1.異変
去年から不作が続いていた。
最初に異変を示したのは、山だった。
山に棲んでいた野生動物たちが人里まで降りてくるようになった。草食、雑食性の野生動物たちから農作物が食い荒らされ、肉食の野生動物から家畜を襲われ、魚を盗まれた。
人間が山菜やキノコを採って良い季節、つまりは入山許可が得られる季節になっても、キノコや山菜はさほど取れなかった。そして、山に入って確証を人々は得た。野生動物が餌とする植物が山にほとんどなかった。これではまた畑や家畜を襲われかねない。農民は身分制度的には自分たちより下に位置する平民に助けを求めた。平民の中には漁猟を行う者たちが含まれていたからである。本来ならば、自分より下の身分の人々に対して頭を下げるなど、この国ではあってはならない。上級階級のプライドが許さない。しかし、そんなプライドなど気にしていられないほど、農民たちは切羽つまっていた。しかし、漁猟を行う「平民」は、こんな時にだけ良い顔をする農民の依頼を渋った。野生動物が畑を荒らすということは、野生動物も飢えていて、気が荒くなっているのだ。いつも平民を見下し、偉そうにしている農民のために、命をかけることはできないと、平民は思った。
しかし、次に異変を訴えたのは川や海だった。
川でも海でも魚が獲れず、季節が来れば海から遡上してくる魚も例年よりもずっと数が少なかった。そこで、上から物を頼まれて不快だったものの、農民の言う通り、山に入って猟をすることになった。しかし、やはり山の動物たちは数が少なく、どれも皆、痩せ衰えていた。猟をするはずが、逆に熊や狼などから襲われる猟師まで出てきた。明らかに、山が悲鳴を上げていた。
これらの異変は、山の木を伐採しすぎたのが原因と考えられた。近年のこの国の木材の輸出は増える一方だ。猟漁を行うものは、「山が痩せれば海も痩せる」ことをよく知っていた。山から動植物の棲家や餌を奪った結果、野生動物が人里に下りてくるようになったのだ。さらに、一定の品質の木材を得るために数種類の木ばかりを植樹しているため、山林の多様性が崩れ、これもまた、野生動物たちの餌を奪っている。 さらに、多様性を奪われた山からは、川から海に良質な物を運んでこない。その仕組みを説明は出来ないが、漁猟に携わる者は、山と海がつながっていることを経験として知っていた。
平民の中でも猟漁に携わる者は一握りしかいない。農民は自分たちが理解できない「山と海との関連性」の議論を信じなかった。そればかりか、漁猟に携わった者たちを「役立たず」呼ばわりした。両者の間には回復しがたいわだかまりだけが残った。
そこに、冷夏が追い打ちをかけた。この国の人々が主食としている米がほぼ全滅し、飢饉の状態となった。国や寺院は食糧庫を国民に対して解放したが、間に合わなかった。
そして、この飢饉のあおりを一番に受けたのは、最下層の
「お腹減ったね」
もう、何年も使われているゴミ捨て場は、もはやいくつものゴミの山が形成されていた。三人の子供の視界には、ゴミの山しか映らなかった。時々カラスが飛んでくるぐらいで、後は何の生き物もいない。まるで世界がゴミの山で構成されていると思わせられる。キツイ腐敗臭にも、もう慣れた。靴を履かない足の裏が、何かの拍子に切れてそこから細菌が入って、足が変形した子供を見ると、けして他人事ではないという気がする。ここにやってくる人々は、ほとんどゴミ捨て場と家を行き来する生活を送っている。それは幼い子供でも、ゴミの中から何か食べ物や飲み物を探す労働力として機能しているからだ。
「お腹……、減ったね」
ツェンリャは、いつも行動を共にするファンカイとフォングにもう一度言ったが、返事は帰ってこなかった。返事をすることが出来ないほど、衰弱していたからだ。ゴミの山をあさったり、寺院に施しを受けたりすることでしか生活できない外民は、国民とはみなされない。そのため、国から保護を受ける権利を持たなかった。そして国民が飢饉のために食料を捨てなくなったため、多くの外民が餓死した。その死体は、外民にとって見慣れたものになって行く。昨日までの仲間があっさりと死んでいく。外民たちの心は、「死」に対して麻痺していった。それは子供達でも同じだった。
「あれ……」
フォングが鳥山を指さした。カラスが群れている所には、食べ物があると外民ならば誰でも知っていた。三人はゴミの山をかき分け、カラスで真っ黒になった場所へと向かった。遅い足取りがもどかしかった。本当は駆けて行きたいけれど、今はそんな体力は残っていなかった。足がもつれ、がれきに何度も足を取られ、転びそうになりながらも走る。
鳥山で三人が見つけたのは、昨日まで三人に優しくしてくれた同じ外民のおじいさんだった。三人には何の感慨もなかった。ただ、「明日は我が身」とだけ思った。三人は群がるカラスを追い払い、おじいさんの死体から衣服をはぎ取った。丸裸になったおじいさんには目もくれず、ポケットの中をまさぐる。おじいさんの痩せ細った死体にカラスが群がり、目玉や内臓を抉り出して食べ始めていた。三人はそれを見て見ぬふりをした。
「あった」
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