23.共感
アスコラクは、腰に帯びていたはずの剣に手をやったが、いつの間にか剣がなくなっていた。
黒いアスコラクが剣を使っているため、所有権がそちらに移ったのか、それとも力を封じられているのか。はたまた両方の理由なのかは分からなかった。アスコラクは慎重にドアを開けた。そこにいたのは華奢な美青年だった。
「首狩天使様」
フィラソフは目を見開き、頬を紅潮させて、アスコラクに駆け寄り、膝まづいて手を組んだ。その祈りの姿は天使に首を差し出しているようにも見える。
「不老不死は、通常の生を逸脱している。さらに、天使を作るという行いは人間が生み出すべき物の範中をも逸脱した」
極めて冷徹にアスコラクは罪状を述べた。しかしそれは興奮するフィラソフには届かなかった。
「貴女を待っていました。貴女を初めて見たその日から何年も何十年も。今報われました。どうかこのまま私にその美しい姿を見せていて下さい」
話が全くかみ合わない。アスコラクは蝋燭台を持ち、それをフィラソフの頭の上に振り落した。すると、フィラソフの姿が粉々に砕け散った。ガラスの破片が飛び散り、辺りから人の気配が消えた。次にアスコラクが気配を察して振り返ると、そこにフィラソフが先ほどと同じように祈り続けていた。
(鏡か)
フィラソフは鏡の中で不老不死のまま行き続けてきた。鏡同士の空間を繋げ、その空間を自由自在に移動している。しかしアスコラクは動じなかった。来た道を逆戻りして初めにいた部屋に向かう。鏡にはスカリィと戦うイネイと半身の姿が映っていた。
「いくら鏡に他の世界を映してそこの鏡につながっても、所詮は人間世界のみだ。そして、お前が今繋がっている鏡はただ一つ。私が来たこの鏡だ」
現実の世界に通じている通路である鏡を壊せば、アスコラク自身が赤い大地に戻れなくなる危険性があった。アスコラクはその部屋の蝋燭立てを、鏡に向かって次々に投げつけ、その部屋にあった鏡を全て破壊した。鏡の中の部屋は消え去り、真っ暗な空間に投げ出された。そこにいたのは美青年ではなく、木乃伊のように全身を汚い包帯で巻いた男だった。
「ようやく会えたというのは、案外共感しているかもしれないな」
アスコラクはそう言って、やっとの思いで紫がかった白い羽根を出現させた。アスコラクはフィラソフを抱きかかえて翼を広げ、真っ黒な世界に浮かぶ赤い大地を目指した。本来ならば、アスコラクの翼は異世界同士の行き来に使用するものだが、今回ばかりは仕方がない。アスコラクは床に落ちていたベールを被って飛び立った。
◆ ◆ ◆
イネイは目をつぶって震えながら鏡を抱えていた。防戦一方だった黒いアスコラクが動かなくなってしまったのだ。血だらけで赤い大地に転がっている。スカリィの攻撃は止む事がなく、とどめとばかりに喉元に角を突き立てた。
その時だった。イネイの腕の中にあった鏡が発光し、突然真っ二つに割れた。
「何?」
その衝撃と音に、イネイは布を取り除いて鏡を取り出す。スカリィも鏡の異変に気付き、寸でのところでアスコラクの喉に角が届かなかった。満月の光を浴びて鏡が輝き、その光が倒れていた黒いアスコラクに集まった。光が弾けると、そこには男を抱えた天使が立っていた。
「フィラソフ様!」
スカリィはアスコラクの腕の中のフィラソフを奪い取った。アスコラクに先を切られた舌が懸命に眠ったようなフィラソフを舐めている。
「アスコラク、その人は?」
「フィラソフだ。鏡の術を破ったからもう長くはない」
スカリィはフィラソフに頬擦りしながら声を上げて泣いている。まるで堰を切ったようにその涙は止まることを知らない。アスコラクはそのスカリィに唐突に声をかけた。その声は相変わらず冷淡で、無慈悲だとイネイは思った。
「幸せか?」
スカリィは答えることが出来ない。ただ、大きく何度も頷いた。
「イネイ、連れてこい」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます