エピローグ
週明けの月曜日。
俺が教室に入るとクラスメート達が簡単な挨拶をしてくる。
いつもと変わらない。そんな気がしていたが、一部の女子は変な目で見ている気がするし、男子も若干距離を取っているように感じる。
被害妄想だろうか……? いやあ、先週までと明らかに態度が違う。
やはり俺にホモ疑惑が付いてしまったようだ。
まあいい。良くは無いが、まあいい。
元々友達と呼べる関係性だったのは哲郎だけだから、周りがどんな目で俺を見ても構わないさ。
泣きそうになりつつも、強い気持ちを持って自席へと向かう。
「おお、来たか」
俺が登校して来たことに気付いた哲郎が声を掛けて来た。
「おう、おはよう」
こんな風に挨拶をするのも久しぶりに感じる。
ケンカする前と同じようなやりとりに安堵する俺がいた。
そうだ、クラスメートが変な目で見ても、俺には変わらずに接してくれる哲郎という親友が居る。
まるでケンカなんてしてなかったように他愛の無い会話をして過ごしていると辻さんと朝比奈さんが教室に入って来た。
もはや習慣となりつつある哲郎は立ち上がったが、俺の方を見て立ち止まっていた。
「あー、その、朝日奈さんの所に行こうと思っているんだけどいいか?」
「あ、ああ。俺の事は気にしないでいいから行って来い」
「悪いな。昼は一緒に食べような」
そう言って哲郎は手刀を切り朝比奈さんの元へと向かった。
「………………」
うん。哲郎も俺への態度変わってるね!
まさか哲郎も俺のことをホモだと思ってないだろうな……。
仲直り出来たことは確かに嬉しいが、このむず痒い感じはどうしたものか。
やっぱり、この方法が諸刃の剣だったのは間違いないだろう。
仲直りする為とはいえ、友達を取られて嫉妬したという言い分はどうなんだ。
改めて考えてみても、何を思ってそんな方法に行き着いたのか我ながら理解に苦しむ。
とはいえ、『勘違いを隠す』という一番の目的は達成出来たのだ。作戦は大成功なんだ!
「誰かと思えば友達想いの滝口君じゃない」
人が葛藤していると含みのある言い方して辻さんがやって来た。
「うるさい。元はと言えば辻さんが無理矢理仲直りさせるから、こんな状況になっているんだぞ」
朝比奈さんの教科書をボロボロにしたのは全面的に俺が悪いが、仲直りなんてする必要は無かったんだ。
そのことについては文句を言っても罰は当たらないだろう。
「あら。アタシは仲直りをしなさいとは言ったけれど、あんな、ぷっ、方法を取りなさいとは言ってないわ」
あ、この人、思い出して吹き出しやがった。俺が断腸の思いで取った方法だったのに!
「そりゃそうだけど! それしか思い浮かばなかったんだから、しょうがないだろ」
辻さんの言う通りなので返す言葉も無いが、せめて文句だけは言わせて貰う。
「……それと哲郎に例の件は話してないだろうな」
周りに聞かれても困るので小声で辻さんに追及する。
「もちろん話してないわよ。あんな公開告白を聞かせてもらったのに約束を破るなんて真似はしないわ」
公開告白……。
取り方によってはそうなるのか。
だからクラスメート達の俺を見る目が変わったのか。
「俺の青春が灰色になるのは確定したようなもんじゃないか!」
男子からは怯えられ、女子には男好きと思われる。
しかも哲郎には変な気を使われている。
はは、笑えよ! こんな哀れな俺を笑うがいいさ!
「そう落ち込まないの。滝口君の青春が終わっているのなんて前からじゃない」
「な、なんでだよ」
「だって元々友達は上田君しかいなかったじゃない。同性の友達も出来ないのに恋人なんて以ての外よ?」
ぐっ、人が気にしていることを。
確かに元々俺の青春なんて灰色だったかもしれないが、未来は分からなかった! その未来すら消えたのだ! それを嘆いて何が悪い!
「余計なお世話だ! どうなるかなんて分からなかっただろ」
「そうね。可能性『だけ』はあったわね」
『だけ』を強調しなくてもいいじゃないか……。
なんだ。辻さんは俺を泣かせたいのか?
このままでは本当に泣かされかねないので話題を変えよう。
そういえば俺が仲直りすることで辻さんに守らせる約束がもう一つあったな。
「俺のことはもういいから、もう一つの約束守ってくれよ」
「細かいことを覚えているのね。器が小さい男はモテないわよ?」
「放っておけ! 辻さんは約束を守る人間なんだろう?」
どうやら俺達を仲直りさせたかった理由を辻さんは言いたくないらしい。俺から話題を振らないと自分からは話して来ないからな。
俺ばかりが嫌な思いをするのは不公平だ。意地でも口を割って貰うからな!
「そうね、約束だものね」
大きく溜め息を吐いて辻さんは話し始めた。
「上田君から嫌がらせをされていると最初に言い始めたのはアタシなの」
「へえ、そうなんだ」
まあ朝比奈さんは自分から嫌がらせをされているなんて言い出さないだろうな。
「つまりそういうことよ」
…………どういうこと?
辻さんは言い切ったと言わんばかりのスッキリとした表情を浮かべている。
いやいや。お待ちくださいよ、辻さん。
それだけで理解出来るなら俺は名探偵か超能力者だって。
初めて辻さんと話した時のことを思い出す対応に少し笑えて来てしまう。
まあそれでも、ちゃんと説明してくれるまでは許さないけどな。
「ちょっと待ってくれ。流石にそれだけじゃ分からないぞ」
「酷いわ。アタシの罪を全てを説明させるまでは許してくれないの?」
「言い方が悪いな。分かるように説明して欲しいだけだよ」
「もう、分かったわ」
溜め息を吐き、察しが悪いんだからとジト目で不満を訴えていた。
そして察しの悪い俺にも分かるように丁寧に話し始めて下さった。
「今回の騒動はアタシが勘違いしたことから始まったじゃない? その勘違いで滝口君に酷いことをしたり、響子に嫌な思いをさせたり、上田君と仲違いさせたりしちゃったわ」
「まあ、そうとも取れるのかな?」
言いたいことは分かるが、それでも辻さんの理由が見えて来ないな。
「あー、辻さん的には罪の意識があったのかな?」
「あるに決まっているでしょう? アタシを何だと思っているの?」
「いや、それは確かに。ごめんごめん」
「全く酷い人。アタシの勘違いは可愛いものだけど、大事になっちゃったじゃない? ちょっと罪悪感が、ね」
うーん、何とコメントしたらいいのか返答に困るな。
自分で可愛いとは言わない方がいいし、罪悪感はちょっとなのかよ、とか何処から突っ込んだらいいものか。
きっかけとなった勘違いなんて哲郎が不愛想で不器用なのも原因だし、残り件は普通に俺が悪い。
辻さんが責任を感じることないと思うんだけどな。
「辻さんの事情は分かったけど、無理矢理仲直りさせる必要は無くない?」
自分が悪いと思っているのに脅して無理矢理仲直りさせるのはどうなんだ?
「アタシの勘違いがきっかけで滝口君達が仲違いしているなんて嫌よ。アタシが悪いみたいじゃない」
「えっと、じゃあなに? 辻さんがケンカさせちゃったみたいで嫌だなあ、的な感じで無理矢理仲直りさせたの?」
「そうよ」
「……辻さんが嫌だなあっていう理由で俺の青春が灰色なの決まったんだけど」
「あら、それならアタシが彼女になってあげるわよ?」
「はあ⁉」
思いがけない言葉が辻さんの口から飛び出し、心臓が止まりそうになった。
「滝口君の言う通り、アタシの所為で彼女が出来ない高校生活が約束されてしまったのだから、アタシが責任取って彼女になってあげるって言っているの」
何という魅力的な提案だ……。思わず飛びついてしまいそうになるが、必死に堪える。
考えてみろ。辻さんの言うことなんだから、裏があるに違いない。
「アタシじゃ不満かしら?」
そう言って微笑む辻さんは凄く可愛く見える。
このまま頷いてしまいそうになるが、辻さんの口元がニヤついてるのに気が付いた!
この人、俺をからかってやがる!
「嫌だ、断る! 断固拒否」
辻さんの頼み、提案は断るに限る。
水をぶっ掛けられた時と同じ言葉で拒否する。
「ふふ、あら残念」
やっぱりからかっていたな。
ここで俺が頷いていたら、どんなに馬鹿にされるか分かったものじゃない。
気付いて良かった。
「もう、俺のことはいいから放っておいてくれ」
手を振って辻さんを追い払う。
「あらご挨拶ね」
辻さんは笑いながら自席へと戻って行った。
自席へと戻る辻さんの後ろ姿を見ながら、ふと考える。
あれは辻さんなりの照れ隠しだったのかもしれない。馬鹿にされても辻さんという可愛い彼女が出来るのは願っても無いことだったんじゃないか?
断ったことを一瞬で後悔しそうになったが、それでも断った俺の漢気を評価したい。
俺は彼女が出来る機会を失って、自身のプライドを守ったのだ。
カッコいいぜ、俺……。
でも、何でだろう。視界がぼやけている。
こ、これは嬉し泣きだ! 自分のプライドを守る事が出来て嬉しくて堪らないのさ!
はあ……。
結局自分で灰色の青春を選んでしまった。
相変わらず俺の選ぶ選択は間違ってはいないけど、何処かズレている気がする。
そんな俺とは対照的に哲郎は朝比奈さんと仲良く話している。
……まあ、いいか。
手段や過程は間違ったかもしれないが、結果として失ったものは無い。
所詮、俺の青春なんて灰色がお似合いなのだ。
灰色の青春か。
俺を見て不敵な笑みを浮かべる辻さん。
楽しく会話をする哲郎と朝比奈さん。
俺の青春も捨てたもんじゃないな。
そう思うと、自然に笑みが零れていた。
青春は灰色 野黒鍵 @yaguro_ken
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