⑤一人か二人か
喧嘩するほど仲が良かったら私達はどのくらい新密なんだろう。それとも冷戦は喧嘩に含まれませんか?経験の代わりに知恵を借りたいけれど他に親友はいない。親友……今もそう言っていいのかすら。何よりこんなこと相談できない。
一人か二人か。
赤空にアーケードを橋渡す商店街、夕立の背中が見える。夕立の白いロングヘアは少し朱色がかっている。夕立特有の色合いとお尻で毛先が蹌踉めくのをそっと、かつじっと見つめた。夕立より早く帰ろうとしていつもこうなる。廊下を走って校門から噴射した時だって夕立は先を歩いていた。秘訣があるのか事情を抱えるのか鐘が鳴ると途端にクラスメイトに排除されるのかインタビューしたいくらいだけど今も昔も聞いていない。夕立は私の身辺を尋ねるより夕立でも私でもないことを話して自分のことは自分から持ち出すことが多かった。後ろから見て取れるように艶やかなオーラを搬送する夕立だけど、性格は良く言えば成熟していて悪く言えば堅苦しい。私がとっておきの面白話(妹が卵を電子レンジで温めた話)を伝えても夕立はあっそうと短文を読むだけで、これは私に責任があるんじゃないかという指摘はなしにするとしてそんなやり取りがずっと続いて、一緒に居る意味を見失うほど面白くなかった。そう思うのは私が未熟だからなのかもしれないけど、性格はともかく一緒に居る以上私は他の人達と同じように楽しくふわふわしながら話したい、というのは喧嘩過ぎての棒千切り。夕立の性格は変わらないだろうし変えていいものでもないと思うから、夕立との楽しさはとっくに望めない。開戦以前から私達の絆は傷だった。
一人か二人か。
傍から見ても自分で見ても今の私はストーカー。夕立の進み具合に合わせて念のため電柱にカモフラージュされながら夕立を追う。夕立は滅多に振り返らないから心配は適度だけど。構って欲しくてでも過度な執着は面倒に思う程度の私とは違って夕立は愛想をつゆも求めない。私のことも取得すれば何かと便利な免許のような友達だったんじゃないかと思う。出会った頃は……どうだったんだろう。今より無邪気に笑っていた気がするけど、今の方が夕立にとって素直なのかもしれない。夕立の中の私の相場変動は夕立の中の正統かもしれない。夕立は何時からか一人で動くようになってペア作成も近場の人と組むようになって私への口を噤んで私以外に開けるようになった。憂惧しながら変わってしまった夕立に流されるように、私も夕立への思いが減算されていく。じゃあ何でストーカーしてるかと言われたら……あれ、何でだろ?
一人か二人か。
夕立は一人で居るべきかもしれない。それは夕立にとってだけじゃなく私にとっても。お尻から映す一人の夕立は凛としていて格好良くて絶佳な髪で見切れる顔は大人しい。私に気付かずまた気付いていたとしても緩めないだろうスピードで立ち止まらず前へ前へ突き出す革靴がちょっと目を離せば遠くなる。蒸れてしまいそうに群れた人混みさえするりと突破していく夕立を見習い見放さないよう掻き進む。そう言えばまだ私達が友人関係で覆われていた頃もこうして軽鴨の親子みたいに夕立の後をひょこひょこ追尾していた。私が夕立に先行したことはないし夕立の瞳は私のシアターに果たしてなっていたのでしょうか。夕立にとって私のナチュラルメイクや毛先のケアやリップクリームは悪足掻きだったのでしょーか。だったら初めから期待させないで欲しかった。夕立にとって私の存在は。夕立にとって、夕立にとって夕立にとって。副詞句が私達の溝に排水を流す。人は一人でしかなく分かり合えないという見て見ぬ振りの定理を実感した。夕立は知っていたから?
一人か二人か。
無理だ、どう我慢しようと夕立のことを考えてしまう。後ろ姿から夕立の精神衛生を推測して、正面に迂回したくなって……あっいけない、涎が。唾液の漏れをセーターの袖で拭う。衰えた間柄ながら尾行する背徳感は現役で、備考欄に鼻孔が膨らむと書けるほど。傷を抉ることはかえってお腹がよじれるようなスリルがある。夕立と離れて四ヶ月、何かとピリッとくるばかりだったのは最近になって安定してきた。お蔭様で、偏見を除きながら覗く今の夕立の雰囲気は私にとって嫌いじゃない。好きと言い切るのは未練がましい元彼女の典型例みたいで、いやそうだろと指されたら屈服するところだけど、難しい。とにかく夕立とはプライベートに壁を建てた無に近い関係が良いと分かった。だけど好ましい状況が連続したらしたで、天邪鬼な私は不安になってしまう。夕立は私の発芽しまくりの悩みの種だったから、枯らしてしまえば平和だとしても花粉が飛ばないのは、将来をお花屋さんに誓った者として退職の懸念があるというか。何が理想かと言ったらそれは夕立が猫撫で声で私に甘えてくることなんだけど、とか思ってストーキングしていると「にゃー」本当に聴こえた。前方のよくある青いゴミ箱の麓で、端整な野良猫が食べ物を漁りながら鳴いているのが見えた。商店街の治安を脅かすような真似はしないでほしいと遺憾に思う善良な通行人の私に対して、夕立は見向きもせず通過した。夕立も夕立で不機嫌な猫みたいなものだから意識するまでもないのかもしれない。夕立が更に奥へ進んだタイミングで私もそろりそろりと猫のテリトリーを失礼する。すると猫が急に飛び上がった瞬間私のふくらはぎの裏を咬んだ痛たたたたたっ、痛っ。ボールペンがぶっ刺さるみたいに牙が肌の中に入って痛い痛い止めろっ、振り上げた手で正当防衛しようとしたら猫が自慢の脚力で逃げていった。とんでもない猫被りだったとそれを見送って、跪きながら咬まれた傷口を確かめるとやっぱグロい。一歩間違えたセンスのアンクルバンドと評価が付きそうな血の曲線が笑ってる。そして泣く。血が垂れる。応急キッドを持ってるほどの家事力はないけど、何とかストーカー魂で痛覚を封じて立ち上がる。片足を足手まといにして引き摺っていると、小学生の頃ドッチボールする時にこうやって線引いて陣地を作ったなぁと懐かしんで後ろを見たら、ここにも血液のラインが出来ていた。商店街のシルクロードがレッドカーペットに、まではいかずとも鮮血のイルミネーションが加わってこれからの季節にぴったり。出ていった自分の一部を見下して、それより夕立だ。五店舗分距離のある夕立を遠視すると、よかったまだ私に気付いてないみたい。叫ばなくて正解だった。難問だったけど。
一人か二人か。
孤独なヒロインを見守るため、ぽたぽた赤いものをばら撒く私はまるで世紀のヒロインだ。正規であるかは別として。正気は保ってる。そんな鬼ごっこの図が続く。しかし孤独とは言っても夕立のことを悲劇扱いする訳じゃない。私だって一人には一人の良さがあると思ってる。例えば常に出血してる人が商店街なんかを散歩する際、仲間連れだったら病院送りにされるところを一人の場合は誰もが見て見ぬ振りをすることができる。私も夕立がいなかったら生涯一人きりだった可能性はある。いないも同然だった幼児期がそれを証明してるかもしれない。それに二人より一人で生きる方が効率的なのは言わずもがな。二人でいる時の自分でも相手でもない空気を吸えば、一人でいる時の審らかな自分を失うリスクがあって、一人が一人として集中するなら二人で過ごすことは損害だ。つまり二人でいたいなら自分を完全に捧げないといけない……これが夕立の考えだと思う。一緒にいた時間が短くないから予想できて理解もできる。だけどそんな、人の繋がりが全て恋人か他人かの両極端で仕切られることが生み出す居心地の悪さに私は馴染めない。これまで通りの関係じゃ駄目だったの?でもそれが夕立の世界に支障を来たすなら立ち入れない。支障と見なされる時点でその二人は友人以下だろうけど。喋りたいけど喋れない、喋ったところで食いつかない。私の思い、交錯してばっかだ。透明な夕立に振り回される。そうして商店街の最後尾を抜ける。
一人か二人か。
夕立っ!…………叫ぼうとして、引っ込む。舌の上でぐだぐだと決意とその名前が鈍る。おまけに張り切って屈伸した賠償でふくらはぎが地雷を踏む。いたた。夕立は変化なし。商店街を出た先はススキが生い茂るちょっぴり自然と仲の良い道になっていて、電柱選びに一苦労増える。もう慣れたから何てことないけど。じりじりと歩いていくこと八分、ついに夕立と私の家路の分岐点に着いた。必然、夕立は夕立ルートを攻略していって、指で摘めるくらいの大きさにはなっている。標識に睦まじくまとわりつくツタの隣でうじうじした末、いつもは行かない夕立方面の開拓を決めた。決め手はマンネリ化を感じてきたから。それに大した危険を孕むことじゃない。あとついでに血痕が道しるべになってるから、万が一で迷子になることもない。何となく血も流してハイになってる今こそ行ってみよう。思えば私は夕立の家に行ったことさえない。どんな邸宅なんだろう。ちょっとわくわく。
さっきと同じ時間を費やした頃、夕立が曲がって消えた。家かと奮起して見上げると、そこは焦げ茶色の屋根と赤褐色のペンキ仕立て、看板にはバーミ○ンのロゴと桃。何だファミレスだった。ここで一人ランチかぁ、入口の植え込みに隠れて観察し、夕立の移動に合わせてこちらも移る。すると夕立が座った席にはもう一人、何者かがいた。相席を疑うも席は空いてる上、口の動きから察するに二人がコミュニケーションを取り始めた。まさか、声を聴いて真偽を確かめるため私も入店し、見つからないよう腰痛を装いつつ二人と仕切りを介していてトイレやドリンクバーがない側のテーブルに座る。複雑な事情で怪訝そうにする店員を尻目に隣席の音に集中する。
「……………の……馬………な?」
「………………あ…………じゃ……ケ……」
ごそごそした雑音の中に夕立と、恐らく相席してる人の声があった。店員の持ってきたよく冷えた水を飲みながら耳を傾ける。
「……れで、ホテル出たわけ。そしたらあり得ない勢いで泣きつかれちゃってさぁ」
「キモ〜〜!まじキモいんですけど〜〜!でぇ、どうしたの〜?」
「その後仕方ないから、もう一発……あ、お姉さん注文いいすか?酸辣油麺のランチセットで、あと焼売で。」
「あ!ミユもミユも〜〜!えーと、この、チキン竜田甘酢しょうゆ&白身魚フライ&キムチ、ってやつ!てかこれあんどありすぎでしょ〜〜ウケる〜〜!ん〜〜あとプラスで〜〜〜〜、ねぇユーちゃん、餃子イケる〜?」
「食べれないこたないけど」
「じゃあそれでぇ!」
ここまでの会話だと夕立の知り合い、何か感じ悪い。夕立も前と口調が違う。そもそも夕立ってこんな知り合い居たのか。というかどういう関係だ?
「そうそう馬鹿な女と言えばさぁ、この間まで付き合ってた奴なんだけどよ」
あれ?夕立、付き合ってる人とか居たの?てかもしかしてその人が、とか思ったけど違うの?何なの?
「中々落ちないけど顔はいいから遊んでやってたんだわ。キープのつもりで。でも流石に飽きたから捨てたわけよ」
キープ?何の話?
「あっはは!まじウケる!」
「今思えばつまんねー女だったなぁ。で、何が馬鹿かっつーと」
「何〜何〜?」
「そいつ、アタシのストーカーなんだよ」
…………………………え?
「えぇ!?それやばくな〜い!?」
「ほら、アタシ学校サボってるだろ。適当に六限抜けて帰えると、毎回後ろからついてくるんだよあいつが。アタシに見つからないよう必死に隠れて。まぁ面白いから知らない振りしてるんだけど。」
「なにそれぇ!まじウケるんですけどぉ!ウケウケガーリックピーナッツなんですけどぉ!」
「飽きた玩具に懐かれたみたいな?如何にも清純風なあいつがこうなるとは思わなかったわー。別に嬉しくねーけどな」
「てゆーかそれも〜、犯罪じゃなぁい!?ケーサツに言っちゃおうよ〜〜!ピピピーッと!」
「それな。しかも多分悪意ないんだよな、タチ悪ぃ」
「もしかして〜、今もここにいたりして〜!!」
「いやそれはない。大体途中で帰るから」
「ふ〜ん〜」
「まぁ種明かしはまだ早いな。もっと泳がせてエスカレートさせて、引き返せなくなったところでヤろうと思う。その時は協力しろよミユ」
「もちもち喜んで!」
「お前は、アタシの女だからな」
「きゃー!ユーちゃんカッコいい〜!!!」
…………。
急に冷めて、店を出た。
一人か二人か。
《十二月編》百合短編集 いろいろ @goose_ban
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。《十二月編》百合短編集の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます