第7話 夜 ~月下狂人~
月光は街を洗うように注がれていた。錆びた鉄柱や
僕や彼女、そして
その晩は、壬生ひとりが流木に座っていた。いつもの黒のドレスを
「ごきげんよう」
壬生は気抜けした口調で呟いた。いつもの演出的な雰囲気も、
それでいい、と思う。壬生は彼女の感情を奪い取って、それを栄養として夜の姿を育て上げたのだろう。結局はエゴでしかない。
「
流木に腰掛けて月を眺めた。白骨のように滑らかで生気のない色だ。そこに鬱屈した、
「そう。残念ね」
壬生はどことなく上の空だった。きっと、彼女に連絡を取ろうとしても無視されたのだろう。それだけの事を
「でも、月岡クンがしっかり生きてくれればそれでいいよ」
弱々しい声だった。壬生は、彼女を支配するなかで自分自身の大切な何かと結び付けて強く依存していたのかもしれない。だからこそ落胆し、
ほんの少しだけ、哀れだった。
「ねえ、ちゃんと生きていけると思う?」
「生きていけないとしたら、そう仕向けたのは壬生さんじゃないのかな」
壬生は目を伏せた。「そうかもね」
「けど!」と顔を上げて僕を強く見据える。「そうでもしないと、月岡クンは死んでしまったかもしれない」
錯覚だ。どれほど
「けど、死ななかったかもしれない。
壬生は芝居がかった夜の自分に忠実でいただけなのかもしれない。それで何かが
壬生はきっと夜を捨てるだろう。そうして真昼の自分だけで立って歩いて行くのだ。そうでなければ、このひと夏の意味がなくなってしまう。
そうして僕は、と考える。僕はどうなるのだろう。自分の事となると途端に分からなくなる。しかしながら、ホテルからの帰り道、脳を直接殴られたような茫然自失の
空虚さが消えたら、僕は感情を正しく維持できるようになるのだろうか。きっと、すぐには無理だろう。長らく続いた習慣から抜け出すには相応の時間と苦労が必要だ。それでも少しずつ、物事を正面から感じ、それなりの傷と責任を負い、流れる血を意識して歩くのだ。
「正論なんて誰にでも言える」
壬生はスカートに顔をうずめてもごもごと呟いた。
「誰かが正論を言わないと終わらない事もあるんじゃないのかな」
「でも、私は変わる事の力を信じてる。
「壬生さんは中身のない感情を月岡さんに与えて、夜だけは本物の感情を持って欲しかったって事?」
鼻を啜る音がした。「うん」
「無理だよ。みんながみんな壬生さんぐらい器用じゃないんだ」
波の音が沈黙を埋める。打ち寄せるそれは銀の絨毯のようだった。美しくないわけがない。
「それでも私は、昼と夜をずっと続けていく。それで誰かを巻き込んだって構わない」
それは静かな叫びだった。
なんだ、と気付く。みんな壊れているじゃないか、と。僕も、壬生も、彼女も、そして死んだあの子もきっと。
「壬生さんは間違ってる」
「うるさい」
「間違ってる」
「うっさい」
壬生は一向に顔を上げようとしなかった。泣いているのかもしれないし、ただ顔を見せたくないだけかもしれない。
月が次第に欠けていくのは当然だ。完全な満月の夜を永久に繰り返す事などできっこない。壬生も頭では分かっているに違いない。けれども夜の壬生は、満月に近い月光の下でしか生きられないのだ。それも、特別晴れた晩だけ。
極めて限定的な瞬間に特別感を見出すのは不思議な事ではないと思う。それに
「
「なに?」
「私はこれからも間違い続ける」
「なんだそれ」
「だから」
「だから?」
「そのときは正論を言ってよ」
「いいよ。でも、絶対認めないでしょ」
「……認めない」
「なんだそれ」
「私は頑固だから。でも、言って欲しい。後でちゃんと後悔できるように」
「そっか。分かった」
「……ありがとう」
僕たちはずっとそうして座っていた。夜と朝の境界、曖昧な
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