第29話死の恐怖
彼女の髪の毛は変改し、人間の手のようになる。
シロも髪の毛を手のように変形させて彼女に向って拳を振るうが、その全てが彼女の髪の毛で総裁される。
シロは、完全に力負けしていた。
やがて、彼女の髪がシロの首に巻きつく。
その髪は、シロの体を徐々に持ち上げていった。細い髪がシロの喉に絡まり、シロは指や髪で必死に彼女の髪を解こうとする。だが、そんな些細な抵抗など彼女の髪は受け付けない。「ぐっ……」とシロの喉が空気を吸えず吐き出せずに醜く鳴る。
それでも、シロは懸命にもがいていた。
「もう、何度か世界はめぐったんだろ。だったら、気がついたはずだ。英雄にも英雄殺しにも、希望や未来はない。ただ自分が壊れるだけ。それに耐え切れなくなるか、本当に壊れてしまうかの二択だけ。それ以外なんて、ありえない」
彼女は言葉を聞いたシロは、髪の毛で女の頬を殴った。
女は、その攻撃を防がない。
甘んじて受けるも、彼女が揺らぐことはなかった。
「死ぬのが怖いか。だが、安心しろ。記録は言っているはずだ、死以外の安然などどこにもないと。希望は、世界を殺すだけだと……」
シロは、もう一度女の頬を殴った。
女の唇や鼻から、血がこぼれる。
若干、シロの首を絞めていた女の拘束が緩んだようであった。シロは大きく、息を吸う。
「まだ、だ!」
唾液をたらしながら、シロは叫んだ。
力いっぱい叫んだ。
「失望した記録も、裏切られた記憶もある。でも、実感がない!!自分は――もうどうしようもないという実感がない限りはあきらめない!!」
シロの叫びは、全力だった。
生きたい、と全力で叫んでいた。
生かしてやりたい、と俺は思った。
シロを生かしてやりたい、と俺は願った。
でも、俺は願ったところで人の願いは叶わないことは知っている。カミサマは残酷なだけで、人の願いを聞き入れてくれない。
だから、俺自身が行動しなければならないことを俺は知っていた。
俺は、鞄を掴んで立ち上がる。
そして、なかから密封された瓶を手に取った。
「おい、見ろ!」
俺は、叫んだ。
「これは、俺たちが行った時代の毒物でまけば……このあたり一体の人間は死ぬぞ」
完全なる、脅しだった。
シロやモニカが回復していることから、この世界の医療水準ではこのウィルスはさほど怖いものではない。それでも、誰かが死ぬ可能性がある毒を俺は撒き散らすことなど出来ない。だから、これは完全なる脅しだった。
「なぜ?」
俺の行動に、彼女が戸惑う。
「なぜ、英雄殺しの君が私を止める。それとも、君はまだ私に殺したりないというのか?」
彼女の髪の毛が、シロの首から離れる。
シロは大きく咳き込んで、俺のほうを見た。
「に……げ……」
逃げろ、とシロは言いたかったに違いない。
だが、俺の体は動かない。
「ごめんなさい、って言ったのに……なのに、私はまだ殺さないといけないのか?」
彼女の髪が三つ編みになり、槍のような形状となった。
そして、彼女自身が俺に向って走ってくる。
怖い。
彼女の髪は、絶対に俺に突き刺さる。
モニカの槍がシロに刺さったように、俺はあの髪に貫かれる。
そして――たぶん死ぬ。
「クロ!」
シロが、咳き込みながらも俺の名前を呼んだ。
俺は、そんなシロを見ていた。
だから、俺は自分の刺されたことを痛みで気がついた。赤い血が舞い散る中で、俺は叫び、助けを求めた。だが、俺たちを遠巻きに眺めていた人々は誰も俺を助けてくれない。
――たすけて、たすけて、警察、はやく。
脳内では、そう叫んでいるはずなのに、口から出るのは悲鳴ばかり。
イバラとモニカが彼女に何かしらの攻撃を仕掛けているようだが、俺には確認できない。
とにかく、痛い――すごく、痛い。
悲鳴さえも、もう出ない。呼吸はたんなる痛みの引き金で、はやく止まってしまえと願う。
死にたい。
痛みから、逃れるためだけに死にたい。
――死にたい。
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