第3話

 和田つづじとの出会いを忘れることは無いだろう。


 日差しが照りつける夏。お日様も夏バテしてしまいそうなそんな日だった。


「なんだあれは......」


 形容し難い光景が、目の前に広がっていた。

 同年代くらいだろうか?華奢な少女が、吐瀉物塗れで打ち上げられた魚ように倒れていた。事件性しか感じない。

 だが、迷いはなかった。とりあえず手を差しのべる。


「あの、大丈夫ですか? 酔い止め、ありますけど飲みます?」


 ピクピクと蠢いていた少女が顔を持ち上げた。

 まるでアニメから飛び出してきたような顔立ちだった。少年の少ない語彙では、表現が難しいほどの美少女。

 昼間からゲボまみれの女の子だからもっとやばいやつを想像していたのは内緒だ。

 ゲボまみれじゃなければ、それこそ恋に落ちていたかもしれない。


「見つけてくれて......ありがとう」


 握った少女の手は、壊れてしまいそうなほど繊細だった。


「う......ゲボをかけないで......頭が......ゲボのチーズフォンデュか......はっ!?」


 意識が覚醒した。悪夢にうなされてた気がする。

 見知らぬ部屋だ。とても簡素な部屋。生活できる必要最低限のものしか置かない、そういった家主の性格が伺えた。

 ......いやまあ、隣で寝てますよね家主の和田さん。


「おはよう......昨日は......激しかった」


 目をこすり体を起こす和田。頬はほのかに紅くなっていた。

 なんだろうこの既視感......。

 しかし、俺が倒れてから恐らく一時間もたってないぞ。どこの時空で生きてんだこいつ。

 和田は所謂「彼シャツ」スタイルだった。いや俺のシャツじゃないし、彼氏でもないんだけど。なんでそんなもの持ってんの。サイズが俺ぴったりそうなのも怖いよ。


「前、私はあなたに介抱された。だから今度は私が介抱する番。逆介抱ねとり? みたいな」


 何を言ってるんだこいつは。介抱じゃなく解放してくれよぉ!


「ところで和田さん」

「......?」

「アレなんですか?」


 それは先程から嫌というほどに自己主張していた。


「あれは......あなたの服。さっき作った」


 ふんす。と鼻息を荒くする和田。

 真っ黒な服とズボンがハンガーにかかっていた。圧倒的な存在感を放つそれは、どう見ても海藻......味噌汁でおなじみワカメ。

 今どき企画もののAVでもこんなことしないよ......。

 少年は灰になりたかった。


 彼が家を出ていってから、少し落ち着かない。彼のために作った服喜んでくれただろうか。ソワソワする。いつの間にか彼は私の日常の一部になっていた。


「海の味がした......」


 そう言って彼女は唇を触り微笑んだ。どこまでも安心した優しい笑顔だった。

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