超越

通い慣れた通学路を駅に向かってサクサク歩く。誰からも干渉を受けず。自分の速度で。


(心も歩調も乱されなくていい。快適だ)


そう思おうと努めてはいるが、正親の脳内には半歩前を歩くあかりが再生される。いつも正親の右側、半歩前を歩いていた。朝は朝陽に、帰りは夕陽に照らされて、透けるような髪とそこに覗くふっくらした白い頬。脳内のあかりが振り向いて言う。

「だよね!」


(たかだか一週間……)


正親は思う。一年半もの間、ずっとひとりで歩いてきた道だ。


(なんでだ……)


正親は手袋をした自分の手を見た。手袋が脱げてその手が離れないように、しっかり握ったあかりの手の感触が甦る。

「大丈夫?」

「がんばれ」

「あとちょっと」

自分も息を弾ませながら、時折振り向いて正親を励ますあかりの笑顔も。


(ムリだな)


考えまいと抵抗することを諦めた正親の、頭の中と言わず身体中が、あかりとの数少ない接点を鮮明に描き出していく。ずっと見てきた様々なあかりが時空を越えて、正親の前に次々と舞い降りてくる。


友だちと廊下を歩くあかり。

体育の授業で校庭のトラックをタラタラ走るジャージ姿のあかり。

体育祭のあかり、合唱コンクールのあかり、文化祭のクラス企画ではポ◯モンに扮してた。くじ引きかじゃんけんかで負けたに違いないおかしな被り物だったが、それも可愛らしかった。紐をつけて鞄にぶらさげたくなるくらいに。

駅前のドラッグストアーからふいに飛び出してきて、ぶつかりそうになったこともあった。

「うわぁ!ごめんなさい!」

コロコロ笑うみたいに言った。



林間学校、いつもの制服姿ではないあかり。思うほどには着飾っていないシンプルな普段着はセンスがよくて、スタイルのいいあかりを一層大人っぽく見せていた。キャンプファイアで半周分離れた位置からスタートしたあかりが、ひとつずつ近づいてくるのを意識せずにはいられなかった。あと4人というとき、曲が終わった。

「おしまい~」という体育教師のメガホンの声に、ほっとしているのか、がっかりしているのか、自分でもわからなかった。


「ええーー、おれらまだ男としかやってないでーす」

女子より男子の人数が多いために、女子列に配置されていた背の高い男子数人が不満の声をあげた。

「交代してアンコールー」

「アンコール、アンコール」


「しょうがねえなあ。一回だけだぞー」

体育教師が笑って言った。


「うぇーい!!」

そこかしこで上がる嬌声にも負けないほど、正親の鼓動は大きくなった。


ひとつずつ、順番が巡ってくる。

次の次……。

入れ替わった女子が正親の手を離したとき、その手を拭う仕草をした。

正親は、自分の手が緊張のあまりに熱く湿っていることに気づいた。気づいた途端に、今度は指先が冷えていく。すっと血の気が引くように。

正親は、近くにいた教師に断って輪を抜けた。


ロッジの入り口でちらっと振り返ったとき、あかりは「えーーっ、先生とー?」と笑いながら英語担当の若い男性講師の手をとっていた。


(ま、覚えてないよな)

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