ヤオヨロズ!

夏め渚

第1話

 現代に生きる人間に癒しは必須だ。スポーツ、音楽鑑賞、動物との触れ合い......他にもいろいろあるだろう。

 山奥はいつも通り静寂を保っていた。時刻はAM2:00。当たり前だ、深夜の山になんて今どき山賊や山姥だっていやしないだろう。誰も俺を止めることは出来ない。

 少年の心は近頃荒んでいた。世の中の不況の波は、昏きも明るくせんとする若者だろうと容易く飲み込んでしまうのだ。不可視の未来を覗こうとすると、その深淵に心が取り込まれてしまいそうになる。少年少女皆、大小さまざまな悩みを抱えて生きているものである。

 運んできたラジカセにスイッチを入れる。少し古いそのラジカセからは、不可思議な旋律が再生される。少年が色々なジャンルの著名な曲を気の向くままに合成したものだった。

 血が踊り出す。全身の神経が高揚を感じる。

 メロディに合わせ軽快に大胆に体を動す。


「Foooooooooo!」


 踊り狂う少年は率直に言えば全裸だった。

 少年にとっての癒しはこれだ。

 ただこの瞬間だけ自由になった気がするのだ。全てのシガラミから解放されたようなそんな......。

 ──ガコッ。


「yearaaaaaa! AaaaaaaaaaaaaFooooo!」


 無常を孕むその無力な雄叫びは

 ──ガコガコ。

 言うなれば神に捧げるようなものであった。

 ──ガコ......バタン!

 大音量で音楽を響かせ、大声を出している少年に岩がズレる音なんて聞こえるはずもなかった。


「......のー!」

「?」


 上方から大声が聞こえた。


「あのー!? 何をなさっているのですかー?」

「踊っているんですー!」

「やっぱり! すごい舞です! 神様ポイント2000点!」


 仰ぐと少年の前には先程までなかった岩から顔を覗かせている美少女の顔があった。

 音を立てずに少女が着地する。というか若干浮いている。これが浮遊層という奴か。

 笑顔が眩しい。後光がさしてさえいる気がする。少し幼さを残すその顔は、何故か超然的なものを感じさせた。

 思わず頭を垂れる。深夜の山奥で少女に土下座する全裸の男を往来の人が見たらどう思うだろうか。地獄絵図じゃん。

 素面に戻っていく神経が改めて、自分が生まれたままの姿だという事を訴えかけている。というか全部見られた?


「素敵な舞ありがとうございました。申し遅れました私はアマ「イヤアアアアアアアア!!」」

「え、それ私のセリフなんですけど!?」


 少年の絶叫が少女の自己紹介をかき消した。

 少年は疾走していた。

 誰にも見られてはならない秘密を見られてしまったのだ。無理もない。その恥ずかしさは先生をママと呼ぶとか、自慰を母親に見られたとかそんな比では無かった。純潔を汚された気分だ。

 さて不幸なことにも......がむしゃらに少年が走っているこの月見山と呼ばれる山は、山に海の隣接した景勝地である。


「あらぁ......」


 少年は世界一間抜けな声を上げて、大海に吸い込まれていった。

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