第2話 天界

 僕が通っている高校は、家から徒歩十分の所に位置する伝統と歴史のある…と言うよりぼろい高校だ。


 両親に愛されている僕は、お父さんたちに迷惑をかけるわけにはいかない。

 ダ時から、志望校を学費が安いこの高校にしたわけだが、アルバイトが自由だったりすることもあってなんだかんだこの高校でよかったなと思っている。


 小、中と友達が欲しいと思ったことのない僕は当然高校でも友達が欲しいとは思えなかった。

 なんか積極的に話しかけてくる変な奴はいたが、鬱陶しかったので無視した。


 僕はそんな他愛もないことを考えながら、いつもの道をいつも通りに進みながら登校する。


 毎日何も変わらない道のり。


 だが今日は、いつも通りの道ではあったがいつも通りではなかった。

 考え事をしていた僕は、右から迫ってきている死に気付かなかった。


 直後、大きな衝撃とともに視界が暗転した。





 気づくと僕は暗闇にいた。


 周りを見渡しても、何も、誰もいない。

 すると頭の中に聞きなれない声が聞こえた。


「これはお前だ」


「僕?」


「そうだ。周りに理解者は誰もいない。そしておまえ自身も自分で自分に課した枷でそれを求めることすら許されない。」


「僕の枷…」


「何度逃げた?お前は今まで何立ちふさがる壁から逃げてきた?」


「にげる?」


「もういいだろう?これ以上は手は出せない。」


 そう言って声は突然聞こえなくなった。

 だがさっきの声は僕に大きな試練を与えた。


 確かに言われてみればこの空間は僕の心を表している気がする。


 孤独で、誰にも本心を見せず心を閉ざして、常に憎悪嫉妬悪意に囲まれ、生まれた意味さえ見失った将来の閉ざされた闇。

 いつも生まれた時から感じていた孤独感。


 周りはどこを見ても敵、敵、敵。


 その顔に浮かぶのは憎悪、憎悪、憎悪。


 誰でもどんな人でも真実を知れば僕から離れていく。

 そう、誰であっても…。



 …いや、みんなに僕は拒絶されていたんだ。

 僕が悪いんじゃない。

 みんなが僕を寄ってたかっていじめたんだ。


 ……。


 だめだ…。


 これじゃいつもと同じだ。

 そうじゃない!


 違うだろ!


 僕が周りに拒絶させていたんだ。

 僕には周りの環境から救いの手が一度も伸ばされなかったのか?


 違う!

 伸ばされたのに拒んだんだ。



 人を信じる勇気が足りない。



 逆境に立ち向かう勇気が足りない。



 自分に直面した現実をまっすぐとらえる勇気が足りない。



 僕は勇気がないただの臆病者だ。

 僕は友達がいらなかったんじゃない…


「友達が欲しいと正直に言う勇気がなかっただけだったんだ。」


 周囲の空間がほんの少し明るくなった。


 体から何かが分かれる感覚がした。

 憑き物が取れたような変な感覚だ。


 なんて思っていると直後、胸が激痛に見舞われる。


 自分の価値観、人格を形成していた嘘が一つ暴かれたからだ。

 今まで耐えてきたいろんなものが溢れ出す。



 いじめられた僕に手を伸ばして、自分も一緒にいじめられたクラスメイト…。



 いとこが言ってくれた励ましの言葉…。



 先生がいじめを何とか解決しようと頑張ってくれたこと…。



 僕はこんなにもいろんな人に手を差し伸べられていたのに、ずっと気付かなかった。

 表面はもうすべて流れた。


 そして、奥底の闇の部分が溢れる。



 僕を助けてくれたあいつを道具としてしか見てなかった自分…。



 あの時助けを求めていた少女を哀れだと見下した自分…。



 他の家庭を貶めることでしか、自分の幸福を肯定できない自分…。



 感情が再燃する。塗り固めて隠していたものが表層に現れる。


 何かが僕の内面を食い荒らして・・・

 僕はその瞬間、思考を強制的に断ち切り、感情のコントロールを始める。


 すぐに分かった。


 おそらく何か重大な嘘がこの闇の部分にある。


 そしてたった今嘘を一つ破り消耗した僕の心はその嘘に耐えられない。

 だが、この空間は僕に考え続け、暴き続けることを強制してくる。


 そして、少しづつその嘘に思考が近づいていく。

 近づくにつれて僕の心が削られていくのが分かる。


 凍りそうなほど寒くなってきた。


 怖い。


 こんな感情は初めてだ。

 初めて明確な死を感じたからなのかもしれない。


 僕は生まれて初めて、生きたいと願った。


 するとその時、僕の願いに応えるように一気に視界が開けた。





視界が開けると僕の目の前には、ひげを腰ほどまで伸ばしたおじいさんが立っていた。

おじいさんは困惑している僕の方を見て言った。


「早速じゃがおぬしには勇者となってもらう」


僕は、さっきの疲労で回りの遅い脳を精一杯働かせて答えた。


「は?」

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