そこは否定しろ
そのあと、逸人の母、
水曜日。
久しぶりに逸人の実家を訪ねると、入り口に仁王立ちになっている日向子が居た。
可愛らしいピンクのワンピースを着ているが、目つきはいつも通りなので、服装が少し浮いている。
親に、向こうの家にご挨拶に行くんだから、こういうのにしときなさいよ、と言われて着たものの、自分でもしっくり来ていない、という風に見えた。
「来たのね」
と言う。
「来ますよ。
私の立場も考えてくださいよ~」
と言うと、渋い顔をしていたが、通してくれた。
門番か……。
門番、日向子と芽以は一緒に広い廊下を歩いた。
逸人は少し後ろをついてきている。
日向子は、彼女も小さな頃からよく訪れていたのだろう、
「あんたと私、どっちも圭太たちと小さな頃から一緒に居たのに。
会ったことなかったのは、圭太があんたにメロメロなところに出くわさないよう、圭太の両親が仕向けていたからなんでしょうね。
私が圭太を気に入っているのを知っていたから、うちの家と揉めないように」
いつか
「そうか。
そういう親心だったんですねー」
「大きくなってからは、親に言われて、圭太がそのようにしてたんだと思うわ。
そういうとこ、圭太もちょっと卑怯よね」
と言う日向子に、
「そうですか?」
と言うと、
「……卑怯だと思いたいの。
少し、圭太から離れてみようかと思って。
今、圭太の嫌なところを探してるの」
と日向子は言う。
「えーっ、今ですかー?」
もう婚約もしたのに、と思って、声を上げたあとで、圭太の幼なじみとして、一応、フォローを入れておく。
「ないない。
ないですよ、圭太に嫌なとこなんて。
ちょっとチャラいくらいのもんですよ。
嫌なとこ探そうとしたら、ないなあって気がついて。
きっと、余計好きになっちゃいますよ」
だが、二人の仲を取り持とうと思って言ったのに、日向子はそこで、突然、切れた。
「なんなのよ、その発言ーっ。
あんた、やっぱり、圭太が好きなんじゃないでしょうねっ」
「いやいやいや。
そんなわけないじゃないですかっ」
と言った芽以は、改めて気がついた。
そうか。
そんなわけないのか。
……昔から、そんなわけなかったのかもな。
昔から――
逸人さんの方が好きだったのかもな。
だから、いつか、逸人さんと二人きりで遊んだときも、なんだか、ぎくしゃくしちゃって、疲れちゃったのかな、と思いながら、チラと後ろを見てみたが、いつの間にか、逸人は居なくなっていた。
「消えましたよっ?」
と驚き、芽以が声を上げると、日向子も振り返ったが、
「洞窟じゃないのよ。
自分の家よ。
部屋にでも行ったんじゃないの?」
と軽く言ってくる。
「そ、そうでしたね。
でもこの家、昔はなんとも思わなかったんですが。
逸人さんと結婚した……いえ、結婚する今となっては、魔窟のように感じます」
姑と舅、そして、小姑がたまに居る魔窟だ。
「……そうね。
そういう意味では仲良くしましょうね」
と嫁同士、手をつなぐ。
薄暗い廊下をぽうっと照らす、壁のキャンドル型のライトが雰囲気を醸し出し。
ますます洞窟探検じみてきたな、と思いながら、日向子と二人、手をつなぎ、歩いた。
「圭太」
まだそのままになっている自分の部屋に荷物を取りに寄ろうとした逸人は、広い廊下の真ん中に立つ圭太を見つけた。
我が兄ながら、いつも颯爽とした感じだ。
服装とか、ルックスとかの、見た目だけは。
目は死んでるな、相変わらず……と思っていると、
「芽以も来たのか」
と圭太は訊いてきた。
「当たり前だろ」
と言うと、
「まさか、芽以がお前の嫁として、此処に来る日が来るとはな」
と圭太は言ってくる。
いや……お前が結婚しろって言ったんだ。
だが、家と芽以との間で板挟みになり、正気を失っていた圭太が、最近、ようやく正気を取り戻しつつあるのに気づいていた。
今更、芽以を返せと言っても返さんぞ、と思いながら、腕組みして兄を見据える。
「芽以は?」
と訊いてくるので、日向子と先に行ったようだと教えると、圭太は渋い顔をし、
「あの二人、意外に仲がいいようだな」
と言ってきた。
そうなのだ。
日向子は年がら年中、芽以に食ってかかってはいるが。
芽以はそれを軽く受け流しているし、日向子もなんとなく楽しそうだ。
だからこそ、気分転換に頻繁に店を訪れているのだろう。
圭太が来ていないかチェックするためだけではなくて。
「……芽以と上手くいっているようだな」
窺うようにこちらを見ながら言う圭太に、いや、いってはいない、と思っていた。
「なあ、どうしたら、芽以と上手くいくと思う?」
「俺に訊くな……」
まあ、そうだな。
俺も錯乱していたか、と思いながらも、
「でも、お前と芽以は、はたから見ていたら付き合ってるように見えていたからな」
と言うと、圭太は、
「あのまま居たら、幸せだったかな」
ぼそりとそんなことを呟いてきた。
「結婚できないとわかっていても、周りがそういう目で見てくれてるだけで、結構幸せだったかもな。
芽以との幸せが自分が望めば訪れる気がして」
でも、俺はきっとわかってたんだ、と圭太は言う。
「芽以が俺を愛してはいないこと。
きっと、なんとなく悟ってた。
だから、迷いながらも、日向子の話を受けたんだ」
芽以の心が自分にあったら、こんな未来を選んではいない――。
圭太はそう言った。
「ま、ひとつ教えてやると。
芽以は結構駄目な奴に弱いぞ。
支えてやらなきゃとか思うみたいで。
俺のような駄目人間とか」
と笑う圭太に、逸人は大真面目に頷き、
「そうか。
お前のような駄目人間になればいいんだな」
と口の中で復唱する。
「いや、そこは否定しろよっ」
とただ自虐的に言ってみただけだったらしい圭太が文句を言ってきた。
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