第6話 昼 ~夏の蛹~
重たい身体を起こして画面を眺め、僕は身支度を始めた。
【昨日と同じ時間、同じ行動、同じ行為を遂行する事】
【不測の事態が起こった場合は一旦
【絶対条件:成人済みに見えるような服装、行動をする事】
指令は決して難しいものではなかった。昨日の指示内容自体は覚えていたし、おおよその時刻も頭に入っている。昨日のメッセージを
加えて僕は、元々実年齢よりも幾らか年上に見られる傾向があるようだし、服装だってグレーのシャツとジーンズに中折れのハットを合わせれば何とか大学生くらいには見えるだろう。
真昼の外気は、昨日と同様の熱に満たされていた。
昨晩の混濁した感情の渦はすっかり消え去っていた。壬生の話を聞きながら、信じるべきか否かをぐるぐると巡っていたのだが、昼に帰ってしまえばそうした
しかしながら、やはりどこかで冷めていた。僕が行為したところで
真昼の渦中に
公園に着くと、彼女は昨日と同じ場所で待っていた。白地にブルーの縦線が入った半袖のシャツに、膝下程度の長さのフレアスカート。色は
僕が感慨なく棒アイスを手渡すと「ありがとう」なんて返す。
しかし僕は彼女を説得する事も、壬生の影響から離れようとする事もできなかった。全てが悪い方向にしか行かないならば、その中でも多少はマシな結末を想定すべきなのだ。きっと、そうだ。
彼女のスカートに広がる染みを眺めながら、僕はアイスを舐め続けた。こうした行為を
ふたり分の棒アイスをごみ箱に捨て、彼女を立たせてスカートを這う蟻を払う。またしても御馳走がやって来たのだ。蟻としてはご機嫌だろう。
彼女は「ごめんなさい」と呟いて眉尻を不器用に下げた。
僕は何も言う気になれず、べたついた彼女の手を取り繁華街を目指した。今日は自販機で飲み物など買う理由もない。彼女か僕が熱中症で倒れたならば、それは僕の責任ではなく指示に不足のあった壬生の負うべき責任だ。それに、全て忠実に
満月の夜に、僕は彼女を
昨日のホテルの前で、僕たちは手を繋いで一時間を過ごした。その間、彼女はずっと無言だったが、恥ずかしそうに俯いて見せていた。
一時間後の指令で、僕は今日初めてたじろいだ。同時に、
彼女が伸びをして僕の耳に囁いた。
「ねえ、早く入ろう」
行こう。行けばいい。どうでもいいじゃないか。行って、彼女を
そこは無人式のホテルだった。値段や内装がパネルに表示されており、それを押してコースを決め、先払いする方式のようだった。僕はろくに見ないままパネルを押し、一番短い三時間の休憩コースを選んだ。彼女が清算しているようだったが、僕はその光景から目を
部屋に入ると、唐草模様が描かれたクリーム色の壁の真ん中に
言うまでもないことだが、興奮はしていた。こんなシチュエーションで、と呆れる以上に、自分自身の貞操観念の薄さに驚いてしまう。詰まらない、空虚だ、くだらない、なんて思いながらも肉体はそれとは隔離されている事に思い至ってしまう。性交渉が神聖ではない事くらいは知っていたが、あまりにも
僕は彼女の肩に手を回す。わざとらしく身震いする彼女に、或る種の尊敬さえ覚えた。今から
彼女と向き合い、ベッドに押し倒した。順序なんて気にならなかった。気持ちを高める必要もなければ、欲望を満たそうとする気もない。そうしなければ前進できないというのなら、最短ルートでそこに至ればいいではないか。この一幕を記憶として大事に取っておこうなんて、お互いに考えていない筈だから。
愛されていないのに受け入れられ、それで愛することができるほど、僕は強くはない。
彼女のシャツのボタンをひとつずつ外す。キャミソールは初めて見たが、随分質素なものだと感じた。それを剥ぎ取ると、これまた愛想のない白のスポーツブラを着けていた。
僕は手を止める。これは、死んだあの子の再現なのではないだろうか。すると僕は、一体何者として彼女には映っているのだろう。その
「月岡さん」
思わず名前を呼ぶ。彼女は何も言わず、今にも崩れそうな無表情に戻っていた。
続く言葉が見当たらなかった。何を問いかければ、僕を僕として認識してくれるだろう。それで何が満たされるわけでもないが、少なくともこの分厚い仮面を被った卑劣で必死な芝居は終わってくれるのではないか。
僕が言葉を探しているうちに、この
彼女は無表情のまま、大粒の涙をぼろぼろと
僕は身を起こす。
「やめよう。君はもう、これ以上ないくらい壊されてしまっているし、傷ついてもいるじゃないか。
彼女は両手で顔を覆った。涙はきっと、
僕は部屋を出る事に決めた。いつまでも彼女の
街をぼんやりと歩いていると、黒々とした名前の付けられない感情の渦も次第に小さくなり、やがて消えたように思えた。しかしいつもの虚無感には切り替わらない。
じくじくと、
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