貴女、負けず嫌いですね?




 店の開店時間になったので、すぐに普通のお客さんたちも入ってきた。


 すぐに彼らと話す時間は取れそうになかったので、逸人は、奢るからなにか食べててくれ、と言って、厨房に戻っていった。


 芽以は、しずかと日向子を店内に通す。


 二人はなんとなく同じテーブルに座り、なんとなく料理を頼み、なんとなく食べていた。


 別にパクチーを食べに来たというわけでもないのに、普通に、さっと食べられるのって、すごいなーと感心しながら、芽以は料理を運ぶ。


 二人は無言で座っていたのだが、パクチーピザが目の前に出された瞬間、日向子が動きを止めた気がした。


 だが、静が平然と、パクチーの中華風サラダを食べ始めると、日向子もピザを食べ始めた。


 何故か、静の目を見つめたまま、無言で口を動かしているので。


 ……日向子さん、もしや、パクチーお嫌いでは?

と思う。


 なんだかわからないが、静に負けたくないようだ。


 しばらくして、客が引けると、逸人が二人の許にやってきた。


「待たせてすまん。

 っていうか、静は帰ったんじゃなかったのか」

と逸人が静に言うと、静は、いきなり、日向子を手で示し、


「ちょっとナンパしてくるって言ったじゃん」

と言い出した。


「されてないわよっ」

と日向子が立ち上がる。


 逸人は、チラとカラになっている日向子の前の木製ピザプレートを見て言う。


「日向子、お前、パクチー嫌いだろう」


「嫌いよっ。

 でも、この男が目の前でパクパク食べるからっ」


 やっぱりか、と芽以が思っていると、逸人は、静にも、

「お前も、なんで食べてんだ、パクチー」

と言っていた。


「……此処がパクチー専門店だから?」

と静は何故か疑問系で言ってくる。


「そういえば、お前、この間も食べていたが、パクチー、食べられるようになったのか?」


 そう訊く逸人に、静は、

「いや、この間久しぶりに食べて、やっぱり、これは人間の食い物じゃないなあと再認識したところ」

と言う。


「……じゃあ、食うなよ」

と言う逸人に、


「でも此処、パクチー専門店だから」

と静は繰り返していた。


 ……人がいいのだろうか。


 素直なのだろうか。

 わからない、と思っていると、日向子が、そこでようやく本来の目的を思い出したように芽以を向いた。


「貴方が、『芽以』ね」


 ふうん、と値踏みするように見てくる日向子に向かい、逸人が言う。


「おい。

 芽以は、お前より年上だからな」


「知ってるわ。

 圭太の同級生なんでしょ?」


 まあ、そう聞いてなきゃわからなかったけど、と付け加えてきた。


 ……どういう意味だろうな。


 確かに、大人の女、といった感じの日向子と自分とでは、誰が見ても、日向子が年上だと思うだろうが。


「あのー、日向子さんはお幾つなんですか?」


 自分は、こうはなれないなあ、と変に感心しながら、芽以は日向子に訊いてみた。


「私は逸人と同い年よ」


 芽以と日向子を見比べた静が、ふうん、と言ったあとで、

「このくらいの年になると、年齢ってあんまり関係なくなるんだね」

と言ってきた。


 えーと。

 それもまた、どういう意味なのでしょうかね……?

と思ったあとで、


 しかし、日向子さんは、逸人さんと同い年なのか。


 なんとなく、圭太とより、接点多そうだな、と思ってしまう。


 ……なんだろう。


 なにか気になるな、と芽以は、かなり気のおけない様子で話している二人を眺めながら思っていた。


 逸人は遠慮もなく、詰問口調で日向子に訊いている。


「お前、芽以のことを偵察に来たんだろう。

 誰だ、芽以が此処に居るとバラしたのは。


 砂羽か?」


「あら、お義母様よ。

 芽以さんにご挨拶したいって言ったら、それは良いことねって、すぐに教えてくださったわ」


「相変わらず、どうしようもない親だな」

と逸人は呟いていたが、何処か諦めている風でもあった。


 まあ、親のことに関しては、子どももある程度の年になると、はいはい、と流せるようになる。


 親からしてもそうなのだろうから、お互い様かもな、とは思っていた。


 そのとき、静がいきなり、

「ねえ、逸人。

 さっきの羽ペン、開けてみた?」

と言い出した。


「いや、まだだが……」


「じゃあ、行こうよ」

と言って、逸人を連れて厨房に行く。


 なんだかわからないけど、二人にしてくれたようだ。


 いや……私は、日向子さんと二人きりにはなりたくなかったんだが、と思っていると、日向子が、


「座ったら?」

と静が空けてくれた席を手で示してくる。


 はい、と芽以は言われるがままに腰掛けた。


 やっぱり、日向子さんの方が年上っぽいな、と思いながら。


 でもまあ、日向子さんは兄嫁になるわけだから、立場的には、向こうが上で別にいいのか、と思っていると、日向子は、

「貴女、私に、なにか言いたいことはある?」

と訊いてきた。


 言いたいこと……。


 言いたいことか。


 厨房で静と話している逸人をチラと見、芽以は訊く。


「日向子さんは、何故、逸人さんと同い年なのですか?」


「……いや、何故っておかしくない?

 っていうか、それがあんたの一番訊きたいことってのがおかしくない?」


 そう日向子は胡散臭げに言ってくる。


 訊き方がおかしかったようだ。


 だが、なんだか気になったのだ。


 日向子と逸人が同い年であることが。


 逸人は自分と話すときより、かなり楽な感じで、日向子と話している。


 同い年だからかなあ、と思ってしまったからだろうか。


 いや、だからって、それに不満を持つのもおかしな話なのだが、と思っていると、日向子は椅子に背を預け、逸人のように腕を組んでこちらを見た。


「貴女が圭太に未練があるのなら、どうしてやろうかしらと思って来たんだけど。

 特にないみたいね」


 ……はい?

と芽以は日向子を見た。








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