《十二月編》百合短編集

いろいろ

①ついニート

あたしニートじゃん。

気付いた時には遅かった。何と言っても活動意欲がないもの。こうして布団で顔を隠す。強烈な午後三時の紫外線で髪を焦がして。布団でぐーたら。ごろごろする。寝ようとすること以外しないし、別に寝なくてもいい。生産することや自分の存在とか色んなことに飽きた。現在しか見たくないから寝返りを打つ。髪を手櫛で梳かす。安らぎとごまかしを与える布団は親友だと思った。そんな現在で考えごとをしちゃうのは何でだろ。壁際に偏って、おでこと布団をぎゅう。辛い記憶を思い出して、もっとむぎゅう。布団をマスクと思って叫ぶ。ぴぎゃあああああ。……ふ、ふふ。

あたしはただ何もしてない。この一時間で何をしたかと言われたら、ウェブサイトを閉じては開いての往復をたくさんした。この一週間で何をしたかと言われたら、洗顔して昼ご飯に遅刻してお風呂に入って常備薬を飲むことの円環だった。変わらない毎日であるのはともかく、自分以外には作用してない。誰かに何かをした履歴がのっぺらなのが痛い。痛みは羽毛で守ろう。ふっかふか。

こんなだめだめな生き方いけない。起点さえ掴めれば脱出できそうではあるんだけど。夜の進行する間溜まりに溜まった課題に手を付けるかもしれないほどに。その時になって今過ごしている怠惰な時間を振り返り情けなく思うもの。だけど布団を墓場に埋められるようにあたしの心情景色もずぶずぶ沈むから、当分むり。今はそういう波の渦中。

だからと言って他人に触れたくもない。あたしがだめだめなら、他人はだめだめだめーっ。だっていつあたしの思い描く理想に逆らってくるか分からない。他人が描いた作品を読んでも、あたしに効く毒があったら台無しだもん。だから自給自足するしかないのにそれも面倒くさい。という病態。というか気分が乗らない。鬱々した過去を引き摺って。

あたしの十数年、改装したいほど回想してターニングポイントになったのはやっぱり中学時代の失恋。頭ではニュースで取り上がる、恋愛の悩みによる自殺なんて安直だと思い込んでいるあたしだけど、あたしも幼気な痛みにしつこく漆黒に苛まれているんだなってね。失恋と括ったけれど告白して振られたのではなく傍から観察していた時その彼女の微細な立ち居振る舞いや言葉の断片からあたしじゃ不可能なんだなと悟ったのだけど、当たって砕けろいっそ挫けろで思いを伝えればよかったという名残惜しさ含めて当時の時間を持ち越している。あの時話しかけなかった自己嫌悪と経年美化された彼女の容姿を瞼の裏と布団の間に擦りつけて、テンションが急傾斜なベクトルに沿ったけど一次独立によりあたしの平面が決定されることはなかった。あたしは三次元だからな、アテンションプリーズ。もちろんしてこなかった勉強を議題にすると頭痛薬を服薬したくなるからこれ以上は止める。

あの娘の姿、特に机以上の上半身を脳汁で出力すれば媚びてきてこびりついて離れない。「○○……○○…………!」唸るように彼女の名前をあたしの声に換えて発散する。狭義の一人暮らしをしている内に思考を声に出す癖があたしの板に付いた。あたしの板、と言っても上半身の話はしてないのでやめてほしいですが。まな板ではありませんはず。巡回する思想の道中、声を出して、ここに出して、もっともっとぉ、ほぉら良い声聞かせてとこの惑星の何処かのあの娘にメッセンジャーする。メッセンジャーと炊飯ジャーは似てるから、炊きたての伝言を盛り付けたみたいだった。しかし浮かぶのはあの娘の映像だけ。あの娘にも好きな食べ物趣味その他はあったのかなと追想して、彼女に対して無知の知になる。

彼女へ摂氏零度の悲恋を抱えて暇な恋心を弄んでいると、彼女の顔は前菜であたしは汁物で主食は布団の温かみみたいだと思った。だから悦に浸る材料にしつつも、別段会いたい会いたいって気持ちはない。震えもしない。悪魔でも天使でも過去話なのでリアルタイムで彼女が彼女と交尾しても後輩に交配されてもポテチを食べながら拝観できるだろう。彼女はただただ唯の無料の実験マウスが載る資料集の中でコラムを担当するのだ。貰ったように思い違うあたし独自の愛情は数知れず、付き合えていた場合の新婚生活は花びら舞い踊る様で憧れるけど、今はあたしの気楽と快楽に平伏して貰う。あたしにとってはあたしが最も可愛い、略して最かわだから。だけどけどけど、そんなあたしもだめだ。あたしの為とは言え彼女の妄想が咲くのに時間を割き過ぎてる。過去が粘着テープで雁字搦めで離れなくて十秒に一秒は自責の念を暗誦するんだ。彼女に耽るにつれてそれが増す。

あたしは今、あらゆる努力をしていない。こんなこと思ってたり言ってたりする場合ですらないのに、でもやっぱり努力してない。努力してないから、結果が伴わないのも当然なんだよね。布団の中、夢見がちで将来を描いたり、中途半端な眠気をいつまでも延命して彼女の記憶で気を逸らしたりで成果はあたしの外に何もない。着々と限界を極めようとしてる。効率的に考えれば彼女も他人でしかない。あたしの無気力に比べれば彼女なんて豚カツ定食に連れ添う昆布の佃煮に等しいし恋をするなら彼女じゃなくてもいい。彼女が彼女であるから想うというほど彼女が特別であるんじゃない。それなのに彼女のことが釣り堀の虹鱒みたいに何度も引っかかっては釣果が望めない。ないない尽くしでふしだらなあたしが出来上がる。悪循環だよ。

かれこれ日が浮き沈みする間、布団を捲くらないほど被りまくってる。起きて汗腺を働かせながら布団を愛し愛されたので靴下を履かずとも流石に素足の裏が蒸れてきた。誰かこの足をぺろぺろしてくれる女の子が宅配されないかな。指の間に舌を出したり入れたり、ずばずばぐじゅぐじぁ。って想像が十八歳以上になりかけた。どんまい、えっちな思案はお手頃な逃避なので。逃げちゃダメだけど逃げちゃダメだけど逃げちゃダメだけど。人間は現在を暮らすのに現在だけに現を抜かしたら未来がない、というのはパラドックスなのか何なのか解釈し辛いけど皮肉で苦肉なものだよ。時間が横並びだったらいいのに。死んでるかもしれない不確かな先のことなんて知ったこっちゃないし。瞬間瞬間で輝きたいのです。

だからついしちゃう。ついサボっちゃう。目的地にない遊郭に興味を駐車して、カーナビの訴えをシャットダウンする。カーナビ自体が不良品かもしれないのはさておき。当然あたしは家からあまり出ないし免許もないから暗喩だけど。こうしてあたしの思考もループする。進歩がないまま同じことを繰り返す。全然あたしの立てた予定通りじゃないんだ。「つい」それが誘惑になる。「つい」それが言い訳になる。「つい」アンインストールしようとて、またインストール。脱却できない現実が手元にあって、夢もあるけど空のお星様。蛇行運転で三日月湖に水没しかける。ふらふらした身体でトイレに行く。インスタントを食べる。何度も何度も花弁を摘む。全部意味がなくなった。

あーー!!!!!!!身体中掻きむしりたい!身体の中を掻きむしりたい!だけどその気力もない。

あーー!!!!!!!

あーー!!!!!!!!!

叫びたい!!!!!!

いやあーーー!!!!!!!

…………不完全ニートが完全ニートに。

これは、サボタージュの極致なのかな。おかしいな。今日は何も義務がなかったはずなのに。何もない代わりに何もしてなかった。時計の針の方があたしより速い。このままじゃあたしは錆びれた頭で、恋愛的トラウマに生き方を味付けされながら、諦めたように眠り、その内言い訳すらしなくなって、あたしがあたしじゃなくなって。過去のあたしを否定して。真実から遠退いていくのかな。そんなあたしが恐い。こんなあたしを終わらせたい。というか既に、終わってる?

いやいや終わりじゃない。むしろ始まった。ニートが正解だよ。むざむざ努力する方が不自然だとは思わないかね。えっへんわはは。ばーかばーか。あたしのばか。

相反する気持ちはきっと時間のせいだ。時間が思い出を補正するから昔の彼女は愛おしくて懐かしい。逆に未来のことは疎ましい。そして現在はその二人から同時に求婚されて困ってるんだ。うんそうだ、そうに違いない。そういうことにさせてください。諦めじゃなく容認、言い訳じゃなく理由、あたしはあたし。ありのままというやつですね。

何にせよ時間との縁を切ることはできないから、完全ニートなあたしが今、願うことは。

未来のあたしが現在のあたしを愛してる。

それくらいだよ。

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