第4話 夜 ~月は耽美な夜の支配者~
日付が変わる頃、夜の街を歩いていた。ほんの少しだけ欠けた月が白々と街を照らしている。なぜこうして夜を行くのかは分からない。自然と身体が動いていたのだ。
昨晩の記憶に導かれているような気がした。頭に浮かぶ白銀の光と、二人の同級生の長いキス。
夜道に潮の香りが混じり始めたとき、僕は自分が虚無感に襲われない事に気付き、少しだけ嬉しくなった。夜の中にあって、僕はひとり分の思いをしっかりと心に繋ぎ止めていられる。昼には消えてなくなってしまうとしても有意義だと断言しよう。意地でも。
靴裏は、いつしか砂の感触を伝えていた。林の合間から銀紙の月が顔を覗かせている。
時計は午前零時二十分を指していた。昨日と同じ時刻。壬生はそう言った。やや強引かもしれないが、ルール違反ではないはずだ。
林に身を潜めた僕は、昨晩と同じ光景を目にする。ふたりの少女の停止した
彼女の装いを除く一切が昨日のままだった。流れる海風も、波の唸りも、非生物的な白い光も、静物的な少女たちの姿も、僕自身の胸の高鳴りも。
壬生と彼女は、昨晩同様、長い時間そうしていた。周囲の動きといえば波の
やがて少女たちは
腕時計は深夜二時を指そうとしていた。僕は立ち上がり、少女たちの元へ足を進める。呼吸を整えて、そして夜の終わりについては考えないようにしながら。
「ごきげんよう」
昨日と同様に席を詰めた壬生は、手振りで座るよう促した。僕は頷いて流木に腰かける。そうしてゆらゆらと
暫く黙っていたのだが、壬生は一向に口を開かなかった。てっきり
「昼間の事だけど……」と言いかけるや否や、壬生が僕の顔を覗き込んだので、思わず身を引いてしまった。その顔にはべったりと好奇心が貼り付いている。
「黙らないで。続けてよ」
そう促されて、僕はたじろいだ。こう前のめりに水を向けられると
壬生の肌は月光を吸い込んで
「昼間の命令は、一体何の目的があったんだよ」
瞬間、壬生は無表情になった。冷たく、硬質な無表情。
「
「月岡さんのため?」
「そう」
言って、壬生は立ち上がる。そうして数歩波間に寄って、振り返った。スカートの
僕は幾らか気詰まりな思いがして彼女に目を向けた。そこにあったのは相変わらず触れたら壊れてしまいそうな脆い無表情だった。応でも否でもない。ただ言葉が耳を通り過ぎていくだけ。そのように見せかけている。内面に立つさざ波に目を向けまいとしているのだ。そう直観すると息苦しい思いに駆られた。
「知りたいのに月岡クンを気遣っているのね。分かるわ」
壬生は口元に手を当ててクスクスと笑う。
「ねえ月岡クン、教えても良いかしら」
彼女は小さく頷いた。
「いや、悪いけどもうどうでも良くなった。知りたくない」
僕は決然と見据える。きょとんと眼を丸くした壬生を。
「
思わず返事に詰まってしまう。幾ら自問しても答えの出ない問いだった。
「ほんの少しでも特別な感情を抱いたならば、天田クン、あなたは聞くべきよ。それに、彼女の全てを知るのが天田クンの報酬じゃなかったかしら」
確かにそれは僕の受け取って
「そう」と呟いて壬生は目を伏せた。「なら、月岡クンが決めればいいわ。率直に答えて結構よ」
彼女はゆっくりと、何度か瞬きをした。そうして、無表情が崩れたように見えた。どろりと、溶けるように脱力した表情。それはほんの一瞬の事で、彼女はまたすぐに
憂鬱。それが
「聞いて欲しい」
その小さな呟きは海鳴りを縫って僕の耳に届いた。それは
「嘘つき」
嘲るような、はっきりとした軽蔑の口調。その直後に壬生は優しく微笑んで見せた。僕は断言できるが、そのときの壬生には明確な失意があった。でなければ、その突き放すような変化は見せなかっただろう。
壬生は彼女から数歩離れてくるりくるりと踊るように回る。「でも、いいわ。月岡クンの言葉を重んじましょう」
そうして壬生は、僕の前に立って見下ろした。丁度月が隠れて影になったその顔は、それまでとは随分印象が違っていた。月夜の非日常と
「これから私が話すことを最後まで聞きなさいね。目と耳を開いて、一言も聞き漏らさないで頂戴。それは月岡クンにとって必要な事なの。そしておしまいまで理解したら、天田クンは後戻りできない。月岡クンに最大限の助力をしなければならなくなる。いいかしら」
僕は女王
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