転生の歪子(休載終わりました)

@佐野

第1話 プロローグ

 「幸せとは何か?」


 

 この質問に僕が今までの経験で導き出した答えを言うと、


 幸せとは、その個人にとっての幸福な状態を指す。


 例えば、金には全く困っていない裕福な生活を送っている人が百万円をもらったとしよう。

 さて、その金持ちは心の底から喜び、幸福と呼べるほどの幸せを得られるのだろうか。


 答えはノーだ。

 せいぜい運がいいぐらいにしか思わないだろう。


 だが、これと全く同じものを働き手もなく帰る場所もない明日の生活すらも危ういような貧困者が拾ったら?

 間違いなく幸福を感じるはずだ。泣いて喜ぶほどに。


 この答えが本当のこの問題の正解かどうかなどは分からない。

 だが、俺はこの答えが正解だと思っている。


 そして僕の答えで形作られた幸福を幸福とするならば、

 僕は幸福とは縁遠い生活をしていた。




 まず僕の家庭はそれなりに裕福だった。


 お父さんは経営者でイケメンだ。

 昔、俳優もやっていたらしい。


 お母さんは元モデル。

 もう年をなかなかに食っているものの、きれいな顔立ちは今もなお残っている。


 まさに理想の家庭なのかもしれない。

 だが、ほかの人の家にはごく普通にあって僕の家庭にないものがある。



 親からの愛情だ。



 僕は、お父さんが不倫して産んだ子供らしい。

 不倫相手は今のお母さん。

 子供までは作るつもりはなかったらしいのだが手違いでできてしまったそうだ。


 当然、できてしまった以上隠し続けることはできず、お父さんが不倫したことは記者に大きく取り上げられた。


 当時もっとも人気だった俳優が不倫、この記事は瞬く間に広がっていき、お父さんが俳優をやめるまでそう時間はかからなかった。


 お父さんは無駄に高かった知名度のせいで働き口も見つからず、お母さんも有名だったので誰にも雇われず、仕方なく自営業を始めて、従業員を募集した。

 当然、従業員はすぐには集まらなかった。


 だが、徐々に徐々に集まっていった。


 そして、渋々始めた自営業だったがお父さんはそのカリスマ性で従業員を引っ張り、大企業と呼ばれるほどに成長した。


 元の生活よりは若干劣るが裕福な生活を手に入れた。

 だが従業員が集まってくるまでの間、お父さんとお母さんは地獄のような日々を送っていた。


 その時のことがトラウマで、お母さんはインターホンが鳴るたびに発作を起こしてしまう。

 借金取りが影響らしい。


 お父さんたちは僕のことを憎んでいる。


 それこそ子育てをも放棄するほどに。


 だから僕は生まれてすぐにおじいちゃんの家に連れていかれた。


 おじいちゃんの家ではおじちゃんやおばあちゃんだけでなく、来る客人にも悪口を言われた。

 「あなたさえ生まれてこなければ」や「災厄を呼ぶ悪魔の子」などと言われたが僕はある目標のために無視して黙々と勉強に取り組んだ。


 だが、おじいちゃんたちの所にはあまり長くはいなかった。


 僕が7歳の時に交通事故で両方とも亡くなったからだ。


 その後じいちゃんの家にいられなくなった僕は、本当の自分の家に初めて入ることができた。


 僕は嬉しかった。

 僕の大好きな本の主人公たちには、時に厳しく、時にやさしい親が近くにいたからだ。


 僕は、いつか来るこの日のために一生懸命勉強していたのだ。

 言葉使い、作法、礼儀、マナーなども将来お父さんやお母さんに会った時のために頑張った。


 そして、お父さんに初めて会った時、僕はもう慣れていたはずの現実の残酷さに打ちひしがれた。



 お父さんから僕がずっと向けられてきた憎悪を感じたからだ。



 僕は心のどこかで求めていたのかもしれない。

 期待していたのかもしれない。


 おじいちゃんやおばあちゃん、おじさんおばさん、親戚、いとこに憎まれていても、お父さんとお母さん、自分の生みの親からは大事に大切にされるんだ、と。

 そしてそれを無意識に心の支えにしていた。


 僕はその瞬間、たまらず嘔吐した。


 お父さんはそれを見て何も言わずにリビングに戻っていった。


 僕はその行動に驚き、そして理解した。

 僕はお父さん・・・いや、この男にとって僕はどうでもいい存在なのだ。



 僕の心にひびが入るのを感じた。



 完全な優等生を演じていた自分という存在が壊れる。

 今まで抑え込んできた孤独からくる圧倒的喪失間。

 常に向けられる悪意への恐怖。

 今まで、必死に理解しないように押さえつけてきた僕への罵詈雑言がフラッシュバックする。


 僕は、自分の心がこの情報量に耐えられるほど強くないことが分かっていた。

 そして、自分に一つの嘘をついた。



 お父さんもお母さんも僕のことを愛している。



 僕はこの事実うそを糧にして、また感情を抑えつけた。

 僕は、そうして自分の心を守るしかなかった。

 そうするしか、なかったのだ。


 それから数年たった。

 僕は、歪んだ価値観と年齢に見合わない風格、なまじ高い学力のせいで友達らしい友達はできなかった。

 というかいじめられていた。


 まず名字で両親の事件がばれた。

 これがいじめが始まるきっかけになったのは間違いない。

 きっかけに過ぎないことも確かだが。


 僕は、悪口程度なら受け流せる。

 今まで何度も言われてきたしむしろ安っぽいなと最近は思いつつあるほどだ。


 だが、子供は大人とは違う。


 なんせ小学生は暴力が許されているのだから。

 殴る、蹴る、靴を隠す、机の上に落書きなどのいじめを長期間にわたり受けた。


 大人は暴力なんて振るおうものならすぐに刑務所行きだが、子供は何をしても捕まえることはできない。

 子供こそ不安定で、人格も構築途上で、何がいいことで何が悪いことなのかも分かっていないのに、法律では子供の行動は全面保障。


 なぜこんな状況を放っているのかと僕はつくづくあきれる。

 そうした政府の無能さから生まれたといっても過言ではないいじめではあるが、僕は仕方がないことだと思っていた。


 いじめとは、いじめる側といじめられる側の両方に問題がある。


 今回の場合は、いじめる側には人を見下す癖があった。

 癖と言って済ませられる問題点ではないが。


 僕の方はおそらくだが人の感情の機微に疎いのが問題だったのだと思う。

 生まれた時からずっと悪感情しか向けられてこなかったから、他人の悪いところしか見えなくなっていると自分でもわかっていた。


 結局、問題が深刻化するまで放置していた自分が悪いのだ。


 相手にも憎悪は抱く。

「殺してやりたい」とも思う。


 だけど、反省の次は改善をしなくてはならない。

 そうしなければまた同じことが起きる。


 相手がどれだけ嫌いな奴でも、自分がこうしてかかわっているからには自分の人生において重要な一要素のはずだ。

 何か学べることがある。


 だが、普通ならここで無駄な感情が邪魔をして最適な行動がとれない。

 それが子供というものだ。


 僕は幸いと言うべきか感情を押し殺すのは慣れていた。

 しかし、相手側はそうではないことに僕は気づいていなかった・・・


 僕は反省と改善を繰り返したが、いじめは止まらなかった。

 いや、一時的になくなっても、また始まるのだ。


 結局のところ、僕がどれだけ友好的に接し、友達を作ろうとしても、誰でもない自分自身がを許さない。

 嘘で塗り固められた僕という個人が周りの人たちを拒んでいる。


 僕の本当に気の知れる友人なんて人は一生現れないだろう。

 そして、それを悲しむこともない。


 僕には本があるし、勉強でも忙しい。

 一刻も早く大人になって、両親の愛に報いなければならないのだから。

 遊んでいる暇などない。

 僕はまた自分に嘘をついた。



 僕の理解者はいない。



 この嘘でこの少年は慣れてしまった。


 自分の心を守る方法うそに。

 その日からこの少年はことあるごとに嘘を重ね、自分を守った。


 その後16歳になり、交通事故で死ぬまでその嘘は繰り返した。

 そうしてこの少年が積み上げた嘘の中でも、心そのものを改変した嘘は7つ。


 その嘘たちは誰も、当人のこの少年自身にもその存在を覚えられていない…

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