第33話英雄の思い
やはり、リサは奥村への連絡方法を知っていた。
俺とシロ、イバラとモニカは、奥村から指定されたビルへと向った。俺はシロとだけ行動をともに使用と思ったが、イバラとモニカは勝手についてきていた。成り行き上の協力関係であったが、連絡手段がないので離れるのもまずいと思ったのだ
ろう。
ちなみに、モニカが時間移動する前に貸してもらっていたスマホのような機械は、今でもちゃんと鞄の中に入っている。ただイバラとモニカたちが、連絡手段を持っていなかったのだ。
この世界のビルはどれも高いが、奥村が指定してきたビルは他のビルよりもよりいっそう高かった。奥村のいわゆる事務所は、このビルの五十七階だという。
「そうだ。シロは最初は顔を隠したほうがいいかもしれないな」
警戒されると面倒である。
シロの顔は、ある程度は隠しておいたほうがいい。
「モニカ、シロとフードを交換してやって」
イバラは、そう提案するがモニカは答えない。
シロへのモニカの嫌悪感は、やはり深そうだ。
「髪をストールの代わりにすればいいと思う」
シロは髪を自分の顔にまきつけていた。近くで見ると奇異に見えるが、遠くからならば……ストールに見えないこともないだろう。
エレベーターのようなものに乗って、俺たちはビルの五十三階へと向う。四方八方がガラスらしきもので出来ているエレベーターは、ぞっとするほど恐ろしかった。
俺以外は高いところにあまり恐怖心を持っていないらしく、割と楽しそうだった。あと、この世界で何故スカートが普及していないのかも判明した。下までガラス張りのエレベーターなんぞがあったら、スカートなんて恥ずかしくて履けないだろう。
「シロ……念のため聞くけど、お前は奥村に対して何の感情もないんだな」
「ああ、持っているのは記録だけだから」
シロの答えに、俺はほっとする。
最近分かってきたことだがシロの記録だけがあるというのは、図鑑などを見て見た事のない生物の生態を知っているという状態に近いようだ。
奥村に対して前の人格が希望を抱いたことは記録として残っているが、そこには感情が伴っていないのである。この状態をなんと思うかはともかく、今はありがたい。
俺はノックをしてから、ドアのスイッチを探した。
この世界のドアのスイッチは、どうしてか見えづらい加工されているから面倒だ。
政治家の事務所は、白かった。シロが作られた会社とは違って観葉植物などは
あったが、基本的に壁もテーブルも椅子も白い。何かの流行なのだろうか。
「君たちが、リサ君の代理か」
事務所にいたのは、奥村と数人の社員ような人々だった。同じ服を着ているので判別が難しいが、たぶんこの事務所のスタッフなのだろう。俺のいた世界の基準で考えればだが。
「クローンの件で、私に直接伝えなければならないことができたといっていたが……何か問題でも起きたか?」
俺は、奥村の顔を見る。
住んでいた世界で何度もテレビで見た英雄の顔は、ごく普通の四十代の男性のものだった。どうして、彼を英雄だと思ったのかも分からないぐらいに普通の人間だった。
「問題はこれから起きるんだ。奥村さん、あんたが注文したクローンは英雄殺しの記憶も人格も引き継いだものだ。あんたは恨まれているし、きっと最後には殺される」
「なんを言っているんだ?」
奥村は、首をかしげる。
奥村はグレイの注文はしたが、彼がこの世界でシロがこの世界で作られたことや人格の移植のことを知っていたとは思えないのだ。
知っていたら、まず最初にリサに人格を移植しないように注文しただろう。知らなかったからこそ、リサは良かれと思ってシロの前の人格を移植したのだ。
「まて……そいつは、まさか」
奥村は、シロを見た。
そして、震えだす。
「あの世界で死んだんじゃなかったのかっ!英雄殺しの――!!」
奥村の口を、シロは髪で塞いだ。
その光景に、俺たち以外の人間は唖然とする。
「おい、シロ。やっぱり、おまえ思うところがあったんだろ……」
「違う。前の名前を呼ばれたくなかっただけだ」
それ以上のことは、シロはやらない。それどころか、髪も元に戻した。
とりあえず、俺は胸をなでおろす。
「奥村。俺は、お前が殺した世界の生き残りだ」
「英雄殺しは、そっちなんじゃ……」
奥村は、恐る恐るシロを指差す。
「今は、俺が英雄殺しなんだ。奥村、あんたがこの世界を――クローンを救おうとしても……それは絶対に失敗する。あんたの策が悪いわけじゃなくて、あんたが女神から送り込まれた英雄だから失敗するんだ」
世界は、英雄を必要としない。
それどころか、英雄は世界を殺す原因になりうる。
「知っていたさ……そこの英雄殺しに一度は説明を受けたからな」
奥村は、シロを見る。
「知っていた。私が、世界を滅ぼす原因になることは――だが、私は元々は世界を救ってくれといわれて女神に送り込まれてきたんだぞ」
奥村は、苦々しく語った。
「私には救えるだけの力があるといわれて、元いた世界も地位も全て捨てた。全てを捨てて、全てをなげうって世界を救ったのに……私が世界を殺す原因になるだなんて、こんなことがあってたまるか」
英雄は、俺と同じように普通の人間たちだったのである。
いや、この奥村という人に関して言うのならば普通という言葉では言い表せないぐらいに立派な人だ。この人のスキルは世界移動なのに、この人は俺の世界で戦争を終結させている。英雄殺しの俺たちよりも、ずっと立派な人だ。
「私は、人の役に立ちたい。……この世界だって、私ならばもっとより良くできる。私は、そのために女神にこの能力を授けられたはずなんだ」
奥村の言葉に、イバラも戸惑いを見せる。
救いたい、役に立ちたいという前向きな願いは――この世界を殺す。だが、その思いはどこまでも良心的で正しい。
「救えると思っているのだろう」
モニカが、重々しく口を開く。
「私も、かつてはそうだった。だが、どの世界に行っても……結局は世界は救われることなんて望んでいなかった。大変な時期もあり、乗り越えなければいけない試練もある。だが、それは全てそこで生きている人々のものだ。客人でしかない英雄が、その役割を奪い取ることは許されないことだ」
「君は……。まるで、あきらめた英雄みたいなことを言うな」
奥村の言葉に、モニカは頷く。
「私は、元英雄だ。世界を救うことは、もうあきらめた」
「君のような人でも駄目なのか。結局、英雄はなんなんだ……ただ女神に弄ばれただけなのか?」
シロは、驚いたような表情で俺を見た。
おそらくは、シロにとって奥村の言葉は以外だったのだろう。
シロの記憶では、きっと奥村は世界を殺してシロの前の人格の期待を裏切った悪者だ。でも、同時にこの人はシロの前の人格に希望を抱かせた正義の人でもあるのだ。
今しかない、と思った。
奥村を俺の作戦に巻き込むには、今しかないと思った。
「カミサマと女神に一泡吹かせる作戦があるんだ」
俺は、言う。
「また全部を捨てることになるし、世界を救うなんて大仰な夢は捨ててもらうこと
になる。それでも、カミサマと女神に一泡ふかすことができる。そんな、作戦があるんだ」
俺は、息を吸った。
「それには、あんたの協力が不可欠なんだ」
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