メガネの奥で

特進の教室の前、廊下にしゃがみこんだまま、あかりは記憶の糸を手繰り寄せていた。


あれは確か中3の秋、ここ英稜高校の学校説明会の帰り道。

あかりは友だち数人と一緒に、石蔵寺駅から東光ライナーに乗った。

電車がガクンと揺れたとき、よろけて転びそうになったあかりは、ちょうどそこに立っていた男子にぶつかった。

あかりを抱かかえるような格好で支えてくれたその男子の鞄で、この子がブラブラ揺れていた。


「ごめんなさい」

そう言って顔をあげたとき、思いの外近くにあったあの男子の顔は思い出せない。

ただ、彼の持っていた封筒は県立一高のものだった。


ーーーーー



平日の昼日中、試験前の英稜生はほとんどが帰宅済で、東光ライナーの車内に乗客は疎らだった。それでも正親は扉のそばで、窓の外を眺めて立った。

県立一高の学校説明会に参加した帰り道、初めてあかりに出会った日のことを思い出しながら。


電車の揺れによろけた彼女が、正親の腕の中に転がり込んできて、100%不可抗力で抱きとめた。

「ごめんなさい」の声があまりに近く耳元で響いて驚いた。

彼女の陶器みたいな白い頬が目の前にあって、その 黒目がちな瞳に呆けたような正親が映っていた。吸い込まれるかと思った。


「ありがとう」


彼女はそう言った。囁くような声で。

正親の体内で、荷電粒子がザワザワ移動する。電荷の移動、それは電流。


「体幹弱っ」

「ハグするしー」

口々に言って笑い転げる友だちの元へと彼女は戻っていった。

ふわりといい香りを残して。





「英稜?なんでまた?」

合格した県立一高を蹴ると決めてそう告げると、中学の担任教諭は目を丸くした。

私立のほうが模試や情報量が多くて受験には有利だと思った。その答えは別に、嘘でも言い訳でもなかった。進学実績だって、中間層下位層では県立一高のそれに劣るが、正親の志望大学への現役合格者数は並んでいた。入学金授業料とも免除の特進クラス特待枠。


彼女が英稜に進学すると決まってたわけじゃなかったし、ただ彼女を追って進学したわけではない。


けれど。

入学式では、名前を知らない彼女の姿をいつの間にか探していた。そして、みつけると安堵し、踊る心でその席次を数えた。

A組37番向井あかり。


あれからずっと、廊下や校庭であかりを探してはみつめてきたメガネの奥のその目から、今にもこぼれ落ちそうな涙を正親が指先で拭う。

そして、くいとメガネを押し上げた。


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