第1.5話

 高天原から俯瞰する景色は、いつも淡白で退屈なものだった。

 数千年の歳月を経ても、なんの進歩もない人間たちに、もはや失意を毛先も感じることは無かった。

 人間の技術的進歩に精神的進歩が追いつくことは、永久に訪れないだろう。

 どれだけ機械が暮らしを楽にしようと、どれだけ財を蓄えようと、人々は手に石を掴みそれを放ることを辞めることはない。

 わかっていた事だ。


 人々に愛を訴える人間もいた。人々に和を唱える人間もいた。

 人々は痛みを持ってそれに応え、死を持ってそれに報いた。

 わかっていた事だ。


 何百年前か忘却したが、禁を破り岩戸を開けた。

 だが、太陽が隠れてしまうことは無い。は私ではないのだから。

 時代が進むにつれ、科学が発達するにつれ、神の役目は少なくなっていた。

 神が造った人は、

 わかっていた事だ。仕方のない事だ。


 ある晩、声が聞こえた。届くはずのない声が聞こえた。

 何の気なしに外を見やると、少年が舞っていた。

 奇妙で、不器用で、無邪気で、楽しげなその踊りは、どこか懐かしいものだった。

 少年の苦悩と希望を孕んだその心は、吹けば消し飛んでしまいそうな体で強く抗おうとするその姿勢は、私たちが愛したもの、私たちが求めたもののそれだった。

 私は、気づいたら笑をこぼしていた。可笑しかった。何故かはわからないが、腹の底から笑っていた。

 少年の阿呆みたいな踊りは、私の伏した心に光をもたらしていた。


(今だから、下界に下るのも、いいのかもしれない。この少年ならきっと......きっと私を照らし、私に照らされてくれるだろう)


 自然とそう思っていた。


「あのー! あのー!? 何をなさっているんですかー?」


 体は岩戸を蹴破り外に出ていた。


 我が名は、アマテラス。国を育み、人を祝福した神。

 今日から、女の子をはじめます。

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