第3話

 例の金曜日から数日が過ぎ、今日は休日明けの月曜日。

 終末は何もせずにぼーっとした時間を過ごした。

 普段なら哲郎と出掛けるか家でゲームしたり本を読んだりするのだが、何もする気が起きず、ダラダラと過ごしてしまった。

 もしやる気があったとしても哲郎と遊びになんて行く選択肢はもう無いが……。

 俺の女々しさで携帯が鳴るかも? なんて淡い期待をするも、携帯はいつも以上に大人しくしていた。哲郎くらいしか連絡する友達がいないのだから鳴る筈もない。

 起きては何かを食べ、眠くなるまでテレビを流し見る。そして夜になったら眠る。

 そんな不毛な週末経て今日を迎えた。

 学校へと向かう足は重い。

 気持ちも暗い上に、俺がしたこと、それに哲郎と顔を合わせることを考えると学校に行くのが憂鬱になる。

 教室に近付くにつれて罪の意識が重く伸し掛かって来る。

 それに犯人が俺だということは既にほとんどクラスメート達が知っているだろう。教室に俺の居場所は無い。

 自分でまいた種なんだから、ここで逃げることは俺自信が許せない。

 辛くても自分の起こした行動の結果と向き合うしかないんだ。

 教室を目の前にして深呼吸を一つ。気合を入れて、扉を開ける。

 俺に気付いたクラスメート達は軽い挨拶をして、再び会話に戻って行く。戸惑いながらも、それに応えて自席へと向かう。

 あれ、変だな……。

 嫌がらせの犯人が俺だと知らないのだろうか。

 いつもと変わらないクラスメート達の反応に少し不安を覚える。

 考えてみれば哲郎や辻さん、それに朝比奈さんがクラスメート達に俺が犯人だったと言う訳がない、か。

 罪悪感からクラスメート全員から非難を浴びると思い込んでいたが、冷静に考えれば皆が知る由も無い。

 それでほっとする自分が卑しい存在に感じられて嫌だった……。何事も無かったかのように過ごして本当に良いのだろうか。

 いつもの癖で哲郎を探していることに気付く。哲郎はまだ教室には来ていないようだ。

 室を見渡してみても姿は見えず、代わりに辻さんの姿が目に映った。

 辻さんは朝比奈さんと楽しそうに喋っていた。

 別れ際に俺がどういう思惑で動いたのか言わないでくれと頼んだが、はたして守ってくれるだろうか。

 俺が辻さんの頼みを聞いていない手前、強く頼みを聞いてくれとは言いにくい。たとえ約束を破られても文句は言えない。

 俺の心配をよそに、辻さんは俺に気付くと笑顔で手を振って来た。どういう対応を取ればいいのか分からないので、とりあえず軽い会釈をしておく。

 哲郎がやって来てもどんな顔をすればいいのか分からないので、いつものように寝てしまおう。

 最近は学校に寝に来ているんじゃないか、という気もするが俺の意志では無い。これは仕方ないことなのだ。

「あら滝口君。独りぼっちで寂しそうね」

 最近は寝ようと思うと誰かに邪魔されている気がする。

 目の前に人が立っている気配を感じ身構える。こんなことを言って来るのは一人しかいない。

 顔をゆっくりと上げると、案の定、辻さんだった。俺の睡眠を邪魔するのは決まってこの人だ。

「いつも一人の時は寝ることが多いんだよ」

「普段のことなんて聞いてないわ。アタシは『今』寂しそうって言ったつもりよ」

 そう言いながら笑う辻さん。

 くそ、釣られた。これじゃあ一人で寂しいと言っているようなものだ。

 確かに寂しさを感じてはいるが、それを認められるほど素直な性格じゃない。

「前にも言ったけど、俺のことは放っておいてくれ」

 まともに相手をしても辻さんの思うつぼなので、それだけ言って再び突っ伏す。

「素直じゃないのね。まあそこも滝口君の良さね」

「……何の話だよ」

 顔を上げないままで辻さんに答える。

 この人は絶対に俺をからかって遊んでいる。

「可愛いって意味よ」

「あー、はいはい。可愛いねー」

「信じてないわね? まあいいわ。アタシ滝口君に用があったのよ」

「辻さんが、俺に?」

 今日はやけに素直だな。用があっても用なんて無いという人なのに。

 そうなると逆に辻さんの用というのが一体何なのか不安になって来る。

 朝比奈さん関係のことは解決済みのはず。辻さんにはもう俺に対して用があるとは思えないんだが……。

 辻さんの言葉を固唾を飲んで待っていると、辻さんは思いもしないことを口にした。

「滝口君、あなた達、仲直りをしなさい」

「は?」

 想像だにしない言葉で思わず顔を上げてしまう。

 辻さんの言い方は用事を頼むというより命令だった。

 仲直りをしろ? そんなことが出来るなら俺だってしたいと思う。だけど、それを願うのはあまりにも身勝手なことだろう。

「何度も言わせないで。仲直りをしなさいって言っているのよ」

 そんな俺の気持ちを意に介さず、辻さんは再び同じ言葉を口にする。

「いや、無理だよ。それは辻さんにだって分かるだろ?」

「アタシは滝口君じゃないから分からないわ」

「俺の立場というか状況は分かってるだろ? そんな俺が仲直りなんて出来る訳ないだろ」

「そんなのは知らないわ。立場とかはどうでもいいから、仲直りすればいいのよ」

「いやいや……。それにこれは俺と哲郎の問題で辻さんには関係ないだろ?」

 それが当然の疑問だ。

 哲郎を近付かせるなというのは朝比奈さんが関わっていることだから理解出来るが、今回の話しは辻さんには全く関係の無いことだ。

 数回しか話したことのない相手の交友関係に口を出すというのはどういうつもりだ?

「そうね。関係あるかどうかで言えば関係無いわね。でも仲直りして」

 仲直りしろの一点張りである。

「話し聞いてた? 関係無いなら口出ししないで欲しいんだけど」

「滝口君がどう思おうが関係無いの。ただアタシが仲直りして欲しいの」

「だから無理なんだって」

「何が無理なのかしら? 仲直りするのなんて簡単じゃない」

「…………簡単じゃないだろ」

 他人事だと思って適当な事を言っているな。流石に付き合い切れなくなって来た。

 もう相手をするのは止めて、無視を決め込もう思った。

 だが辻さんの言葉によって相手をせざるを得なくなった。

「簡単よ。本当のことを言えばいいのよ」

「は? 本当のことってなんだよ?」

「分かるでしょう? アタシ達が上田君に嫌がらせをされてたと勘違いしてたこと」

「おいおい、止めてくれ。それは隠す為に俺が動いてたのは知ってるだろ?」

 俺がなんで哲郎に嫌われてでも朝比奈さんに嫌がらせをしたと思っているんだ。昨日の話しでそれは分かっている筈だろうに。

「あら怖い。そんな目を向けないで。あくまでそれは最終手段でいいじゃない。それさえ話をすれば仲直りは出来るのは間違いないのだから」

 俺が睨んでも辻さんは笑顔で受け流す。絶対に怖いなんて思ってないな。

 真相を話すのが最終手段だって? それは最終でも手段でも無い。そんなことは端から選択肢には存在しないのだ。

「論外だよ、そんな方法は」

「それは滝口君の考えよ。方法はあるって言いたいの。それにその方法を使わなくても仲直りは可能でしょう?」

「そりゃあ可能かもしれないけど」

「でしょう? それなら仲直りしなさいよ」

「いやいや、そもそも俺は仲直りなんて望んでないんだって」

 哲郎の為だと思っての行動だけど、俺は朝比奈さんに嫌な思いをさせたんだ。理由があっても許されることじゃない。

 そんな自分の犯した罪を無視して、仲直りをしたいなんて虫が良過ぎる。

 何もかも忘れて仲直りが出来るほど図太い神経はしていないんだ。

「ふーん、そう。滝口君がそう言うならそれでもいいわ」

「はあ。だから俺のことは放っておいてくれって言ってるだろ?」

「ふふ、そうだったわね。でもね、アタシも引くつもりはないわよ?」

 辻さんは不敵な笑みを浮かべて自分の席へと戻って行った。

 ……嫌な予感しかしないな。

 とはいえ、辻さんに引かないと言われても、俺だって仲直りするつもりはない。

 気に掛けてくれるのは有難い。確かに独りでいたら、どんどん自分のことが嫌いになりそうだから。

 でも、そんな都合の良い話は俺が許せないんだよ……。

 そんなことをしたら俺は俺のことを一生許せなくなりそうだ。


 辻さんの発言が頭を過ってしまい、気が休まらない休み時間を過ごしていた。

 引くつもりが無いと言っていた辻さんが哲郎に勘違いのことを話してしまうんじゃないかと心配だったのだ。

 結局、辻さんに話さないでと頼んだが、それについて了承してくれた訳じゃない。哲郎に話されてしまうと、俺の意志とは関係無く強制的に仲直りさせられてしまう。

 そんなことをしても辻さんに何の得も無いはず。だからそんなことはしないとは思うが……。

 それでも心配してしまうのは、辻さんが何を考えているのか分からないからだ。

 そもそも仲直りするかしないかなんて、辻さんには関係ない。それなのに仲直りをしろと頑なに言って来ていた。

 辻さんが話さないように見張っていても、朝日奈さん経由で話すことも可能なので、実質、俺が止めることは不可能に近い。

 なのでもう開き直って昼休みは屋上へとやって来た。辻さんの姿が見えると心配になってしまうし、教室には哲郎がいて気まずい。その結果、逃げるように屋上へとやって来てしまった。

 友達から逃げるような真似をしている自分が情けない。

 考えれば考える程、自分のことが嫌いになりそうだったので、何も考えずただただ昼食を取ろう。

 手すりに寄り掛かりながら、買って来た焼きそばパンを一口食べる。

 ……なんだか美味しくないな。

 いつもと違うパンを買ったか? 袋を見て確認するが、いつもと同じパンだった。

 一人で食事を取るとこんなにも味気無く感じるんだなあ。

 もう割り切って、ただ食欲を満たすためにパンを食べ続ける。

 味気無いパンを食べながら、校庭で楽しそうに遊ぶ生徒を見て更に悲しくなって来た。

 教室に居ても屋上に居ても友人と楽しそうにする生徒が視界に入って来てしまう。

 そんな様子を見て俺は何をしているんだろうな、と思ってしまう……。

 確かに俺の思惑通りには行った。でも、その為に朝比奈さんを巻き込み、哲郎にも嫌な思いをさせてしまった。

 独りよがりだったかもしれない。そんな思いが頭を過る。

「はあ……」

 パンを食べ終え、ゴミを片付けていた時、屋上の扉が開く音が聞こえて来た。

 一瞬、哲郎か? と思ったが、今日は一度も口を利いていないのだ。こんな短時間で埋まるような浅い溝ではないだろう。

 女々しい気持ちを振り払い、期待した心を落ち着かせる。

 俺みたいな最低野郎には一人がお似合いだな……。

「あからさまに落ち込んでますって感じね」

 人が感傷に浸っていると、それを許してくれない人物が声を掛けて来た。

「……うるさい」

 視線は校庭に向けてまま答える。

 扉を開けてやって来たのは辻さんか。

 俺のストーカーなのかってくらい、最近は俺の居る場所に現れるな。

「そんなに落ち込むくらいなら仲直りすればいいのに」

「だから何度も言ってるけど、それは出来ないんだってば」

 中々にしつこい。仲直り出来ない理由は既に話した。

 何を言われも仲直りをする気の無い俺からすると、もはや嫌がらせのように感じて来た。

 確かに辻さんとの会話を楽しいと感じるようになって来ていたが、一人で落ち込みたい時もある。

 少しは放っておいて欲しい。

「それは滝口君の気持ちの問題でしょう?」

「俺が嫌なんだから気持ちの問題だろうね」

「そういうことじゃなくてね。うーん、そうね。出来ないんじゃなくて、したくないってこと」

「んん? どっちも同じことだよ」

「頭は柔らかいのに頑固なのね」

 辻さんだって仲直りしろって頑ななのは頑固の証拠だと思うけど。それに俺が嫌だって言っているんだから放っておいて欲しい。

 もしかしたら辻さんなりに元気付けようとしてくれているのかもしれないが、それは逆効果だ。

 元気も出ないし、仲直りしろと言われれば言われるほど仲直りするつもりは無くなっていく。

 ずっと疑問なのが、何でそこまでして仲直りさせたいのか。

 片や数日前に話した男、片や数日前まで嫌っていた男。そんな関係の相手を何故仲直りさせたいと思うのか。

 辻さんの思惑は分からないが、俺は言うことを聞くつもりは無い。

「なんと言われても俺は仲直りはしないからな」

「ふふ、それはどうかしら」

 俺の言葉を聞いても辻さんは余裕そうに笑っている。まるで俺が仲直りすることを了承すると分かっているように。

 ファミレスで俺を追い詰めた時のことを思い出す。

 まるで既に辻さんの中で結果は見えているように……。

 俺の不安をよそに辻さんは流暢に話し始める。

「そもそも滝口君は問題を正確に捉えていないわ。滝口君は仲直りがしたくない訳じゃないでしょう? 仲直りすることが身勝手に感じるってだけでしょう?」

「まあ、そうだけど。でもそれが仲直りしたくないってことに繋がると思うけど」

「そうかしら? じゃあ上田君が仲直りしようって言って来たら断るのかしら?」

「そ、それは……」

 多分、断らないだろう。

 なんだ? 俺は哲郎から仲直りしようって言って貰えるのを待っているのか?

 俺はそんなつもりで仲直りをしたくないって言ってるんじゃない。

 ただ罪には罰が必要だと思っているだけだ。

「断らないわよね? それは仲直りすること自体が嫌なんじゃなくて、仲直りすることが身勝手と思っているだけなのよ」

「まあ、そうかもしれないけど。でも、今回のことは俺が悪いんだから、俺が謝ったりしない限り仲直りは出来ないと思うぞ」

「落ち着きなさい。まずは問題の整理が先よ」

 人差し指を口に当てて、静かにしなさいと言っている。

 子供じゃないんだから……。

「ふふ、良い子ね。それじゃあ話を続けるわ。滝口君にはもう一つの思いがあるわよね?」

「もう一つ? 哲郎に勘違いを知らせたくないってことか?」

「正解。今、滝口君の中にある思いはその二つ。だけどそれは全くの別問題なのよ?」

 まあ、確かに勘違いを知られたくないというのは元々の目的で、仲直りしたくないというのは誤解を解く為に取った行動の結果だ。

 別問題といえば別問題だけど、それが仲直りするかしないかと、どう関係して来るんだ?

 俺が独り混乱し始めていると辻さんは言葉を続けた。

「今までのことに間違いはないわよね? それじゃあ質問してもいいかしら?」

 辻さんは再び笑顔を浮かべる。これは確実に自分の方が優位に立っていると思っている証拠だ。

 嫌な予感がするぞ……。

「駄目。質問には答えない」

「質問に答えた方が身の為よ?」

 身の為ってなんだ。俺は今から殺されでもするのか?

 それに自分で聞いておいて拒否権無しじゃないか。悪女め!

「はあ。じゃあ、どうぞ」

 せめてもの抵抗で嫌々だという態度を見せる。そんな俺の態度なんて意に介さず話しを続ける。

「ありがとう。滝口君は確かに仲直りするのは自分勝手で嫌だし、上田君に勘違いを知られるのも嫌なのよね。じゃあ、ここで質問。果たしてアタシはどうかしら?」

「ちょ、ちょっと。言わないでって頼んだだろ」

「先週のこと? 約束はしてないじゃない。考えておくとは言ったけど」

「いやまあ、そうだけど。というか辻さんには関係ないじゃないか!」

「それはアタシが判断することよ?」

「じゃあなんだ? 俺が仲直りが嫌でも辻さんが哲郎に勘違いを話して無理矢理仲直りさせるって言いたいのか?」

「せっかちなんだから。そんなことは一言も言ってないわ。アタシだって滝口君が嫌なことはしたくないの」

「んん? 辻さんは結局何が言いたいんだ?」

 溜め息を吐きながら話を促す。

 結局、俺は辻さんに逆らうことは出来ないのだから、さっさと用件を話して欲しい。

「滝口君が嫌なことはしないわ。勘違いを上田君に教えて無理矢理仲直りもさせない。でも期限付きでね」

「は? 期限ってなんだよ?」

「そうね、期限は一週間。今週の金曜日の放課後まで」

「一週間が過ぎたらどうするんだ?」

「それを過ぎたらアタシは最終手段を取るわ」

「哲郎に勘違いを話すのか……」

「そういうこと。だからそれまでに仲直りしてね?」

「……今日を入れて五日で仲直りをしろって言うのか? 流石にそれは無茶じゃないか?」

 それにまだ俺は自分の心に折り合いがついていない。確かに哲郎から仲直りを提案されたら断るとは思えないが、それと俺が仲直りする為に動くのは別問題だ。

 俺は朝比奈さんに酷いことをして、哲郎を悲しませた。その事実は消えない。

 それなのに自分から仲直りをするなんて、やっぱり虫が良過ぎる。

「これは俺の問題だ。なんで辻さんがそこまでして仲直りさせたがるんだよ」

「友達がケンカしているなんて悲しいじゃない。だから仲直りして欲しいだけよ?」

「…………信じられないんだけど」

「心外ね。アタシはあなた達が仲違いしていることに心を痛めているのよ」

 顔を両手で覆い悲しんでいると表現している。それが嘘臭く見えるのは俺の心が汚れているのか、それとも辻さんが大根なのか。

「でも、そうね。ちゃんと仲直り出来たら訳を教えてあげる」

 さっきのも本心よ? と言いながら両手を外して笑顔を見せる。

「俺が嫌だって言っても期限が過ぎれば哲郎に話すんだろう?」

「そうね。その時はアタシも心を痛めながら真実を口にするわ」

 結局、俺には拒否権なんて無い。俺が動こうが動くまいが金曜日には仲直りさせられてしまう。

 それなら俺の気持ちは二の次にして、哲郎に勘違いを知られない為に行動するしかない。

 元々、それが目的で動いて来たんだから。

「はあ……分かったよ。今週中に仲直りすれば秘密にしてくれるんだな?」

「ええ、もちろん。それは約束するわ。期待しているから頑張ってね」

 そう言って満足そうに辻さんは屋上を後にした。

 俺に与えられた期限は一週間。それまでに哲郎と仲直りをしないと俺のしたことが無意味になってしまう。

 勘違いを秘密にしたまま、どうにかして哲郎と仲直りするしかない。

 ……そんなことが可能なのか。いや、それが不可能でもやるしかないんだ。


 辻さんから仲直りを命じられてから数日が過ぎた。

 期限は明日の放課後まで。

 それまでに哲郎と仲直りしないと勘違いされていたことをバラされてしまう。

 だが、前日になってもまだ勘違いを隠したまま仲直りするなんて方法は思い付かないでいた。

 学校と自宅で考えても思い付かないので、今日は気分転換に馴染みのファミレスにやって来た。

 一人でファミレスに入るのは初めての経験で少し緊張する。それに何だか少し恥ずかしい……。

 俺も男だ。ファミレスくらい一人で入ってやるわ!

 そう決意し、扉を開ける。

「何名様でしょうか?」

「あ、えっと、一人です」

「おタバコはお吸いになりますか?」

「……吸いません」

 俺の格好を見ろ! 制服だぞ! タバコなんて吸う訳ないだろ!

 成人してから改めて高校に入学したとでも思われたのだろうか。

「かしこまりました。こちらへどうぞ」

 店員さんに促されるまま複雑な気持ちで席へと移動する。

 まあ、全員に聞くのもマニュアルなのかもしれない。

 いやでも自分の店で未成年がタバコを吸ってたら問題なんじゃないか?

「ストロベリーパフェを一つ下さい」

「かしこまりました。ご注文を繰り返します」

 一つの注文を繰り返して店員さんは離れて行った。

 独りでファミレスに来ると変に細かい所が気になってしまうな。

 まあいい。本当にどうでもいい。

 俺はそんなことよりも考えないといけないことがあるのだ。

 哲郎と仲直りする方法。しかも勘違いを隠したまま。

 改めて考えると、このハードルは非情に高い。

 どんな方法を取るにしても、何故朝比奈さんに嫌がらせをしたのか理由を聞かれるはずだ。

 本当の理由を伝える訳にはいかないので、嘘を伝える必要がある。イジメを止める男を納得させる嘘を。

 うーん、無理な気がする。

 それなら理由は話せない、と素直に土下座した方が成功率は高そうだな。

 それか理由を話さずに仲直りする方法。

 例えば強盗に襲われそうになっている朝比奈さんを助け、過去のことは水に流そう的な流れ。

 うーん、現実的じゃない。

 まず強盗が明日の放課後までに朝比奈さんを襲う必要がある。この時点で不可能。

 俺が誰かに頼むという方法もあるだろうが、哲郎が助けてしまうだろう。

 そもそも罪に罪を重ねるというのは俺的にもやりたくない。

 それがバレた時、なんでこんなことをしたのか、と結局は嫌がらせまで遡って話す羽目に遭うだろう。

「お待たせしました。ストロベリーパフェになります」

 ああでもない、こうでもないと悩んでいると注文していたパフェがやって来た。

 いったん休憩しよう。

 頭が働かないのは当分不足だからだな。

「今日は一人かい?」

 パフェを独りでつついていると誰かから声を掛けられた。

 俺に声を掛ける人物なんて限られているが、聞き覚えのない声だ。

 ゆっくりと視線を上げると、そこには予想だにしない人物が立っていた。

「よ、ヒモの少年!」

 そこには私服の綺麗な店員さんが立っていた。

「え、どうしたんですか?」

「バイト終わったってちょっと暇でね。ここいい?」

「ど、どうぞ……」

 特に断る理由も無いので、つい了承してしまった。

 綺麗な店員さんは反対の席に腰掛ける。

 どういう状況なんだ、これ。

「今日は一人なんだね。いつも女の子と一緒になのに」

「いつもって三回だけですよ。それに毎回無理矢理に近い感じで連れられて来てただけですし」

「ああ、ヒモだから逆らえないもんな」

「ヒモじゃないですよ。その前は俺が奢ってますし」

 失礼な! というかやっぱり、辻さんの奢って貰った時にヒモだと思っていたのか!

 あの綺麗な店員さんとこうして話しているのは不思議な気分だ。

 接客中とは違って、結構フランクな人なんだな。

 こうして話す前は辻さん以上にキリッとしている印象があった。接客中なんだから当たり前か。

 まあ、辻さんはキリッとしているのは見た目だけというのが判明したが。

「そうかそうか。じゃあ何で今日は一人なんだい?」

「ちょっと考え事があって。家でも学校でも思い付かないので気分転換と思いまして」

「考え事ねえ。何、あの子達とケンカでもした?」

「そっちとは大丈夫……じゃないか」

 辻さんはともかく、朝日奈さんは嫌がらせをしたままだし。

「と、とにかくそのことで悩んでる訳じゃないです」

「ふーん。じゃあ別の子?」

「女子じゃないですよ。俺ってそんなにヒモっぽく見えます?」

「いやいや、男子高校生の悩みなんて、ほとんど女子のことでしょ」

 心外だ……。

 あ、確かに哲郎も好きな女子のことで悩んでいたし、あながち間違いでもないのか。

「まあそうかもしれないですね。ちょっと友達とケンカして、どう仲直りしようかなって」

「……何、君はホモなの?」

「ヒモでもホモでも無いですよ!」

「冗談だよ冗談。まあ友達とケンカしたなら素直に謝るしかないんじゃない?」

「それが素直に謝れない事情が色々とあるんですよ」

「ふーん、そうなんだ。でも友達の為にそこまで悩めるなら、きっとその気持ちはいつか伝わるよ」

「そういうもんですかねえ……」

「そういうもんよ。おっと、もう時間だ。邪魔してごめんね」

 そう言って綺麗なお姉さんは伝票を持って立ち上がった。

「何してるんですか?」

「話し相手になって貰ったし、パフェくらいご馳走するよ」

「いやいや、いいですよ。それにまたヒモって呼ぶ気ですよね?」

「ヒモもホモも嫌なら名前を教えてよ」

「滝口雄介です」

「タッキーね、了解了解。私は柏倉美咲。カッシーでいいよ。あ、もし暇ならここでバイトしない? 人足りないんだよねー」

「あー、考えておきます」

 俺は一応帰宅部という部活に入っているんだ。掛け持ちは難しいだろう。

「じゃあ、またねー」

 そう言ってカッシー……さんは行ってしまった。

 一体、何がしたかったんだ。

 時間を潰したかったと言っていたが、それなら他にも色々あるだろうに。

 辻さんもそうだが、美人の考えることは分からないなあ……。

 とりあえず、ヒモ疑惑は消えて良かった。一瞬、ホモと言われた時は焦ったが。

「ホモねえ……」

 そんな訳ないだろ、と笑ってしまったが、その言葉である方法が思い付いた。

 だが、それは俺の立場が無くなるかもしれないし、哲郎との関係を変な方向に進める可能性がある。

 ううん……。

 でもこの方法を使えば確実仲直りが出来る。

 だが、仲直りが出来るとしても、出来れば使いたくないな。

 カッシーさんのおかげで仲直りする方法は浮かんだが、こんな方法なら浮かばない方が良かったんじゃないか?

 自分の思考回路を呪いつつ、店を後にすることにした。

 ここにいても碌なことが起きない。水を掛けられたりヒモだのホモだの思われたり。

「はあ……」

 溜め息がつい零れる。

 辻さんが課した期限まで後一日。

 明日までに別の方法を考えないと、このヤバい方法を使わないといけなくなる。

 時間は無いがやるしかないんだ!

 そう意気込み、複雑な胸中で家路に就くのだった。


 結論から言うと結局、別の方法なんてものは浮かばなかった。

 勘違いされていたことを隠したまま仲直りをするなんて夢のような方法は浮かばず、ただ時間だけが過ぎてしまった。

 浮かんでいるのはファミレスで思い付いた最悪の方法。その方法を使えば勘違いされていた事実を隠したまま仲直りすることも可能なはず。だが、その方法を使えば俺と哲郎の関係が変わってしまう。

 出来れば使いたくない。この後に及んで何を言っているんだと自分でも思うが、俺にとって最悪な手段なのだ。

 だから別の方法を考えてはみたものの、最終日になっても何も浮かんでいないのが現状である。

 別の方法が浮かばないのなら、それを使うしかないが……。

 今までの時間を使っても浮かばなかった別の方法が放課後までに浮かぶだろうか……。

 いや、追い詰められればきっと妙案が浮かぶ、やれば出来る! と俺自信を信じるしかない。

「のんびり屋さんね。猶予は今日までよ?」

 恒例の釘差し職人、辻さんがやって来た。

 ここ最近、つじさんとばかり話している気がするな。

「分かってるよ」

「本当に仲直りするつもりはあるのかしら?」

「あるに決まってるだろ。仲直りしないと誰かさんがバラしちゃうからな」

「あら、それじゃあまるでアタシが無理矢理仲直りさせてるみたいね」

 いやいや、無理矢理仲直りさせようとしてるだろ。

 俺は仲直りするのは身勝手だから嫌だって散々言ってるのに……。

 不満を込めた冷やかな目で辻さんを見る。

「そんなに熱い目で見ないでくれる? 好きになってしまうかもしれないわ」

「あー、はいはい」

 片手を振りながら答える。

 絶対にそんなこと思ってないくせに、よくもまあポンポンと人をからかう言葉が出て来るものだ。

 辻さんの言葉を聞いて怒る気力も無くなってしまった。

「なかなか行動に出ないからアタシはすっかり忘れちゃったかと思ったわ。滝口君、鳥さんっぽい所あるから」

「だから最初の約束は止めるって……はあ、まあいいや。それに毎日に仲直りしないのかって聞かれれば嫌でも忘れないだろ」

 月曜に命令されてから毎朝、仲直りしないの? と聞きに来ていたのだ。

 それで忘れるなら本当に鳥さんかもしれないですね!

 でもまあ、傍から見れば何もせずに過ごしているように見えるか。

 急に期限を短くされても困るので、ちゃんと考えはあるということは伝えておくか。

「奥の手はあるんだ。だけど、それは出来れば使いたくないんだよ。だから他の方法はないかって考えてるんだ」

「そうなの? それは楽しみね」

「人の話し聞いてた? 出来れば使いたくないんだって」

「もちろん聞いていたわ。でも滝口君はその使いたくない方法を使うことになると思うわ」

「なんでさ」

「他の方法なんてそもそも無いのよ」

 やけに自信たっぷりに言うな。

「……まだ分かんないだろ。というか俺が何をするのか分かってるの?」

「そんなの分からないわよ? でも今日まで他の方法が浮かんでいないのなら、きっとそれが滝口君の答えなのよ」

 うーん……。

 実は俺もそんな気はしていた。それしか方法が無いなんてことは無いだろうけど、一つの方法が浮かんだことによって、考えが最初の案に引っ張られているのは感じていた。似た方法だったり、元々の案より劣る方法ばかり考えている。

 結局それが一番良い方法になっている。

 だから使いたくない方法が俺の中での答えというのは、あながち間違いでは無いかもしれない。

「それでも俺は抗うぞ」

 出来れば使いたくないという気持ちと、辻さんの思い通りになるのは癪だな、という気持ちでそう答える。

 時間が放課後まで残されているなら最後の最後まで抗わせて貰う。

「アタシはどんな方法でも仲直りさえしてくれればいいわ」

 過程はどうでもいいから結果を残せという非情なお言葉を頂く。

 だが、その言葉を聞き、忘れていたもう一つ約束を思い出した。

「そうだ! 仲直りしたら、何でそこまでして仲直りさせたいのか、ちゃんと理由を教えてくれよ」

「あら、覚えていたのね。もちろん約束は守るわよ? アタシは滝口君とは違うもの」

 また俺が約束を破ったみたいな言い方をして……。間違った解釈をしていたのは辻さんなのに、まだ根に持っていたのか。

 それに、『覚えていた』ということは忘れてたら教えないつもりだったな。

 相変わらず良い性格をしていらっしゃる。

「でも安心したわ。このまま滝口君が仲直り出来なかったら、アタシが悪者になっちゃう所だったわ。滝口君の嫌がることをするのは胸が痛むもの」

 ……この大根役者め。

 胸を抑えて痛い痛いと顔をしかめる辻さんを真顔で見つめる。

「もう酷いわ。こんなにも胸が苦しいのに」

「あー、辻さんは優しいっすねえ」

 本当に胸が痛むのなら、無理矢理仲直りなんてさせないだろうよ。

「そう、アタシは優しいの。だから出来るだけ早く仲直りして欲しいわ」

 恐れていたことを口にし出した。

「まあまあ。約束は放課後までだろ? 苦しい思いをさせて大変申し訳ないけど、我慢して待っていてくれ」

 ここは刺激しないように気を付けながら、放課後まで待って貰えるように進めよう。

 結局、辻さんが哲郎に話すか話さないかなんて、口約束なんだ。

 機嫌を損ねて今言ってやる、なんてことになったら洒落にならない。

「滝口君は冷たいのね。アタシがこんなに苦しい思いをしているのに」

「ごめんごめん。あと少しの辛抱だからさ」

 心にもない謝罪をする。

 だが、辻さんも本気で言っている訳じゃなさそうだった。

 ……めっちゃ焦ったわ。

 辻さんの戯れで脂汗をかいてしまった。

 そもそも俺達がケンカしてることで辻さんの心が痛むとは思えない。そんなことを口にすると、それこそ今から言うなんて言いかねない。

 最近は比較的仲良くしているが、初めは敵意剥き出しだったし、水をぶっ掛けられた過去もある。

 いまだに何を考えているのか分からないことも多い。というより分かることの方が圧倒的に少ないな……。

 初めて会話したのはもう随分前のことのよう感じるが、先週の出来事なんだよな。

 辻さんにファミレスに連れられる前は、哲郎とケンカするなんて思いもしなかった。

 それに辻さんと話すことになるなんて考えてもみなかったな。

 もともと人付き合いが得意じゃないので、哲郎くらいしか友達は居なかった。そんな唯一と言っていい友達の為ならと最低な人間になった。朝比奈さんには申し訳ないことをしたし、哲郎にも嫌な思いをさせてしまった。

 俺の行いが正しいかどうかなんて分からないが、辻さんに勘違いをバラされたら、二人にただ嫌な思いをさせたことになり、哲郎は一生モノのトラウマを負いかねない。

 浮かんでいる方法が俺にとって嫌なことでも、それしか方法が無いのなら使うしかない。

「ちょっと、一人で暗くならないで」

 感慨に耽っていると辻さんが目の前で手振ってきた。

「あ、ああ。ちょっと考え込んでた」

「滝口君は放っておくと直ぐに暗くなるんだから。誰かがついててあげないと駄目ね」

「……うるさいな」

 それこそ放っておいてくれ。ちょっとネガティブなだけだ!

 まあでも、辻さんの存在は邪魔なようなで、ありがたい気もする。独りでいたら、辻さんの言う通り漆黒くらいに暗くなる自信がある。

 そんなことを言ったら絶対に調子に乗るのが目に見えているので、胸に秘めておく。

「じゃあ、放課後までにちゃんと仲直りしてね」

 予鈴が鳴なると、辻さんはそう言葉を残し自席へと戻って行った。

 浮かんでいる方法は一つしかないが、残りの時間を全て使って考えよう。

 待たせてしまうのは、ホント申し訳ないけどな。

 なんてな。

 思っても無いことを考えて、つい笑みが浮かぶ。

「⁉」

 背筋に冷たいものを感じた。ゆっくりと視線を何となく辻さんの方へと向けると、辻さんの笑顔が目に映った。

 あれは怒っている笑顔に見えるな……。

 まさか俺の考えを読んだのか⁉

 そんな訳はなく、俺が今の状況で笑っているから辻さんの悪口でも考えていると判断したんだろうな。

 鈍いんだか鋭いんだか分からない人だな。

 無理矢理仲直りさせられそうになっていることへの仕返しなんてつもりはないけど、放課後までは我慢して貰おう。

 辻さんに構っている時間は無い。

 放課後までに良い方法を考えなければならないんだ。

 今日も勉強はお休みになるだろう。

 本当、俺は何しに学校に来ているんだろうなあ……。

 学生の本分を見失いつつも、思考の海へと沈んで行った。


 ――運命の放課後がやって来た。

 手持ちの武器は温めていた脇差のみ。結局、新しい方法なんてものは浮かばずに放課後を迎えてしまった。

 辻さんにはただ苦しい思いをさせる結果になったが、そこは我慢して貰おう。多分、期日を今日の放課後までと言った手前我慢していたが、あんなに催促するということは待つのが嫌になっていたんだろうなあ。

 それももう終わりになった。

 当の辻さんは不敵な笑みを浮かべている。さあ、時は満ちたと言わんばかりの表情である。

 そんなことは分かっているという意味を込め、手を軽く振る。

 やるしかない。

 色んな思いが俺の中で交錯する。そんな思いを振り払うように頭を無造作にかく。

 哲郎は朝比奈さんと雑談中。いつも部活が始まるまでは俺と時間を潰していたが、その役目は現在、朝比奈さんが担っている。つまり、部活が始まるまでの数分が残り時間である。

 だからもう時間が無いことは分かっている。だけど、緊張が歩みを重くさせるのだ。

 使いたくなかった方法を使えば仲直り出来ると思う。だけど、それは絶対ではない。

 本当に上手くいくのか……。それに上手くいったとしても俺はある意味死ぬ。

 俺が使うことを躊躇っていた方法は諸刃の剣なのだ。俺の温めていた脇差に柄はなく、刃を直接握るのと変わらない。

 大きく深呼吸。そして大きな溜め息を吐く。

 躊躇いも緊張、不安もあるが、腹を決める。

 出来れば辻さんにはここにいて欲しくなかったが、成り行きを見守るつもりなのか出て行く気配は無い。

 俺がちゃんと仲直りするのか分からないから、この場を離れないのは当たり前か……。

 今日は放課後なのにクラスメート達が多い気がする。いつもはもっと少ないのに、何で今日に限ってこんなに残って居るんだよ……。

 出来るだけ人数は少ない方がいい。俺の気持ち的に。

 だが、俺の願いも虚しく教室を後にするクラスメートはいない。

 時計に目をやると、もう直ぐ哲郎が部活に向かう時間だ。

 もう時間はない。こんな最悪な状況でもやるしかない。

 俺の心境は死地におもむく兵士と変わらないだろう。

 根性を見せるんだ! 俺は男の子だ!

 自分を奮起させ重い足を必死に動かして楽しそうに会話をする哲郎の元へと向かう。

 幸いなのは朝比奈さんが一緒なこと。仲直りをするには被害者に対する謝罪が必須である。

 悪い事をしたのは間違いないが、やっぱり被害者と対面するのも気が重い。俺の中で対面するのが気まずいトップツーが一緒に居る場に割って入るのは至難の業だ。

 俺の接近に真っ先に気付いたのは、やはり哲郎だった。

 哲郎にはそれは意外なことだったようで、一瞬驚いて目を見開いていたが、直ぐに険しい表情へと変わった。

 また俺が何かをするのかと警戒しているようだ。

 悪いことをするつもりは無いが、何かをしでかすのは間違いない。

 警戒する哲郎をよそに、大きく溜め息を吐いて声を掛ける。

「二人に話しがあるんだけど、ちょっといいかな?」

 二人は顔を見合わせてから静かに頷いた。

 哲郎の警戒はまだ解けていないようで、険しい表情のまま俺を見ている。

 対照的に朝比奈さんは穏やかな表情を浮かべている。俺が何をしようとしているのか分かっているか?

 そんなことに気を回している余裕は無い。いきなり本題に入らせてもらうぜ。

「教科書をボロボロにしてごめん。謝るのが遅くなったのもごめん」

 目を瞑り頭を下げる。考えてみれば朝比奈さんが許してくれないと、そもそも話にならないことに気が付いた。

 そもそも計算が甘かったことに嫌な汗が流れるのを感じる。

「そんな、頭を上げて下さい。私は気にしてないですよ」

 だが、俺の心配をよそに朝比奈さんは優しく許してくれた。

 俺は友達の為とはいえ、こんなに良い人に悪い事をしたんだな、と改めて罪悪感が募る。

 そういえば朝比奈さんはファミレスで辻さんの頼みを断ってもハンカチを差し出してくれるような優しい人だった。

 誤解と解く為とはいえ、こんなに天使のような人を利用したのかと自己嫌悪に陥りそうになったところで哲郎から声を掛けられる。

 そうだ。今は仲直りすることに集中するべきだ。

「……訳を聞かせてくれよ。俺が知っている雄介は訳も無くそんなことしない奴だろ?」

 顔を上げると辻さんは穏やかに笑っていて、哲郎は対照的に渋い表情を浮かべていた。

 親友が最低な奴になってしまったと思うのが哲郎には辛いのだろう。俺も哲郎がイジメなんてしていると聞いた時は全力で止めようと思っていた。

 この一週間、楽しそうに会話していたが、哲郎は内穏やかでは無かったのだろう。

 申し訳ない気持ちでいっぱいになる……。

 友達に辛い思いをさせるのは本意では無かったが、俺にはそうすることしか出来なかった。哲郎のことを不器用なんて思っていたが、俺の方がもっと不器用だったな……。

 そして今から俺は嘘を吐く。不器用な俺にはそうすることしか出来ないんだ。

 嫌がらせをした理由を口にする前に、周りの状況が気になってしまった。

 出来れば俺の事を見ないでくれ、と願うがクラスメート達は好奇の目を俺に向けている。

 くそー、仕方ない。元々、俺のクラス内カーストは低いものだったが、最下層までに落ちることになる。

 ふん、見るがいい。俺の死に様をな!

「……その言いにくいというか恥ずかしい話なんだけど、その、なんだ。飾らずに言うなら嫉妬だ、な」

「は? 嫉妬? 俺にか?」

 なるほど。俺も朝比奈さんが好きで哲郎が嫌がるであろうことをした、と哲郎は思っているようだ。

 まあ、それが普通だよな。だが、それは違うぜ、哲郎。

「いや、違う。俺が嫉妬してたのは朝比奈さんにだ」

「朝比奈さんに嫉妬? …………はあ?」

 俺の言っていることが理解出来ないようで哲郎は混乱していた。

 朝比奈さんは口元に手を当て、まあまあ、と驚いている。どうやら朝比奈さんの方は理解しているようだ。

 仕方ない。自分で自分を辱めることに繋がるが、哲郎に理解出来るように説明するしかない。

「その朝比奈さんに親友を取られたように思ってしまって」

「待て待て。お前はさっきから何を言っているんだ」

 俺が分かりやすいように説明しているのに、哲郎は更に混乱していた。

 それか言っていることは分かるが、理解は出来ないといった感じか。

 確かに哲郎の気持ちは分かる。俺も哲郎が異性の相手に友達を取られたと感じて嫌がらせをしたと初めて聞いたら同じような反応をするだろう。その点、朝日奈さんは柔軟なのか天然なのか、特に驚く様子も見えない。

 もしかして、元々そう思っていたのだろうか。自分で言っておいてなんだが、とても心外である。

 だが今は哲郎の相手が先だ。

「俺より構って貰える朝比奈さんに嫉妬して魔が差してしまったんだ。今は凄く後悔しているし、反省している」

「ちょ、ちょっと待て」

 哲郎は手を突出し、もう片方の手をこめかみに当てていた。

 俺達の間を沈黙が支配する。

 そうなるとクラスメート達の様子が見えて来る。

 男子は嘘だろ、と引いているし、一部の女子はキャーキャー騒いでいた。

 俺達はかなり注目の的になっているようだ。

 こうなるのが嫌だったから出来るだけ人目を避けたかったんだ。

 あれ、二人を屋上とかに呼び出せば良かったんじゃないか? 余裕が無くてそんな簡単なことも思い付かなかったな。

 ま、まあ、ケンカしている相手に呼び出されて素直に来てくれるか怪しい。下手に策を弄するより、真っ直ぐぶつかる方が真摯に取って貰えるだろう。これで良かった、というより、あえて教室でやったんだ!

 そう自分に言い聞かせていると辻さんの姿が目に映った。

 ……お腹を抱えて笑っている。

 俺の中で方法はそれしかないの、とか言ってたのに俺がこんな方法に出るとは思いもしなかったのだろう。予想を裏切ることは出来たが、あそこまで笑わなくても良くない?

 こんな方法に取るまでに追い込んだのは辻さんなのに。

 辻さんに対する文句が募っていると、ようやく哲郎は口を開いた。

「雄介。お前は俺が好きなのか?」

 熟考して出た言葉がそれかよ!

「いや! 勘違いしないでくれ。あくまで友達を取られたという気持ちで恋愛感情は一切無い!」

 確かに落ちる所まで落ちる決意はあるが、そこまで落ちる決意は俺には無い。

 流石に恋愛感情での嫉妬と思われるのは勘弁して欲しい。もしそれで俺も好きだなんてことになったら、ホモカップルが誕生してしまう!

「あ、ああ。そうかそうか」

 哲郎はホッとしたようで、少し表情が柔らかくなった。

 だが哲郎は直ぐに暗い表情へと変わる。

 あ、あれ? もしかして恋愛感情の嫉妬方が良かったのか⁉

 やっぱり俺の罪の代償としてホモカップルとして学校生活を送らないといけないのか⁉

 俺から言った手前、もしそうなったとしても断れないぞ……。

 今度は俺が混乱しそうになった所で哲郎が口を開いた。

「今回の件は俺が悪い。雄介に気を使ってやれずに嫌な思いをさせて、朝日奈さんにも嫌な思いをさせてしまった。二人共、本当にすまない」

「ううん、上田君は悪くないですよ」

「朝比奈さんの言う通り哲郎は悪くない。今回の件は全面的にというか、全部俺が悪い。二人共、本当にごめん」

 これは教科書の弁償だから、と言って朝比奈さんに教科書代を渡す。

「私は上田君に教科書を頂いたので、このお金は上田君が使って下さい」

「あ、ああ。ありがとう」

「ど、どういたしまして」

 弁償なのに教科書代を受け取ってお礼を言う哲郎。それに応える俺。

 俺も哲郎もまだ混乱していた。

「それじゃあ、これで仲直りですね」

 そんな俺達をよそに、朝比奈さんは俺と哲郎の手を取り、そして握手をさせた。

 哲郎に目を合わせると、哲郎は少し恥ずかしそうにしていた。

 長い付き合いの親友からの告白を聞けば恥ずかしいだろう。というか嘘でも言った俺の方が恥ずかしいからな!

 クラスメート達の俺達を見る目がどうなるのかある意味で怖い。否定はしたが嫉妬して朝比奈さんに嫌がらせをするなんて、絶対に恋愛感情だと思われているだろう。

 俺のこれからの学校生活はどうなるんだろうなあ。

 目の前で照れる哲郎を見てそう思う。

 何はともあれ哲郎との仲直りは果たした。

 これで勘違いをバラされることは無くなったはず。

 どうだ、という気持ちで朝比奈さんを見るが、まだお腹を抱えて笑っていた。

 …………。

そんなに笑わなくても良くないですかね?

 いつまでも笑っている辻さんを見て、少し不満に思う。

 こっちは色んなもの捨てて、辻さんの言う通りに仲直りしたのに。

 まあいいか。

 笑ってくれた方が俺も救われるな。

 朝比奈さん優しい笑顔と辻さんの爆笑に見守られながら、俺達は仲直りしたのだった。

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