第3話 イレギュラー

 今僕の周りにはひげを腰まで垂らしたおじいさんと遮るもののない果てしなく続く妙な空間があった。

 しかもおじいさんは、何か意味不明なこと言ってるし。


 何が起こっているのか全く分からない。


「勇者・・・ですか?」


「うむ」


「勇者ってあの魔王的な奴倒すあれですか?」


「まあ、そうじゃな。今、魔王はおらんのじゃが」


 やばい全く理解できねない。


「ちょっと待ってください・・・」


 とりあえず落ち着こう。

 ゆっくり落ち着いて考えるんだ僕。


 まずはこの謎空間。


「あの、ここはどこですか」


「ここはお主で言うところの天界じゃ。」


「天界?」


「天界は死者の国のことじゃ。じゃから天国のような善人のみがいけるというものではない」


「え?もしかして僕・・・死んだんですか?」


「ああ、死んだ」


「死因は?」


「交通事故じゃ」


「そうですか」


 死。

 これは大きなことであるはずなのだが。

 なんだか危機感が出ない。


 悲しくもない。

 もともと生きているのか死んでいるのか分からないような生き方だったからかもしれない。


「おじいさんは何者ですか?」


「わしはなんと説明すればいいがわからんが、概念的には神じゃな」


「はあ・・・神様ですか・・・」


 もう頭が痛くなってきた。

 すると今度はおじいさん・・・神様が口を開いた。


「おぬしには今試練を受けてもらったんじゃが、自覚はあるかのう?」


「試練?」


「やはりないいんじゃな。試練を乗り越えたやつに限ってその自覚がないとは、他の奴らも報われんのう」


 何を言っているのか全く分からないが、もしかしたらさっきまでいた黒いもやもやした所のことを言っているのかもしれない。


「あの、試練とは何ですか?」


「試練とはな、死者に自分の人生のゆがみと向い合せ、その歪みに打ち勝つことができれば、新たな生を得られるという儀式のことじゃ」


「人生の・・・歪み?」


「人は生きていくうえで様々な問題を抱える。そしてその問題をなんらかの手段を用いて解決し、また次の問題に取り掛かる。それを何度も死ぬまで繰り返し自分という人格を磨いていくことで歪みが小さくなる。基本的に15歳から40歳辺りに歪みが溜まる。それを越えてから歪みが減っていく。じゃがな、問題を解決することで歪みが減っていくといったが大抵の人間は問題を解決しきれていないのじゃ。」


「どういうことですか?」


「つまり、解決したと勘違い、または自分に言い聞かせているということじゃ。」


 僕は思い当たることが何回もあることに気づき、胸が苦しくなった。


「そしてその解決しきれていない部分が、滞り、固まり歪みとなる。」


「その歪みと言うものに向き合うことと新たな生を得られることはどういう関係があるのですか?」


「歪みに打ち勝てる者は勇者の素質があるからじゃ」


 そこで最初に戻るのか。

 でもある程度は理解できた気がする。

 大体はつながってきた。


「人生の歪みとは言うならば、心の闇。今まで目を背けてきた己の欠点と向き合うことは常人の精神力では到底耐えられるものではない。」


「じゃあどうやって突破すればいいんですか?」


「歪みにも大きな歪みと小さな歪みが存在するのじゃ。大雑把に分けるなら、性格がねじ曲がっていたり、犯罪に手を染めたりしている者ほど歪みが大きい。性格がまっすぐで明るく素直なものほど歪みが小さい。小さい歪みなら常人の精神力でなんとかなる可能性があるのじゃが。今までこの試練を歪みが小さかった者で乗り越えたのはたった一人。そして彼奴は歪みの全くない、規格外イレギュラーな奴じゃった。」


「歪みがない?」


 そんなことがあり得るのか。

 でもクラスに一人はいるリーダー的な存在の奴がその純粋な心を持ったまま寿命で亡くなったとしたらあり得るが、さすがにそれはないだろう。


「あの規格外イレギュラーは試練という枠組みに収まりきらんかったがために勇者になったものなのじゃが・・・」


 そこで神様が一拍、間を置いた。

 そして重々しく口を開いた。


「はっきり言って、お主も彼奴に匹敵するほどの規格外イレギュラーじゃ」


「え?」


 いやそれはない。

 むしろ今までの話聞いた感じだと僕、結構歪みがあると思う。

 あ、でも15歳からカウントされるんだったらまだ少ないかもしれない。


「これを見よ」


 神様が手をたたき、よぼよぼのしわだらけの手を打ち鳴らすと、目の前に突如、鏡が出現した。

 鏡には生前と全く変わらない僕が映し出されていた


「まず儂が普通レベルと定めている大きさの歪みじゃ。」


 すると鏡に映っていた自分が霞んで消えて変な黒く丸い塊が映し出された。

 卵?のような形で、蠢きながら脈動している。


 見ていて気分が悪い。

 これで普通レベルだと犯罪者たちはどんな形なんだろう。


「そして、これがお主のじゃ」


 鏡がまた僕を映しているものに変わる。

 そして、僕の歪みを映した。

 僕はそれを見て言葉を失った。


 黒い物体なのだ。


 黒い物体なのだが今度は形がきっちりしている。

 一つの塊から4本の細長いものと一つの丸い物体、そして2対の翼が生えている。

 細長いものは先が5本に分岐している。


 少し歪ではあるものの人型だ。

 顔は後ろ姿なため見えないが間違いなく人型だ。


 だがここが問題だ。

 なぜ人型なのか。


「神様、なぜ僕のは人型なのですか?」


「この鏡は歪みの本質を可視化するものじゃ。歪みは生きていく中で薄く薄く固まっていき一定の値で卵になる。そこから成長を繰り返す。そして成長を繰り返し孵化するとその依り代の人格を喰らうてしまうのじゃ。」


「でもそんな話聞いたこともないです」


「それはそうじゃろう。孵化するほどの歪みを持つ頃にはその苦しさに耐えられず人格が崩壊しておるのじゃから。」


「でも僕は生きています。あ、死んでるんだっけ。」


「いやその通りじゃ。おぬしの人格は生きておる。」


「孵化しているものをどうにかする手段はないんですか?」


「ん?何か勘違いをしているようじゃが、お主の中に歪みはもう残っておらんぞ?」


「え?どういうことですか?」


「儂は死んだ者たちの歪み討伐のためにここにおるのじゃ。試練を乗り越えたものの案内役でもあるのじゃがな」


「討伐?」


「いかにも。卵サイズでも割ればなかなかの奴が出てきたりするぞ。さすがに孵化したものを相手にしたのは今回が初めてじゃったよ。」


「試練の時におぬしが向き合い、引きずり出したのを儂が討伐した。その時、儂が討伐した歪みが今映っているやつじゃ」


「ちょっと待ってください。じゃあまだ僕の歪みはたくさん残ってるんじゃないですか?」


「その通りじゃ。なんせお主はある程度向き合って逃げてしまったからのう。ほっほっほ」


 僕は面食らって顔を背けた。

 やっぱりこのおじいさん知ってたんだ。

 これが黒歴史を握られた感じなのか。

 僕は話題を逸らす。

「じゃ、じゃあ残った歪みはどうするんですか?」


「わしがお主を送り出した後で倒しておくわい」


 その言葉に言いようのない不安感を覚え、僕はうつむいた。


「・・・」


「なあに、心配することなどないわい。わしはこうみえても元勇者なんじゃから」


「勇者!?おじいさんがですか?」


「いかにも。じゃから勇者になるお主も最後にわしと同じ職に就くわけじゃ」


 生者の歪みから生まれた魔物を狩り、人知れず地上の秩序を守る守護者。

 厨二心をくすぐられる。


「怖いじゃろお。ほっほっほ」


「いえ、その時が楽しみです!」


 すると、おじいさんは嬉しそうな、どこか悲しそうな顔をして言った。


「そんな日が来るじゃろうか」


「え?それは一体どういう・・・」


 その瞬間、おじいさんが顔を引き締めた。今までの柔和な表情が嘘のようだ。だがそれも一瞬で表情は戻った。しかし口調からは先ほどの雰囲気が漂っている。


「ちと時間が無くなった。まじめな話をするぞ。おぬしの歪みはお主の人格から出たものじゃ。つまり今、儂が全部なくしてもお主が歪みを生み続ければすぐに元通りじゃ、わかっておるな?」


 僕は息を呑む。僕はしっかりと答えた。


「はい!もう自分からは逃げないと決めたので」


「その心意気じゃ。では転送するぞ」


 と、神様は言って指を鳴らした。

 すると僕の足元を起点に数えきれないほど多くの幾何学模様が出現し、一瞬大きく広がって、直後収縮して集まり半径1メートルほどの円を描いた。

 魔方陣というやつだろう。

 するとその陣が光り輝いた。

 光が僕を飲み込んでいく。


「無理に勇者になる必要はないんじゃからな。気楽に次の生を楽しむのじゃぞ!」


 神様からの激励を受けて答えた。


「次に会うときまでにもっと立派になっておきます!」


 僕は精一杯笑って言った。

 その瞬間、魔方陣が一際強く輝き、その光に飲み込まれた僕は、魔方陣とともに姿を消した。



 その光景を見届け、一人になった神は、ため息をついた。


「次に会うとき・・・か」


 どこか悲しそうに呟き、先ほどまで魔方陣があった所と、反対の方の空間を睨み言った。


「そんな日が来るのかのう?」


 その言葉が合言葉だったかのように空間に小さなひびが入る。

 そのひびはパキパキと小気味良い音を立てながら分岐し、広がり、亀裂に変わる。


「なあ・・・答えてくれんか」


 空間が割れた。

 中から闇が雪崩のように溢れこちらを侵食していく。

 その空間の割れ目の淵を大きな手が掴んだ。


「儂はいつまでお前の遊び相手をやってやれるかの・・・」


 その闇の前身が出てきた。

 歪み特有の蠢きがない正真正銘の怪物だ。


「歪みが孵化することなどありえないと思っていたのじゃが、こんなものを見せられてしまっては信じるしかないな。しかもこれが16歳。交通事故で死んでなかったら一年もしないうちに表層に現れたこいつが世界を滅ぼす可能性すらあったな。ハハッ事故ったやつはある意味救世主じゃねえか」


 口調が若返る。


 そして、神様の姿が変化していく。


長かったひげはどんどん短くなって吸い込まれるように消え、常に閉じていた眼は瞳に炎を取り戻し、目つきは剣呑なものに変わる。

白髪は毛根から、燃え上がるように一気に赤く染まった。


「さあて、歪み退治の時間だ。」


 いつの間にか腰に現れた煌びやかな剣を鞘から引き抜いた。

 剣の刀身には、精密に何かの文字が剣先に至るまで刻まれていて、一種の芸術品のような美しさを纏っている。


 そして、怪物が全身を現した。


 怪物の降臨を祝福するかのようにケラケラと笑い声が幾重にも重なって響いた。

 あまりの不気味さに見ているだけで気分が悪くなる。


 怪物は人型・・・のように見える。

 大きさは約16メートル。

 見上げるほど大きい。


 全身は黒いが、歪み特有の蠢きがない。

 完全体らしい。


 体はローブのようなものに覆われていて、首から数珠のようなものが垂れている。

 背中には羽が生えているのだが天使の様なものではない。枯れてよじれていて、羽として機能していたものの残骸のような羽が背に8対。


 ローブの中から少し出ている手は、細長くただれているような波状をかたどっているが爪は異様に長い。

 腹部には小さな口のようなものがいくつも空いている。

 これが先ほどの笑い声の正体だ。


 顔は老婆のようで、崩れかけた王冠をかぶっている。

 憎悪の権化とでもいえるほどのおぞましさだ。

 神は怪物に語りかけるように言った。


「あいつの歪みがそのまま形になってるようだな。あー、これは無理だわ勝てねえわ。」


 神はゆっくりと煌びやかな剣を肩に担いだ。


「だがな、この空間で俺を殺しきれると思うなよ。あいつの所にはいかせねえ。何十年でも足止めし続けてやるぜ!」


 怪物もそれに呼応するように醜い顔をゆがめて、ニヤッと笑った。

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