第4話 転生

頭の中に情報が流れ込んでくる。

脳の構造的な問題で2歳くらいまでは今の僕の意識がないらしい。

 それに、生まれて間もない間に言葉が習慣づくので、その間は意識がないほうが都合がいいそうだ。


 元居た世界の言葉とこの世界の言葉で言語が困惑するのを防げるからだろう。


 さてそろそろ起きますか。



 目を開けると、見慣れない天井があった。


 起き上がろうと体に力を入れるがうまくいかず、横にあった重く冷たい何かに手をぶつけた。


 見てみると長い棒・・・と言うよりは十字架?のような何かがこちらに倒れようとしている。

 受け止めようと手を前に突き出した。


 そして気づく。


 僕の手がなんか異常なほど短いんだけど!?。

 あ、しまった…僕今2歳だった。


 というバカみたいなコントを自分の中で繰り広げ、僕が二度目の死を覚悟したその時、ゆっくりと加速しながらこちらに迫って来ている何かを逞しい手が掴んで止めた。


 僕の命を救った手の持ち主は掴んだ何かを持ち上げて言った。


「あっぶねええええええ!!今の危なすぎだろ!?近くにいなかったら終わってたぞ!?」


 体が動かないという状況に戸惑って死ぬとか思ってたけど、よく考えればこの程度で死ぬわけなかったなと思いつつ、僕はその声のほうを見た。


 するとそこには一人の男がやかましく何やら言っている光景があった。


 長身で、黒髪赤目。顔は目が少し死んでいる気がするが整っている。

 雰囲気からは柔和なイメージを抱かせられる。


 この人は誰だろうと思ってみていると、男は僕の視線に気づき、


「おはようハル。驚かしてごめんな~。」


 といって、頭をなでてきた。

 僕は疑問を抱いた。

 おそらくこの男は僕の父親だろうが、普通の親子とはこんな関係ではないはずだ…あれ?どうだったっけ?こんな感じだったような…。


 なぜか思い出せない。

 思い出せないが少なくとも僕の家庭はこんな感じではなかったような…。


 これ以上考えても無駄な気がしたので、とりあえず自分の周囲の環境を確認すべく起き上がる。


 さっきはまだこの体の動かし方が分からず大変なことになってしまったが、今はもうこの体に慣れてきていた。

 さすがに走り回ったりするのは無理だろうが、起き上がるぐらいはなんてことはない。


 周りのものが元の世界より大ききがしたが、おそらく僕が低身長で視点が低いことが原因のだと思う。

 家具を見た感じ、文明レベル的にはやはり中世だ。


 今いる部屋は扉で囲まれていて外がどうなっているのか分からない。

 部屋が続いていると信じたいが、もしかしたらそのまま外という可能性もある。


 床がフカフカしてるな~と思い足元を見ると、布団のようなものが敷かれていた。


 元の世界で売られていてもおかしくない程ふかふかだし、この布団は結構値が張る気がする。

 そう考えるとこの家はお金持ちなのかもしれない。


 まあ、貧乏な家に生まれるよりは金持ちの家に生まれたほうがいろいろ不自由しないからうれしいが、親を値踏みしている感じがして自分が嫌になる。


 すると、扉の向こうから声が聞こえた。


「おとうさーん、朝ご飯できたよ~」


 これはお母さんの声だろう。

 この男…じゃなくてお父さんの呼び方的に。


「はーい、すぐ行くよー」


 と元気な返事を返すお父さん。


「ハルも、いくぞ~」


 と言いながら僕を抱え上げ、首に乗せ肩車をした。

 僕は、突然訪れた浮遊感に恐怖を感じたが、初めてされる肩車は慣れると案外悪くない気分だった。


 お父さんは僕を肩車したまま、扉を開いた。


 やはり扉の先にも、部屋は続いていた。

 リビングのようだ。


 部屋は思ったより大きい。

 やはり金持ちらしい。


 テーブルは木製で表面はとても滑らかだ。


 そして、照明は見慣れないものだった。

 光が浮いているとでも表現しようか、たぶん何らかの魔法の一種なのだろう。


 そして、キッチンのところにお母さんと思われる女性が立っていた。


 背はお父さんより少し低い。白髪青目で長髪。

 髪を結んでいて髪型はポニーテール。顔立ちはお父さんと同じで整っている。

 そして綺麗な顔立ちで凛としており、口元に浮かぶ微笑が妖艶さを出している。


 美人だ。

 なのに全くドキドキしない。


 親だと体が分かっているからなのか子供だからなのか。

 少し残念な気持ちだ。


 いや、でも自分の親にいちいち欲情するのも問題な気がする。

 まあとりあえず良しとしよう。と自分の中で結論を出した時、お母さんがお父さんに言った。


「おとうさん、なんで剣を持ってきてるの?」


「え?もってないよ?」


「自分の腰にかかってるのは剣じゃないのかしら?」


「あ、ほんとだ」


「素振りでもしてたの?」


「いや、さっき剣が倒れて…じゃなくてそうそうす、素振りしてたんだ!ほんといい汗かいたな~」


 お父さんは必死でごまかす。

 お母さんは、ジト目でお父さんを見つめ、言った。


「の割には、汗をあまり書いてないように私には見えますよ?」


「いやあ、もう素振りしてから時間たってるから汗も乾いたんじゃないかな~。」


「へ~?つまりお父さんは、その件を腰に下げたままずっと仕事をしていたわけですか?重くて邪魔でしかないのに?」


「ト、トレーニングだよ!筋トレは大事だもんな!」


「なのに気付いてなかった?」


 お母さんがにっこりと笑った。

 お父さんも笑顔だがその笑顔は引きつり気味だ。


「い、いやいやいや、剣が軽すぎて気づかなかったんだよ~!」


「それじゃあトレーニングになってないと思うけど?」


 お母さんが追い打ちをかける。


「きょ、今日の朝ご飯は何かな~?」


 お父さんが逃げた。だがお母さんは一度射た獲物は逃がさない。

 お母さんは、小さく笑って言った。


「そこに、正座」


 お父さんが観念したようで、シュンと小さくなって「…はい」と絞りだすように答えた。



今この部屋ではお父さんの尋問が行われている。

当然、尋問間はお母さんだ。


「何回あそこに剣を掛けるなって言ったら分かるのかしら?ねえ、お父さん?」


お母さんがナイフをペン回しのようにくるくると回しながら、正座しているお父さんを睨みつけている。

お父さんは一瞬びくっとなってすぐに完璧な土下座を繰り出し、震えた声音で言った。


「す、すみませんでした…次からはっき、気を付け…」


「それ毎回言ってるわよ。」


お母さんの雰囲気が恐ろしく剣呑なものに変わる。


僕は立ち位置的にお母さんの顔は見えない。

だが、顔が見えなくても凄まじい殺気がビシビシと伝わってくる。


そんな鬼…いやお母さんに見下されているお父さんの心境は言うまでもない。

お父さんはまるで猫につかまったネズミのように小さく縮こまっている。


お母さんはやれやれといった様子でため息をついて言った。


「はやくご飯を食べましょう。冷えてしまいますし」


お父さんはぱあっと顔を明るくして、そそくさとテーブルのお母さんの座っているところの正面に座った。


するとお母さんが僕の方を見て怪訝そうな表情を浮かべた。

僕に何かついてるのかなと思って体を確認したが何もおかしな点はないように思える。


すると見かねたようで、お母さんが言った。


「ハル?どうしたの?」


「え?」


「え?って…ご飯よ席つかないとだめじゃない」


「う、うん。分かった」


僕は困惑しながらも残っていた一席の手前にあった段差に近づいた。


僕の家は親と一緒にご飯を食べなかったはずだ。

あ、でももしかしたらこの世界では親と一緒にご飯を食べるのが普通なのかもしれない。


きっとそうだ元の世界とこの世界では親子の関係は違うんだ。

そう思い、段差のようなものの上に立ち、椅子によじ登る。


「え?」


とお父さんがなぜか驚いたような声を上げた。


また何か違ったのかと思った僕は何が違ったのかを考える。

椅子に自分で登れなかったのまずかったのかもしれないし、いや待てよ…あ、もしかして…


「お母さん…さっき、喋った…」


「私?喋ったけどそれがどうしたの?」


「いやいや、ハルが…喋った…」


「は?お父さん何言って…え?」


お母さんも驚愕した表情でこっちを見た。

あ、うんやっぱそうだったか。


その後バッとお母さんとお父さんは顔を見合わせて言った。


「「喋ったああああああああ!!」」


お母さんとお父さんはその後10分間にわたり、何やら言って喜んでいた。

そしてようやく落ち着いた時にはもうご飯は冷えていた。

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