圭太の語る真実

 



 圭太、どうしたんだろうな、と思いながら、芽以は、窓際の席で、シャンパンとちょっとした料理を前に、向かい合って座る逸人と圭太を厨房から眺めていた。


「芽以、来い」

と逸人に呼ばれ、はい、と行くと、逸人の隣の席に腰掛ける。


 すると、圭太が恨みがましい目でこちらを見た。


「何故、そっちに座る、芽以……」


 そういえば、前は、三人で居ても、無意識のうちに、圭太と並んで座ってたな、と思い出す。


 いや、でもね。

 今は、逸人さんと夫婦なんですよ。


 しかも、貴方の命令により、と思っていると、圭太は、

「芽以。

 まさか、逸人とも手をつないだりしてるんじゃないだろうな」

と言ってきた。


「幼稚園児か」

と逸人が言う。


「そこから先に思考を進めたくないんだろう。


 自分が芽以と結婚できなくなったからって、俺と結婚するように仕向けたけど、俺と芽以が夫婦になったあとのことまで考えたくなかったんだろ?


 自分は結婚もせずに、日向子を妊娠させておいて、なんで、結婚した俺たちの間になにもないと思う?」


 いや、なにもないですよねー、とは思ったのだが、黙っていた。


 そこで、沈黙していた圭太だが、やがて、口を開いた。


「日向子が本当に妊娠しているのか知らないが」


 は?


「日奈子の腹に子供が居るとするなら、その父親は俺じゃない」


 え……。


「俺は日向子には指一本触れてない。


 日奈子が妄想を語り出して危ない感じだったんで、とりあえず、日向子を落ち着かせようと思って、側に居ることにしただけだ」


「いや……とりあえず、今、危ない感じなのはお前なんだが」

うつろな目の圭太に逸人が言う。


 そして、

「芽以にまで、日向子が妊娠してると言ったのはなんでだ」

と圭太に訊いていた。


「そう言わなきゃ、芽以が俺を諦められないかと思ったからだ」


 気を落ち着けようと口許に運んだシャンパンを軽く吹いてしまった。


「俺はずっと芽以を好きだったんだぞ。

 芽以もずっとそんな俺の側に居てくれた。


 だから、俺が芽以を好きなくらい、芽以も俺を好きでいてくれたはずだ」


「待て」

と逸人がその語りを止める。


「どんな誇大妄想だ。

 ていうか、その理屈が通るなら――」

と言いかけ、逸人は、何故か、その続きを言うのをやめた。


 その理屈が通るのなら――


 なんなんだろうな、と思ったが、逸人はその先を言うことはなかった。


 立ち上がり、

「濡れた服も乾いたろう。

 タクシーを呼んでやるから帰れ」

と言う。


 逸人が店の電話でタクシーを呼んでいる間、圭太は黙って、芽以を見ていた。


 な、なんなのかな、その目線は……と芽以はうつむきがちになる。


 あまりに真っ直ぐに見つめられたからだ。


 それでいて、何処か、捨てられた仔犬のようでもある。


 いや、捨てたの貴方なんですけど、と思っていると、圭太が言ってきた。


「好きだ、芽以。

 ずっとお前のことが好きだった」


 自分で言っておいて、圭太は驚いたような顔をし、ふっと笑う。


「……なんだ、言えたな。

 今、言えなくてもいいのに。


 今、言っても、どうにもならないのにな」


 そう呟くように言い、立ち上がる。


 いつもの圭太に少し戻っているように見えた。


 厨房を振り向き、

「おい、逸人。

 タクシーは呼ばなくていい、歩いて帰る。


 この近さだと、運転手に殴られるかもしれん」

と言う。


「もう呼んだ。

 乗ってけ。


 運転手に少し多めに渡せば、大丈夫だろ」


 厨房から、そう逸人が言っていた。





 夜、二階の廊下を歩きながら、芽以は思い出していた。


 自分を見つめ、

「好きだ、芽以。

 ずっとお前のことが好きだった」

と言った圭太のことを。


 だが、芽以の心に引っかかっていたのは、告白してきたときの顔よりも、

「……なんだ、言えたな。

 今、言えなくてもいいのに。


 今、言っても、どうにもならないのにな」

と呟き、寂しそうに笑った顔だった。


 芽以は無言で廊下を歩き、無意識のうちに、逸人の部屋の戸をノックしていた。


「はい」

と返事があった瞬間に開け、部屋に入ると、なにも考えずに、スポッと寝ている逸人の腕の中に収まった。


 うわっ、と逸人が声を上げる。


「すみません。

 逸人さん。


 明日、なんでも貴方の言うこと聞きますから、今日は、このまま居させてください~」

と芽以は、その胸にすがりつく。


 逸人の匂いがした。


 落ち着く匂いだ。


 今、なによりも落ち着く匂い……。





 それより、少し前、逸人は、部屋の電気を消してなお、明るい天井を見ながら、逸人は、芽以のことを考えていた。


 芽以のこと、そして、圭太のことを。


 やっぱり、あいつは人がいい、と思う。


 思い詰めて、妊娠したとか言い出した日向子のために結婚してやることにしたんだったとは。


 砂羽が言うように、俺の方がロクでもない男だから、芽以を手に入れられたのか。


 いや、入ってないが……と思ったとき、誰かがドアをノックした。


 まあ、誰かって。

 芽以しか居ないが。


 こんな時間にどうしたのだろう、と思いながら、ベッドから半身を起こす。


「はい」

と返事をしつつ、


 まさか、圭太に告白されたので出て行きますとか言わないだろうな、と思っていると、なにか考えている風に、一点を見つめた芽以が、とっとっとっと、とやってきて、いきなり、布団をめくると、スポッと、腕の中に収まった。


 うわっ、と声を上げてしまう。


 どうしたっ、芽以っ。


 実は俺のことが好きだとかっ?

と思っていると、自分の両腕をつかんできた芽以が、

「すみません。

 逸人さん。


 明日、なんでも貴方の言うこと聞きますから、今日は、このまま居させてください~」

と言って、胸に小さな額をこすりつけてきた。


 なんでも俺の言うことを聞くって……。


 ……明日じゃなくて、今がいいんだが、と思ったあとで、


 まあ、こいつのことだ。


 言うことを聞くって、きっと、仕事のこととかなんだろうな、と思い直す。


 口に出して訊いたら、平然と、

「それ以外のなにが……?」

とか小首をかしげて言いそうだ、と思いながら、そっと芽以の背に手をやった。


「じゃあ――


 今日だけだぞ」

と囁いて。





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