②薄暗れる駅
「急停車します。ご注意ください。」
アナウンスが鳴る。突発的に地が揺れる。幾人かが踵で踊る。車内の密度が偏る。私は吊革を握りしめる。その輪を軋ませるだけに留まる。私と反対側の乗客を見る。大した被害は受けてないように見える。停車の静けさが流れる。線路が震わせていた音と感覚は途絶える。一人一人の呼吸音と電子音が場を制覇する。相対的に違和感がして息が止まる。奥の席から咳払いの声が聞こえてくる。一分程で再開した車体は伸びやかに速くなる。ビルや繁華街を窓が透過する。グレーに沈んだ雲がその向こうへ移る。篭もり切った中で電灯は照る。遠くの情景と対照的に感じる。街角を歩く人からすれば景色の一部に過ぎないと推測する。
時刻は薄暮れを過ぎる。電車がとある駅に到着する。混み合っていた車内から人々が湧くように去る。吸いやすい空気が流れてくる。無人の席は直ぐに埋まる。着席に関しては諦める。右端の席の前で立ちぼうけする。軽量化した車内には立っている人間も
彼女との電車の同伴を続ける。彼女は相変わらず気付いていないので私も注目しないようにする。そ
れがしばらく続いたある日、車体ががたんと揺れる。アナウンスによると電車のトラブルだそうで私の最寄で緊急停車してくれる。幸運に助けられながら駅を抜け西口に降りる。薄暮れで霞んでゆく視界を捉えながらバスを待っている。ふと水分の枯渇を感じて近くの自販機でジンジャエールを購入する。約半分を一気飲みして駅の支柱に入り浸る。すると薄暮れをものともしない金髪が駅の壁から生えてくる。映えてくる。彼女は鞄を怠そうにぶらさげながら私との直線を縮めてくる。
「おい」
初めて彼女から意思を贈られる。
「お前うちと同じ生徒だよな?」
「そうですけど」
あわよくば同学年であるけどそれは脇に放置する。
「さっきあたしのことチラチラ見てたよな?」
ざくり胸に気まずい攻撃が刺さる。何を言えば言い訳すればいいのか分からず狼狽える。
「何、あんたあたしのこと好きなの?」
「いや、そんなことは、」
「じゃ何、嫌い?」
彼女が至近距離に踏み込んでよもや私の首元を引き寄せようとする。互いに初対面であることを彼女は無視する。それにしても好きかなんて至らなかった発想に新鮮みを抱擁する。
「えぇーと、分かんないです……」
「あんた優柔不断だね」
ぐっと近づいていた彼女の顔と金髪がそう言い捨てて一歩下がる。離れ際彼女の髪は色だけでなく香りまで鮮やかなことを知る。
「あー何だ、違うのかよ。まったく、電車事故るわ恥かくわで今日は最悪だわ」
朝の占いは恋愛運上昇とか言ってたのに、小言で付け加える。口にする割には恥じらいのない明媚な表情に彼女の内面を読み取る。
「お詫びとして、飲ませてよ。」
バスがまだ来ないことを確かめると彼女が言う。何で、よりも何を、が先立つけれど、聞く前に彼女の目線から私の買った飲み物であることが分かる。
「これもう炭酸抜けてますよ」
「ちぇっ」
彼女が舌を尖らせる。そうすると見た目とは違ってあどけなく思える。
「……やっぱ、抜けてないかも。」
「どれ。」
心を緩めた瞬間、彼女がペットボトルを奪取する。引き止める間もなくキャップを回し縁に唇を付ける。彼女の上唇が私の付けたかもしれない箇所に這いずる。許したつもりだけど、あまりの彼女の遠慮の無さに、何故か私が熱くなる。
「これ、生姜強いわ。」
半分の半分ほど残して彼女が口からボトルを遠ざける。飲料を粗末にしてはならないから私が預かろうか元から私のものだけど、と思っていると程なくしてまたラベルを傾けて何だかんだ彼女は中身を空っぽにする。じゃあゴミは持ち帰らないといけないから私が預かろうか元から私のものだけど、と熟考しているとそれを持ったまま彼女は私から離れ自販機に移動し、相方のゴミ箱に投棄する。
「あっ」
思わず間抜けな声を出して彼女の帰りを待つと、彼女は再び異端なほど近寄り、上目遣いをする。
「……残念に、思った?」
彼女の言葉が耳元で挑発する。
薄暮れの中で、彼女のしたり顔は紅く光る。
何が、よりも何で、が分かった気がする。
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