第28話もう一人のシロ
俺も、イバラもモニカも戸惑うが、他の人間たちはもっと戸惑っていた。
空飛ぶ車が事故でも起こしたのかと思ったが、空を見上げて見てもなんともなかった。
「あっちで爆発が起こったぞ!」
誰かが叫ぶ。
その方向は、シロがいるビルだった。
「くそっ」
俺は、走り出す。
イバラたちも、俺の行動を不審に思ったのかついてきた。
シロがいたはずのビルには、大穴が開いていた。概観も真っ白なビルだったのに、空いた穴だけがなぜか灰色に見えた。その穴から、何か他飛び出してくる。
リサであった。
「モニカ!?」
イバラは叫ぶ。
だが、モニカは首を振った。
近くに土がないゆえに、モニカのもう一つの能力は死んでいるのだ。
だから、モニカはリサを助けられない。
ビルの穴から、もう一つの人影が飛び出てきた。
シロだった。
彼はリサを髪の毛で掴むと、あまった髪の毛をビルの壁に突き刺す。落下の勢いを殺したシロは髪の毛を引き抜き、またある程度まで落ちるとビルに髪の毛を着き
たてた。そうやって、シロは高層ビルから少しずつ着地していく。
「大丈夫か!」
さすがのシロも高層ビルからの着地には肝を潰したらしく、俺と合流したときシロは流れるような汗をかいていた。
「クローンに襲われた。とりあえず、避難を!」
シロは、リサを俺に押し付けた。
高層ビルから助け出されたリサは、目を白黒させていた。気絶していないだけ、すごい。俺だったら、絶対に気絶している。
「クローンって、人に逆らわないようにされているんじゃなかったのか!?」
俺は、叫ぶ。
「分からない!」
シロの顔に、困惑はなかった。
ただ、ここから俺を離したい願いが見て取れた。
もう一人が、ビルのなかから飛び出してくる。
そいつは、シロと同じように髪の毛をビルの壁に突き刺した。
今はまだ豆粒ほどにしか見えないそいつは、明らかにシロと同じ能力を持っていた。シロは、俺に抱かれたリサを見る。
「自分の肉体は、カミサマに依頼されてデザインされたと聞いたが……」
この世界では、クローンの軍事利用はない。
だが、シロの能力は明らかに戦闘向き。
この世界では本来ならば生まれなかったかもしれない技術の粋を集めて、シロは作られている。
「一度発明された技術は、次世代に継承させなければならないわ。私は、あなたの技術を応用して二号を作っただけよ」
リサは、冷静な声でそう言った。
それにすぐさま反応したのは、当事者であった。
「誰の依頼で」
シロは、たずねた。
誰も反応できないなかで、シロだけがリサに尋ねるだけの理性を持っていた。
「クローンの開発には、それなりに金がかかるから単独での開発はありえない。会社の金を使っているなら、なおさらに。ならば、依頼者がいたはず。それは、誰?」
自身の生みの親の一人に、シロは詰め寄った。
その横顔には、いつもよりもずっと危機感があった。絶好調といえない白い頬に
は、髪の毛が張り付く。
「奥村……という政治家よ」
リサの言葉を最後まで聞く前に、シロの背後に彼女が落ちてきた。高層ビルをシ
ロのように髪をつかって降りてきた女性だった。シロが彼女に方を振り向く前に、
彼女はシロを髪で地面にたたきつけた。
「止めなさい!」
リサが叫ぶが、彼女は止まらない。
起き上がる前にシロにもう一発、髪の毛の拳を叩き込もうとしていた。
俺はリサをおろして、シロを襲おうとする彼女に向って鞄を振り回した。残念な
がら、武器なんてそれぐらいしかない。案の定、俺ごと鞄はなぎ払われる。
「君は……定食屋の」
女性が何か呟く前にシロが起き上がり、髪を三つ編み状に束ねる。そして、髪を
槍のようにし、女性に向ってそれを突き刺そうとした。
だが、彼女はシロの髪の槍を髪の盾で受け止める。
シロの髪が、三つ編みの槍が解けた。
「なっ……」
シロの目が、驚愕に見開かれる。
どうやら、シロと彼女の髪の強度では彼女に軍配があがるらしい。
「……おまえも人を汚すものか」
モニカが、彼女の前へと進む。
モニカは何も恐れはいなかった。
「平和な世界の往来で何をやっているのよ!」
シロの隣で、イバラが怒鳴る。
イバラの手には、弓があった。リーシャの世界で使用していた弓であろう。
女性は、その弓を避けるために髪の毛を盾の形状へと変化させる。
「……もう一人、いる」
彼女の背後には、モニカがいた。
イバラの弓による攻撃はおとりで、モニカが本命であったのだ。だが、モニカが
持っている武器も殺傷能力に優れたものではない。
このあたりには、土がない。
だから、モニカが持っていたのはイバラの矢であった。それでも、矢は彼女の腹
部に突き刺さる。
「現地の人間と戦うのは主義に反するが……おまえは嫌な気配がする。世界を壊す、英雄になりうる気配が」
モニカの言葉に、女は笑う。
とても、皮肉げな笑みであった。
「そういうお前も、英雄か」
女性は、髪でモニカをなぎ払う。
そして、自分のわき腹に刺さった矢を抜いた。血が出ていたはずの腹部からの出血はすでに止まっていて、彼女の顔には痛みの痕跡すらなかった。
「自己修復機能、無事に作動確認……」
リサが、小さく呟いていた。
敵に、そんな機能を持たせないで欲しい。ただでさえ、シロと同じ能力を持つ彼女に俺たちは歯が立たなかった。シロは髪の毛の強度で負け、イバラの弓も簡単に防がれる、モニカが奇襲を仕掛けても回復されるなんて――こんなのまるでただ相手を殺すために作られた生命体ではないか。
「きっと、その考えは当たっている」
髪を普通の状態に戻した彼女は、俺を見ていた。
彼女の年齢は、二十代前半程度でほぼシロやモニカと同世代。髪は艶やかに黒く、白い顔はいかにも人工物然と整っていた。たぶん、ほとんど表情がないからそう思えるのだろう。よく見れば、彼女とシロの顔つきは基本的に同じだ。シロの顔を、ほんの少しだけ小さくすれば彼女になる。
シロとは違い、彼女は無機質で冷たい印象だが目だけは違う。
彼女の瞳だけは、さまざまな世界を見てきた混沌をたたえていた。
「私は、シロの前の人格。英雄に希望を見出し、希望に裏切られた。だから、死ぬことを選んだのに――私の肉体は別の人格で生き、さらには人格もデータとしてバックアップが取られていた。挙句の果てに、そのバックアップを新しい体に入れたか……」
俺は、目を見開いた。
彼女は、俺に向って「定食屋の」と言った。
まちがいなく、彼女はシロの前の人格。
俺の実家の定食屋に来ていた、美大生なのである。
リサは、小さく呟く。
「私たちは、戦闘に耐えうるクローンの製作を依頼された。肉体的に戦闘に耐えられるクローンの開発はシロでノウハウがあったけど、戦闘に耐えて時には自己判断で人すらも殺すクローンの教育は未知数だった。だから、シロの元の人格のバックアップを使用したわ。戦闘と人を殺す自己判断の経験が、その人格にはあった」
そうして、シロの元の人格は蘇ったわけである。
最新の――おそらくはシロよりも高性能な肉体を得て。
「でも、どうしてあなたがこんな騒ぎを起こすのよ?」
イバラはたずねるが、弓はまだ彼女のほうを向いていた。
「私は、かつて一人の英雄に希望を見出して失敗した。……私は弱くなったんだ。誰かに希望を見出す心が――「彼だったら既存の運命を塗り替える」と信じることが、すごく楽になってしまった」
イバラの顔色が変わった。
楽になった、と言う言葉は痛烈なまでにイバラに響いただろう。
イバラもリーシャの世界で、幼いリーシャに希望を見出した。だが、それはイバ
ラがリーシャに希望を押し付けて、自分が楽になっただけだったのだ。
「失敗した直後はいい。だが、いつか私は繰り返す。楽になりたいがために、誰か
に希望を押し付けて……また世界を殺す」
彼女は、俺を見た。
自分が殺した世界で、最後に掴んだ俺を見ていた。
「だから、私は死を希望した。だが、私のかつての体は生きている。記憶も生きて
いる。人格だけが違うなんて、なんの意味もない。だって、そいつが使っている経
験は私のものだ!私は、私を殺す!!」
彼女は、空を見上げた。
この世界の空では、車が空を飛んでいた。そのせいなのか、俺がいた世界よりも
空はより狭く遠く感じる。
「そして、奥村も殺す。私は私の希望を全部殺して、これでようやく――英雄殺しはお仕舞いだ」
彼女は、シロに近づいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます