだよ」
「へぇ、松下先輩強いんだね」
長三郎に悔しさが見られないところから、松下先輩の腕前はおしいとも感じさせないほどのものだったんだなと思う。
そういえば模擬戦でも、あの攻撃を避けてたもんな。
「そろそろ私たちも戻りましょ、すぐ寮に戻るつもりだったから髪も乾かしてないし」
「ああごめん。じゃあまた明日」
俺は穂見月の長い髪を気にかけることもなく、長話をしてしまい謝りつつ別れるのであった。
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