何処の莫迦者だろうか、殴りたい

 


 大晦日の夜にオープンすると決めたのは、何処の莫迦者だろうか、殴りたい。


 ああ、そこの莫迦者か、と、まだ厨房で思索にふけっている逸人を芽以は見た。


 いよいよ、明日、オープンだ。


 まあ、会社も休みに入ったので、ちょうどいいと言えば、ちょうどよかったのだが。


 引っ越したばかりで、大掃除の必要もなく、おせちも特に作らないので、年末だから忙しいということはないのだが、街の雰囲気が慌ただしいせいか、一緒にせわしない感じになっていた。


 まあ、客もそんなに来ないだろうし、慌てることもないか、と思いながら、芽以は、いつも落ち着き払っている逸人をホールから見た。


 ……あそこだけ違う空気が流れてるようだ。


 逸人はただ黙々と料理の段取りを確認している。


 しかし、調理専門のスタッフは一人だが、大丈夫なのだろうかな。


 まあ、狭い店だけど、と思っていると、厨房の方でスマホが鳴った。


 集中を乱されたせいか、眉をひそめた逸人が、

「なんだ?」

と不機嫌にそれを取っている。


 ……私が電話したときも、あんな顔しているのだろうか。


 急ぎの用でも、もう電話すまい、と怯えながら見ていると、どうやら気に食わないのは相手だったようで、逸人は、ぶっきらぼうに答えていた。


「いや、そっちには行かないよ。

 言ったじゃないか、年末オープンだからって」


 身内の誰かかな? とその口調に思う。


 ん? 身内?

と芽以は固まった。


「忙しいんだろ? そっちだって。

 日向子ひなこさんが来るから。


 いや、芽以は挨拶に行きたいと言っているが、俺が忙しいからと止めている。


 今更、挨拶に行かなくたって、芽以のことはよく知ってるだろうが。


 いや……別に怒ってない」


 いや、怒ってますよ、と思いながら、芽以は青くなっていた。


 今、気がついた。


 あまりの忙しさと、怒涛の展開によるショックで忘れていたが、結婚するというのに、逸人の両親に挨拶に行っていない。


「来なくていい。


 ……わかった。

 だったら、姉貴よこして」


 じゃあ、と不機嫌に逸人は電話を切った。


 そのままなにも言わないのかと思ったが、逸人は鍋を見たまま、

「親ってのは、なんで、ああ莫迦なんだ」

と言ってくる。


 いや、独り言か?


 聞いていていいのだろうか、と思いながら、なにも言わないでいると、逸人はこちらを見た。


 ……だから、そのまっすぐな目、やめてください、と思う芽以に向かい、逸人は言ってきた。


「年末年始に帰ってこないなんて、みんなが圭太の結婚にばかり夢中なんで、拗ねてるのかとか言ってきやがった。

 俺は子どもか?」


 いやまあ、親にとっては、子どもは幾つになっても、子どものようですからねー、と芽以は苦笑いして、その言葉を聞いていた。


 しかし、まあ、人の家の話なら、こうして冷静に聞けるのだが。


 自分の家のこととなると、自分も、もう~と思うことが多いのも確かだ。


「芽以を挨拶に来させないのも、式をやらないのも当てつけか、とか言いやがった。


 式をやらないなんて言ってないだろ」

とまるで今、目の前に両親が居て、文句を言っているかのように語り出す逸人に、


 ……あ、やるんだ? と芽以は苦笑いしながら思っていた。


 あのー、私もそれ、聞いてませんでしたけど。

 私の式なのに……。


「あっちはあっちで、跡継ぎの結婚で、てんてこまいなんだから、こっちのことは、ほっといてくれればいいのに」


 そう言う逸人に、芽以は謝った。


「すみません。

 私、忙しくて、おばさまたちにご挨拶に行くの、忘れてました」


 だが、逸人は、

「行かなくていい、挨拶になんか」

と、つっけんどんに言ってくる。


「なんでお前が、あいつらなんかに挨拶する必要がある。

 お前を圭太と結婚させなかった連中だぞ」


 あれ?

 そこで怒ってくれちゃうんですか?


「圭太と四六時中、一緒に居たのはお前なのに。

 家のために、日向子なんぞとの結婚を決めるとか」


 意外にやさしいな……と妙なところで感心していた。


 でも、何度も言うようですが、私、特に圭太が好きだったとか、付き合ってたとかじゃないんですけど、と思いながら見つめていると、


「なんだ、その目は。

 この後に及んで、お前、圭太とは出来てなかったとでも言うつもりか」

と言い出した。


 いや……なにも出来上がってはなかったと思うんですが、と思ったとき、逸人が重々しい口調で言ってきた。


「……俺は見たんだ」


 なにをっ!?

と自分の話なのに、怯えながら、芽以は逸人を見つめる。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る