第27話元英雄殺しの本音

 俺は、街に出ていた。

 

 人ごみにまぎれて、歩く。


 目的地はない。

 

 物騒なことを考えているので、周囲に人がいないほうがよいような気がしたのだ。


 政治家に近づくのは、近代文明あるいは未来文明ではかなり難しい。とくに未来文明は、警備のシステムがまるっきり分からないから計画の立てようがない。いや、近代文明でも分からなかったと思うけど。


 この世界の国会議事堂みたいなところで、シロに爆弾に変化してもらうという手も考えてみた。だが、関係ない人間を巻き込む可能性が高すぎる。移動中を狙うとしても、俺では政治家のスケジュールを手に入れるのが困難である。


 だが、一番理想的なのは奥村の暗殺なのだ。


 そのための情報を手に入れるのは難しそうだが。


 今考えるとテロリストとはまめな性格ではないとできなかったのだな、と俺は思った。計画立てて、武器を調達する。想像するだけで頭が痛くなってくる。


 そして、俺は――この英雄を放っておいてもいいのではないかと思う。


 この英雄を放っておけば、たぶんクローンは解放される。


 俺は、それでもよいのではないかと思っていた。


「随分とふぬけているわね」


 俺の背中に、固いものが充てられる。


 イバラの声だったので、ぎょっとした。


 完全に油断していた。


 こいつらは英雄と英雄殺しで、カミサマの能力を使わないでも異世界を移動できる。リーシャの世界で起きたことがショッキングすぎて、俺はそのことを忘れてしまっていた。そもそもシロの腹を貫いたのは、彼女の連れのモニカだったのに。


「どう、英雄殺しを止めたくなった?」


 イバラは、俺にささやく。


 モニカの能力は、土から武器を作り出すこと。一面がコンクリートのこの世界で

は、その能力の本領を発揮することはできない。なのに、俺に接触してきた。


 思いっきりなめられている。


 まぁ、なめられて程度の実力だけど。


「リーシャの世界で、ダメージを追ったのはそっちだろ……」


 リーシャとかかわりが深かったのはイバラで、モニカは毒血のウィルスに犯されたはずだ。あるいは、この世界に治療しにきて俺たちと鉢合わせたのか。


 強がって、俺は背中に当たった硬さを無視して振り返る。


 イバラは、若干驚いた顔をしていた。


 まさか、俺がこんな無謀なことをするとは思わなかったのだろう。彼女の周囲を確認すると、フードを被った大男モニカの姿も確認できた。毒血の影響を受けているふうにも見えず、やはりここには治療しに来たらしい。


「前の世界でも思ったけど、君は時々無謀なことをするね。まぁ、英雄殺しに選ばれるのは、そういうものなのかもしれないけど」


 イバラの言葉に、俺はため息を付く。


「怖いもの知らずは、お互い様ってことか」


 この世界で刃物を振り回すのは、たぶん正解じゃない。


 きっとすぐに警察が飛び出てくると思ったのだ。


 案の定、イバラが持っていたのはナイフでも銃でもなかった。単なる棒であった。イバラは、もう用済みだと言わんばかりにそれを捨てた。よくもまぁ、あんなもので人のことを脅そうと思ったものだよ。


「リーシャンの件は……言うな。あれは、私の配慮が足らなかった。あんなふうに終わらせるつもりはなかったし、リーシャだって幸せにしたかった」


 その気持ちは分かる。


 だが、英雄殺しである俺たちにはたぶんそれは出来ない。


「お前らが助けた英雄を殺そうとしたら……今度も妨害するんだろうな」


 イバラたちは、俺たちの敵だ。


 現にこいつらは、シロを攻撃して負傷させている。


 俺は、それを忘れない。


「それは、もちろん」


 イバラは、胸を張った。


 敵対する相手が目の前にいるというのに、随分と余裕である。やはり、俺だけでは敵として不足だということなのだろう。


「私は、英雄殺しだったときにたくさんの英雄を殺した」


 それが正しいと信じていた、とイバラは言う。


 世界を殺す、英雄を殺すこと。


 カミサマの、その行動を肯定していた。


「でも、私はモニカと出合った。彼のスキルは異世界間との移動で、時には時間さえ越えることができた。世界に影響を与えずに、世界を渡り歩ける彼を見て――英雄は殺す必要はないのではないかと思ったの」


 イバラは、カミサマを説き伏せてモニカを自分の道連れにした。


 モニカの能力は、移動という一点のみではカミサマさえも上回るスキルであった。カミサマも世界から世界への移動は出来るが、時間の移動までは出来ない。もっとも、モニカもその能力を乱発できるわけでもないらしい。


 そうやって彼らは世界を渡り歩いて、リーシャたちに出会った。幼いリーシャを守る彼女の父親は、間違いなく世界を殺す英雄だった。いるだけで周囲の生物は遅かれ早かれ死に、世界の人口を減らす。


「リーシャの父は、殺さなければいけない英雄だった。彼はいるだけで他人を殺してしまうスキルを授けられていたし、そのスキルはたぶん世界を救う規模すらも超えていた。だから、私は彼を殺そうとした。でも、もうすでに彼にはリーシャがいた」


 幼い子供には、スキルが受け継がれていないのではないか。


 イバラは、その可能性にかけた。


 だから、リーシャが大きくなるはではと英雄を殺さなかった。


「それから、私はカミサマも元から逃げた。私は、リーシャの父を見逃したことを誇っていたんだ。リーシャは父親の元で生活できるって。でも……彼女の最後を見せ付けられときに間違いだったのかもしれないと思った」


 イバラは、顔を伏せた。


 彼女は、リーシャを守ったと思っていた。だが、彼女にとってはイバラの守りは救いにはならなかった。


「それでも……あそこでリーシャとその父を見逃さなければ、私は人間として死んでいた」


 イバラは、顔を上げる。


 無力な幼い女の子を殺す――それはこの世で最も罪深いことだろう。イバラにはそれが出来ず、リーシャを生かした。そして、リーシャは自分のスキルの果てに死を選択したのである。


「私はリーシャに希望と願望と自己満足をあずけたけど、私にはそれ以外は出来なかった……本当に救いたかったのに」


 リーシャには、最初から救いはなかった。


 どこの世界に行っても、リーシャのスキルは脅威だ。


「君たちが英雄殺しを続ければ、私は敵に回ることもある。でも、それは君を恨んでの敵対ではないことは覚えておいて欲しい」


 イバラは、そういった。


「人の相棒の腹に穴を開けておいて言う台詞じゃないだろ」


 俺の言葉に、イバラは苦笑いした。


 シロを刺した本人のモニカは、何も言わない。というか、この世界でも彼はフードを被っているので表情がまったく分からない。


「悪いわね。モニカがいた世界では、人間の姿を模したものは全部悪ってことになっていたらしいの。おかげで、亜人系のモンスターや改造人間系には手厳しいんだよ」


 イバラは「こっちも困っている」と呟いた。


 そういえば、イバラはモニカがシロの腹を貫いたときに狼狽していた。


 モニカの行動は、イバラにとっては想定外のことだったらしい。


 シロはかなり遺伝子をいじられたクローン人間なので、モニカのなかでは改造人間に当てはまったようだ。


「また、出会えばシロを殺そうとするんだろ」


「言い聞かせてはある」


 イバラは、強く断言した。


「モニカには、理由なくシロを襲わせない」


 俺は、モニカを見る。


 イバラとモニカの力関係はイバラのほうが強いようなのだが、体格は圧倒的にモニカのほうが大きい。正直な話し、イバラの話は信用できない。だが、イバラは俺の考えを見透かしたようだった。


「別に信じてくれなくていいよ。行動で証明させるから」


 イバラは、モニカの背中を叩いて笑った。


 この二人を信用していいのかは分からないが、あまりシロの会わせたくない二人である。


「まぁ、ともかく。英雄殺しの重圧は、英雄殺しにしか分からないよ。そして、そこからの逃げ方は元英雄殺しにしか分からない」


 どうやら、イバラは俺に英雄殺しを止めさせたいらしい。


 だが、俺は英雄殺しから逃げるわけにはかないかった。


「悪いけど、俺にはカミサマ以外で異世界をわたりあるく術がない。だから、カミサマの元は離れなれない」


 それに、シロはここでしか治療を受けられない。


 だから、俺はもうしばらくはカミサマの元にいなければならない。



「移動のことを心配しているならば、ここの英雄を仲間にすればいい。ここの英雄は異世界を渡れる。そもそもここに来たのだって、女神に直接ここに送られたからじゃない」


 俺は、拳を握り締める。


 それだけは、できない選択であった。


 この世界にいる英雄は、俺の世界を壊した英雄だ。そんなやつと手を組むことだ

けは、できない。だが、事情を知らないイバラはため息をついた。


「私とモニカみたいに、カミサマの元を離れて自由になればいいのに」


 モニカには、異世界をわたる能力がある。


 それは女神からもらったスキルで、土から武器を作る能力はモニカが元々持っていた能力なのだろう。二つも能力があるなんて、贅沢なことだ。


「……モニカ、お前は世界を救うのをどうやって諦めたんだ」


 俺は、気になった。


 モニカは、元英雄だ。


 きっと自分が世界を救うのだ、と息をまいていた時期だってあるだろう。


「……万が一にでも、世界を壊したくなくなったんだ。それだけ、ただそれだけだ」


 俺は、自分の世界でも見られないほどに高いビルを見た。


 この世界を自分が殺すかもしれない、と俺は考える。


 ――怖い。


 すごく、怖い。



 自分の視界に入っている人間全てが、死ぬかもしれない恐怖。


 リーシャは常に恐怖と戦い、そして負けた。


 モニカは、逃げることを選んだ。


 俺だって、逃げたい。


 でも――シロが。


「えっ!」


 地面が震えた。

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