第34話ごめんなさい


「……英雄は、許されないのだと思っていた」


 シロが、ぼそりと呟く。


 俺たちは、身を隠しながらグレイとこの時間軸の俺たちの戦いを見ていた。


 もうすぐ過去の俺たちは負けて――俺たちはモニカの時間移動で過去に戻る。俺たちは、そこからグレイへの接触を試みようとおもったのである。


「許されないから、殺すしかないと思っていた」


「それは……前の人格の考え方か?」


 俺が尋ねると、シロは首を振った。


「今の自分の考え方だ。でも、クロが奥村を許したから分からなくなった」


「許したわけじゃない」


 奥村が英雄となり俺の世界に現れ、シロの前の人格が奥村を殺さなかったから、

母と妹の雪は死んだ。でも、奥村が世界を救わなかったら――俺はたぶん戦争に

行っていた。


「俺の父親は徴兵されて死んだんだ。あのまま戦争が続いていたら、俺も兵隊に取

られていた。でも、あの戦争を止めてくれたのは奥村なんだよ。ずっと忘れてたけど、戦争に行ったら父親みたいに帰ってこれなかったかもしれないんだ」


 俺は奥村に命を救われて、世界を壊された。


「……自分の前の人格が、奥村さえ殺していれば」


「シロ、ちゃんと言わなきゃいけないことがある」


 俺は、シロの腕を掴んだ。


 眼前では、過去の俺たちがもうすぐ負けようとしていた。


 それでも、俺はこれだけはシロに言いたかった。


「カミサマから全てを聞いたとき、たしかにお前の前の人格の行動を恨めしく思っ

たよ。でも、お前に不幸になってほしいとは一度も思ったことはなかった」


 シロ、お前の体も人格も全ては英雄殺しという仕事のためだけに作られた人工物だけど。


 俺は――


「お前の幸福を願っている」


 シロは、目を見開く。


「どうして――自分は殺せなかったのに」


「ああ、でも……俺でも殺せないだろう。それに、俺はお前の元の人格の話じゃな

くてお前の話をしているんだ。俺と一緒に異世界を旅したシロは、お前の記憶にある言葉を借りるなら好ましい奴なんだ」


 シロは、そっぽを向いた。


「こ……今度から、好ましいって言葉を使うのを止める」


「どうしてだ?」


「その言葉は、きっと他人を困らせる」


 俺は、思わず笑ってしまった。


 記憶していただけの感情を実感し、次へと生かす。


 シロは、こうやって生きていくのだろう。


「さて――」


 俺は、改めて前を見る。


 この時間軸の俺たちは、グレイに惨敗した。モニカが俺やシロを回収し、過去へ

と消えていく。ここからが、今の俺たちの仕事である。


「シロ、意表をついてこい」


「わかってる」


 シロは物陰から飛び出し、髪で三つ編みの槍を製作する。


 俺も走り出した。


 その槍は、グレイの掌を貫いた。


 思ったとおり、シロの髪のやりはグレイの手を貫通する。


 モニカたちの矢の傷はすぐに回復したが傷自体はついた。だから、シロを上回る

強度は髪の部分だけだと分かってはいた。


「いきなり消えたと思ったら、どうして背後から現れた!」


 グレイは、シロの出現に驚いたようだ。


 モニカのスキルを知らなければ、グレイはモニカのスキルを瞬間移動の類だと思

い込む。だから、俺は姿を隠し続けている。グレイがモニカの能力を瞬間移動だと勘違いし続ければし続けるほど、次はシロがモニカの力を借りて消えたり現れたりすることを警戒するだろう。だが、それは無駄な警戒だ。


「グレイは強敵だ。だから、まずは意識を散らす。瞬間移動すると思わせる」


 次の瞬間には別の場所に現れるかもしれないと思わせれば、目の前のシロへの集中力が殺がれるかもしれない。これは、ただそれだけ作戦。


「そして、もう一つ」


 イバラたちは、この場所に一つだけ仕掛けをした。


 物陰からモニカが飛び出し、道端においていたものを回収する。


 それは、イバラがあらかじめここにおいていた鉢植えだった。


 コンクリートしかないこの場所で、この鉢植えの土はモニカの唯一の武器にな

る。


 鉢植えの土は槍へと姿を変えて、グレイの両足首を串刺しにする。そして、土の

槍はぐるりと円描いた。ドーナッツ状になった槍に、グレイは目を丸くする。


「そういうことか!」


 グレイは、モニカたちの槍を引き抜いてから傷を修復させていた。だから、体に異物がある状態では回復ができないのではないだろうかと推測したのである。


「良いタイミングだった」


 シロは、息を吐く。


 だが、モニカはシロの言葉には答えない。


「まだ、まだだ!私には、まだ髪と殺意がある!!これ以上はもう世界も英雄も殺させない、救われろ!!私!!」


 怨念のような声を上げて、グレイはシロへと髪を伸ばす。


 彼女の憎悪は、正しい。


 今ここで死ぬことは、彼女にとって唯一の救いになるのかもしれない。ここで、シロが殺されたのならば彼が誰かを殺すこともないだろう。


 それでも、俺はどちらも死なせないことを選択した。


「シロ、来い!!」


 俺は、叫ぶ。


 シロの肉体が彼の髪のように解けて、俺の手元へと来る。


 それは一瞬のことであり、グレイは舌打ちする。


 きっと瞬間移動だと思ったのだろう。だが、すぐに彼女はモニカが何もしていな

いことに気がついた。


「まさかっ……」


 カミサマは、英雄殺しの武器になるシロに新たな能力を与えた。


 本来人間には何かを与えられないカミサマだが、この世界で改良されて生まれて

きたシロはカミサマの定義によればぎりぎりのところで人間ではない。だから、カ

ミサマはシロに能力を与えることが出来た。


 ――この世界の最高の破壊力を超えないだけの武器になる、能力を。


「ここだ!」


 俺は、叫ぶ。


 イバラは、車のブレーキを止めた。


 俺はずっと、イバラの運転する車に乗っていた。車は空中に浮いていて、グレイの髪が届かないと予測される位置で止まっている。


 グレイは強い。


 俺たち四人が束になっても、一度は負けた。


 だから。俺は考えたのだ。


 グレイの自由を奪い、彼女の髪もとどかない位置で説得する方法を。


「どうして……どうして君が生きているんだ?」


 グレイは、車から身を乗り出す俺を見て呆然としていた。


 モニカのスキルを瞬間移動だと思い込んでいる彼女には、俺がどうしてここにいるのか説明がつかないのだろう。


「そこのモニカの能力のおかげだ。そして、お前の予想通りシロには武器になってもらった」


 俺の手の中にあるのは、無機質なキューブである。


『……これは、爆発したら大事故じゃすまない』


「世界の半分は吹き飛ぶんだろ」


 この世界を科学力は進んでいる。


 だったら、核を上回る爆弾が最高の破壊力と持つ武器である。その威力を超えない爆弾だとしても、爆発したら大規模な犠牲を生む。世界を殺すような。


「俺たちを攻撃すれば、今ここでまた世界を殺すことになるぞ」


「世界を人質に取るなんて……」


 グレイは、悔しそうに歯噛みした。


 もう世界を殺したくない、そのグレイの願いを逆手に取った作戦だった。


「穏便に話をしたいだけだ」


 グレイは、頭に血が上っている。


 死ぬことを希望したのに、復活したのだから当たり前だろう。しかも、その復活

も奥村の依頼から。


「一つ、聞きたい。今のお前に名前はあるか?」


 俺は、まずはグレイにそう尋ねた。


「……昔名乗った名前を名乗りたいところだが、今の私はシロの記憶と前の人格を

重ね合わせたものだ。第三の私と言える状態だから、今の私には名前というものはないのかもしれない」


 シロといい、グレイといい、ある意味で同一人物だからなのか……よくも同じ思

考にたどり着くものだ。「第三のシロ」に「第三の私」そろいにそろって、ビールなのかといいたくなる。


「こちらは、お前のことをグレイと呼称している。嫌じゃなければ、これからはグレイと呼ばせてくれ」


「名前なんて、私には必要ない。私は、ここで死ぬんだ!」


「それは許さない!!」


 俺は、大きな声で叫ぶ。


 死んだ、俺の世界でのことが頭をよぎった。


 定食屋で働く母親に、家事を手伝う妹、受験を控えたグラスメイトたち――そういう平和な日々のことを思って、俺はグレイを見つめる。グレイにも、俺の世界に

いた実感があるのだろう。


 シロのように記憶だけではなく、俺の世界にいて俺の母親の料理を食べた実感が。あの世界で、俺たちが望んでいたことを。


 あの平穏の中で、俺たちが望んでいたことは誰かの死ではない。死はもう戦争中の五年前に、十分に吹き荒れた。


「お前は、奥村と一緒に世界を回れ!それが、お前の罰だ」


 俺の言葉に、グレイが目を見開く。


「正気なのか……私は奥村に裏切られて」


「奥村は裏切ってないだろ。ただ、お前が勝手に奥村に希望を見出して、奥村が英雄だったから世界が壊れただけだ。それに、お前は自分勝手に俺を二回も殺しかけただろう」


 一回目は、世界を殺して。


 二回目は、この世界で俺の腹を刺して。


「一回だけの『ごめんなさい』じゃ消えないほどの罪だと思うが、お前の罪悪感は

どうなんだ?」


 ごめんなさい、と言えば許されると思った。


 けど、俺はその言葉では許さないといった。


「苦しんで生きて償え、グレイ。そして、シロが生きていることにも耐えろ」


 獣のように、グレイは泣いた。


 この世全ての苦しみのなかで、のた打ち回るような声だった。


 この苦しみから逃げる術を、俺は奪うことを心に決めていた。


 なぜならば――俺は誰の死も願わないと決めたのだから。


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